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エダのトラップ
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その白い部屋にて――。
スツールに座っているノウノの頭に、いくつものコードがつなげられた。エダがメンテナンスをするときのような案配である。メンテナンスのときは、手首や足首にもコードがつなげられるのだが、今回は頭だけだった。
「それでは君の記憶を確認させてもらおう」
と、ロジクが言った。
「はい」
と、ノウノは死刑宣告を受けるような心持で、目を閉ざした。
ロジクは、ノウノの記憶を確認しているのだろう。「なるほど」とか「ふむ」といった声をあげていた。
ときにため息を吐いて、ときに唸ったりしていた。その声音が、何を意味しているのかは、目を閉ざしているノウノには判じかねた。
エダがエルシノアであるという、確実な証拠を見出したのか、それとも、何も見出せなかったのか……。
ノウノの記憶を正確に読み取っているなら、エダがエルシノア嬢であることなど、簡単に判明するはずである。
どうして自分は、こんなにも緊張しているのだろうか……と、ノウノは自分の心の働きを不思議に感じた。
仮にエダが、エルシノアだと判明したところで、ノウノ自身が罪に問われるわけではない。エダに協力したことで、多少は咎められるかもしれないが、垢BANされるようなことには、ならないだろう。
なら、何故、緊張しているのか。
理由はハッキリしている。
自分のことよりも、エダのことを庇いたいという気持ちが、ノウノの中にはあるのだった。
エダは、ノウノにとっては必要な存在である。このモデルを維持できるのは、エダだけなのだ。
いや。それだけじゃない。
かつてエルシノア嬢という名前で、世界最強となった彼女に、ノウノは心酔しているのだ。
エダの復讐の手駒として選ばれたことを、誇りに思っている。
自分のせいで、エダが捕まるようなことになって欲しくはない。
「もう良い。確認した」
と、ロジクが低い声音で言った。
ノウノの頭からコードが外された。コードはするすると、ロジクが開けていたディスプレイに吸い込まれてゆき、そして消えた。
「……」
判決はどうなったのか。
ノウノは意を決して、目を開けた。ずっと目を閉じていたために、部屋の白さがまぶしかった。
「どうやら私の勘違いだったらしい」
「え?」
「ノウノ・キャロット。君の記憶を確認させてもらったが、なにひとつ魔女に関する情報を、見出すことが出来なかった」
「そう――ですか」
「まるで罪人のような扱いをして、すまなかったね」
「いえ」
「あの魔女のアカウントが君のアカウントをフォローしたときに、私はてっきり君が、魔女なのだと思ってしまった。どうやら私の間違いだったらしい」
釈放しよう、付いて来たまえ――と、ロジクは扉を開けてくれた。
古代の言い回しに、キツネに化かされたよう、という言葉がある。
どこの国の、どんな由来の言語なのかは定かではない。キツネはイヌ科の動物であって、べつに幻覚幻聴を起こすような能力は有していない。謎めいた言葉だと思っていたが、まさに今、そのような状況だった。
ロジクは、ノウノの記憶から、何も見出せなかったのだろうか。
ロジクはこの世の終わりみたく消沈していた。
ロジカルンの総裁。王たる威厳は、霧散していた。
「あの……」
白い通路。前を歩くロジクの背中に、ノウノは問いかけた。
「なんだね?」
歩みを止めて、ロジクが振り返る。
「どうして、エルシノア嬢を垢BANしたんですか」
王が消沈している姿を見て、ノウノはすこし調子を取り戻していた。いまなら、尋ねるだけの気力があった。
「あの魔女の所属しているクロディアスという企業は、架空のものだったのだ」
「それだけですか?」
「何が言いたい?」
「女王のフォロワー数を上回ったから、ロジカルンにとって都合が悪かったんじゃないんですか?」
エダは言っていた。
女王は世論操作のために存在しており、そのフォロワー数を上回ったからBANされたのが、真相なのだ、と。
それだけでBANするなんて、あんまりである。
深掘りすると、またノウノに嫌疑がかけられかねない。とはいえ、質問せずにはいられなかった。
ロジクはしばらくノウノのことを見つめていた。
「そんなこと、誰から聞いたのかね?」
「私が疑問に思っただけです。だって、今まで一度たりとも、誰にもフォロワー数を抜かれないなんて変じゃないですか」
と、適当にそう答えた。
嘘だ。
エダから聞いた話である。
首だけで振り返っていたロジクは、その身体ごとノウノのほうに向いた。
「人間の脳というのは、複雑をきわめた物質だ。数式化されていても、それはデータセンターコロニーによる演算によって処理されているため、人類にとっては、まだまだブラックボックスと言える」
「そんな難しい話をしたいわけじゃ……」
ノウノの言葉をさえぎって、ロジクは話をつづけた。
「10人いれば、10人とも違うことを考えている。そうだろう?」
「それはまぁ」
「古代人たちはときに宗教で、ときに武力で、ときに政治で、人の脳に一定の秩序をもたらした。しかし、このバイナリー・ワールドにおいては、キリストもいなければ、マキャベリズムもない。何か、人を統治する秩序が必要なのだ」
「それが女王ってことですか?」
ロジクはしばらく黙ってノウノのことを見つめていた。が、急にふっと脱力したように笑った。
「ことVDOOLにおいて、フォロワー数は、技術力の高さであり、企業のチカラの証明でもある」
「ええ。それは、わかりますけど」
「この世界を運営維持しているロジカルンが負けることはあってはならない。冷静に考えてみたまえ、たったひとりのユーザーが、管理者よりも強いチカラを持つなんて、あきらかにオカシイ話だろう?」
もう話は終わりだというように、ロジクはふたたび足を進めた。
セキュリティ会社の建物を出る。
「ひとりで帰れるかね?」
と、尋ねられた。
「はい」
と、ノウノは答えた。
建物を出たところにエダの姿が見て取れた。
これ以上、ロジクといっしょに居たくはなかった。やっぱりもう一度取調べだといわれるのも難儀だ。ロジクの気が変わらないうちに、さっさと別れたかった。ロジクは肩を落として、セキュリティ会社へと戻って行った。
「無事に切り抜けたようじゃな」
と、エダが声をかけてきた。
「エダのほうこそ、無事だったのね」
「吾輩はたいして調べられんかった。こんなポンコツなアバターが、まさかエルシノアであるはずがない、と思われたんじゃろう」
「へぇ」
人は、どうして他人のことを、外見で判断してしまうのだろうか。だからノウノも、24社も選考落ちすることになったのだ。まあでも、それが人の性なのだろう。
だからこそ、アバター産業が発展しているのだ。
いかに外見を良く見せるかも、モデリング技術の腕の見せ所である。
「調べられても、対処する準備はしておったがな」
「私は、記憶を見られたんだけど」
アスファルトの地面に立っているエダのことを、抱え上げた。
「どうじゃった?」
「それが不思議なことに、何も咎められなかったんだよね。私の記憶を見たら、エルシノア嬢が誰かなんて一発でわかるはずなのに」
近くに誰もいなかったが、いちおう声をひそませてそう言った。
「吾輩が、なんのために、オヌシのメンテナンスをしていたと思うておる。すでに対策済みじゃ」
「じゃあ、記憶を見られることを、わかってたの?」
「記憶を見られたときに、べつの記憶データを読み込むようにトラップを仕掛けておいた。国家だか何だか知らんが、吾輩のアバターに介入しようだなんて、100万年早いわ」
「じゃあ、ロジクさんは、エダが用意した偽物の記憶を見てたってこと?」
「潔白の記憶をな」
「さすがね。でも、そうならそうと言っておいてくれたら良いのに。記憶を見られるとき、緊張しすぎて疲れたわ」
「敵をだますなら、まずは味方から――って、ヤツじゃ」
「乗り切れた、ってことで良いのよね?」
振り返る。
セキュリティ会社の建物。
建物の前面に描きこまれている拳の模様を見つめた。その拳の模様以外は、これといって特徴のない建物である。内装同様に、白くて立方体の箱のような建物だ。
2階と思わしき窓辺に、ロジクが立っているのが見えた。
ロジクはその緑がかった目で、ノウノのことを見おろしていた。
その目を見つめられて、ゾッとした。もしかして、ロジクはすべて見通しているのではないか、と思った。
見通しているが、証拠が出ないためにガッカリしてるだけではないか? まだノウノとエダに、そのエメラルドグリーンの瞳が、疑念を向けているような気がしてならなかった。
「あやつは、優秀な男じゃぞ」
と、エダが言った。
「ロジクさんね。独立行政法人ロジカルンの総裁。そして女王のバックアップをしてる。実質、王さまよね」
「うむ」
「エルシノア嬢のことは、魔女だと言ってたわ」
「この世界のトップに君臨する女王。それをバックアップする王。そして、吾輩が魔女か。面白い配役じゃな」
「うん」
そうなると、私は何に当たるんだろうな――と、ノウノは考えた。魔女の手先といったところか。
「ヤツは、わかっておるのやもしれんな。吾輩のトラップに引っかかった、と」
「どういう意味?」
「わざわざ引っ張って、証拠が出なかった。それどころか、あやつは自分の手で、我らの無実を証明してしまったんじゃからな。合法的に我らを追い詰められないことを痛感したに違いない」
「でも、偽の記憶だと知っていたなら、もっと詮索して来ると思うけど」
ロジクはまるで消えるかのように、窓辺から姿を消した。
「好機はまだじゃな。まだもうひと踏ん張りじゃ」
と、エダは独りごちるように言った。
実際、独白だったのかもしれない。
「何が?」
「ロジカルンはまだ合法的な手段をとっておる。証拠が出ない以上は、我らをどうにもすることは出来んじゃろう」
「うん」
「でも、ヤツらは必ず動く。この吾輩を垢BANしたときのように、違法な手段を使って、我らを排除しようとしてくるじゃろう」
「そうね」
ロジクは言っていた。
秩序が必要なのだ、と。
ひとりのユーザーが、管理者を超えるチカラを手にするのはダメだというようなことも言っていた。
何か、哲学があるのだろう。
女王が討たれるとき、あの男は必ず動くだろうという確信が、ノウノにもあった。
「それはおそらく、オヌシが女王をブッ飛ばしたときじゃろうな。そのときが好機じゃ。ロジカルンが違法な手段をとったが最後、その証拠をおさえて、SNSにポストする」
「要するに、私が女王をブッ飛ばせば良い――ってわけね」
「そういうことじゃな」
すべてはエダの目論見通りに、事は動いているのだろう。
エダのなかには、出来事のすべてがまるで計画されているかのようだ。
スツールに座っているノウノの頭に、いくつものコードがつなげられた。エダがメンテナンスをするときのような案配である。メンテナンスのときは、手首や足首にもコードがつなげられるのだが、今回は頭だけだった。
「それでは君の記憶を確認させてもらおう」
と、ロジクが言った。
「はい」
と、ノウノは死刑宣告を受けるような心持で、目を閉ざした。
ロジクは、ノウノの記憶を確認しているのだろう。「なるほど」とか「ふむ」といった声をあげていた。
ときにため息を吐いて、ときに唸ったりしていた。その声音が、何を意味しているのかは、目を閉ざしているノウノには判じかねた。
エダがエルシノアであるという、確実な証拠を見出したのか、それとも、何も見出せなかったのか……。
ノウノの記憶を正確に読み取っているなら、エダがエルシノア嬢であることなど、簡単に判明するはずである。
どうして自分は、こんなにも緊張しているのだろうか……と、ノウノは自分の心の働きを不思議に感じた。
仮にエダが、エルシノアだと判明したところで、ノウノ自身が罪に問われるわけではない。エダに協力したことで、多少は咎められるかもしれないが、垢BANされるようなことには、ならないだろう。
なら、何故、緊張しているのか。
理由はハッキリしている。
自分のことよりも、エダのことを庇いたいという気持ちが、ノウノの中にはあるのだった。
エダは、ノウノにとっては必要な存在である。このモデルを維持できるのは、エダだけなのだ。
いや。それだけじゃない。
かつてエルシノア嬢という名前で、世界最強となった彼女に、ノウノは心酔しているのだ。
エダの復讐の手駒として選ばれたことを、誇りに思っている。
自分のせいで、エダが捕まるようなことになって欲しくはない。
「もう良い。確認した」
と、ロジクが低い声音で言った。
ノウノの頭からコードが外された。コードはするすると、ロジクが開けていたディスプレイに吸い込まれてゆき、そして消えた。
「……」
判決はどうなったのか。
ノウノは意を決して、目を開けた。ずっと目を閉じていたために、部屋の白さがまぶしかった。
「どうやら私の勘違いだったらしい」
「え?」
「ノウノ・キャロット。君の記憶を確認させてもらったが、なにひとつ魔女に関する情報を、見出すことが出来なかった」
「そう――ですか」
「まるで罪人のような扱いをして、すまなかったね」
「いえ」
「あの魔女のアカウントが君のアカウントをフォローしたときに、私はてっきり君が、魔女なのだと思ってしまった。どうやら私の間違いだったらしい」
釈放しよう、付いて来たまえ――と、ロジクは扉を開けてくれた。
古代の言い回しに、キツネに化かされたよう、という言葉がある。
どこの国の、どんな由来の言語なのかは定かではない。キツネはイヌ科の動物であって、べつに幻覚幻聴を起こすような能力は有していない。謎めいた言葉だと思っていたが、まさに今、そのような状況だった。
ロジクは、ノウノの記憶から、何も見出せなかったのだろうか。
ロジクはこの世の終わりみたく消沈していた。
ロジカルンの総裁。王たる威厳は、霧散していた。
「あの……」
白い通路。前を歩くロジクの背中に、ノウノは問いかけた。
「なんだね?」
歩みを止めて、ロジクが振り返る。
「どうして、エルシノア嬢を垢BANしたんですか」
王が消沈している姿を見て、ノウノはすこし調子を取り戻していた。いまなら、尋ねるだけの気力があった。
「あの魔女の所属しているクロディアスという企業は、架空のものだったのだ」
「それだけですか?」
「何が言いたい?」
「女王のフォロワー数を上回ったから、ロジカルンにとって都合が悪かったんじゃないんですか?」
エダは言っていた。
女王は世論操作のために存在しており、そのフォロワー数を上回ったからBANされたのが、真相なのだ、と。
それだけでBANするなんて、あんまりである。
深掘りすると、またノウノに嫌疑がかけられかねない。とはいえ、質問せずにはいられなかった。
ロジクはしばらくノウノのことを見つめていた。
「そんなこと、誰から聞いたのかね?」
「私が疑問に思っただけです。だって、今まで一度たりとも、誰にもフォロワー数を抜かれないなんて変じゃないですか」
と、適当にそう答えた。
嘘だ。
エダから聞いた話である。
首だけで振り返っていたロジクは、その身体ごとノウノのほうに向いた。
「人間の脳というのは、複雑をきわめた物質だ。数式化されていても、それはデータセンターコロニーによる演算によって処理されているため、人類にとっては、まだまだブラックボックスと言える」
「そんな難しい話をしたいわけじゃ……」
ノウノの言葉をさえぎって、ロジクは話をつづけた。
「10人いれば、10人とも違うことを考えている。そうだろう?」
「それはまぁ」
「古代人たちはときに宗教で、ときに武力で、ときに政治で、人の脳に一定の秩序をもたらした。しかし、このバイナリー・ワールドにおいては、キリストもいなければ、マキャベリズムもない。何か、人を統治する秩序が必要なのだ」
「それが女王ってことですか?」
ロジクはしばらく黙ってノウノのことを見つめていた。が、急にふっと脱力したように笑った。
「ことVDOOLにおいて、フォロワー数は、技術力の高さであり、企業のチカラの証明でもある」
「ええ。それは、わかりますけど」
「この世界を運営維持しているロジカルンが負けることはあってはならない。冷静に考えてみたまえ、たったひとりのユーザーが、管理者よりも強いチカラを持つなんて、あきらかにオカシイ話だろう?」
もう話は終わりだというように、ロジクはふたたび足を進めた。
セキュリティ会社の建物を出る。
「ひとりで帰れるかね?」
と、尋ねられた。
「はい」
と、ノウノは答えた。
建物を出たところにエダの姿が見て取れた。
これ以上、ロジクといっしょに居たくはなかった。やっぱりもう一度取調べだといわれるのも難儀だ。ロジクの気が変わらないうちに、さっさと別れたかった。ロジクは肩を落として、セキュリティ会社へと戻って行った。
「無事に切り抜けたようじゃな」
と、エダが声をかけてきた。
「エダのほうこそ、無事だったのね」
「吾輩はたいして調べられんかった。こんなポンコツなアバターが、まさかエルシノアであるはずがない、と思われたんじゃろう」
「へぇ」
人は、どうして他人のことを、外見で判断してしまうのだろうか。だからノウノも、24社も選考落ちすることになったのだ。まあでも、それが人の性なのだろう。
だからこそ、アバター産業が発展しているのだ。
いかに外見を良く見せるかも、モデリング技術の腕の見せ所である。
「調べられても、対処する準備はしておったがな」
「私は、記憶を見られたんだけど」
アスファルトの地面に立っているエダのことを、抱え上げた。
「どうじゃった?」
「それが不思議なことに、何も咎められなかったんだよね。私の記憶を見たら、エルシノア嬢が誰かなんて一発でわかるはずなのに」
近くに誰もいなかったが、いちおう声をひそませてそう言った。
「吾輩が、なんのために、オヌシのメンテナンスをしていたと思うておる。すでに対策済みじゃ」
「じゃあ、記憶を見られることを、わかってたの?」
「記憶を見られたときに、べつの記憶データを読み込むようにトラップを仕掛けておいた。国家だか何だか知らんが、吾輩のアバターに介入しようだなんて、100万年早いわ」
「じゃあ、ロジクさんは、エダが用意した偽物の記憶を見てたってこと?」
「潔白の記憶をな」
「さすがね。でも、そうならそうと言っておいてくれたら良いのに。記憶を見られるとき、緊張しすぎて疲れたわ」
「敵をだますなら、まずは味方から――って、ヤツじゃ」
「乗り切れた、ってことで良いのよね?」
振り返る。
セキュリティ会社の建物。
建物の前面に描きこまれている拳の模様を見つめた。その拳の模様以外は、これといって特徴のない建物である。内装同様に、白くて立方体の箱のような建物だ。
2階と思わしき窓辺に、ロジクが立っているのが見えた。
ロジクはその緑がかった目で、ノウノのことを見おろしていた。
その目を見つめられて、ゾッとした。もしかして、ロジクはすべて見通しているのではないか、と思った。
見通しているが、証拠が出ないためにガッカリしてるだけではないか? まだノウノとエダに、そのエメラルドグリーンの瞳が、疑念を向けているような気がしてならなかった。
「あやつは、優秀な男じゃぞ」
と、エダが言った。
「ロジクさんね。独立行政法人ロジカルンの総裁。そして女王のバックアップをしてる。実質、王さまよね」
「うむ」
「エルシノア嬢のことは、魔女だと言ってたわ」
「この世界のトップに君臨する女王。それをバックアップする王。そして、吾輩が魔女か。面白い配役じゃな」
「うん」
そうなると、私は何に当たるんだろうな――と、ノウノは考えた。魔女の手先といったところか。
「ヤツは、わかっておるのやもしれんな。吾輩のトラップに引っかかった、と」
「どういう意味?」
「わざわざ引っ張って、証拠が出なかった。それどころか、あやつは自分の手で、我らの無実を証明してしまったんじゃからな。合法的に我らを追い詰められないことを痛感したに違いない」
「でも、偽の記憶だと知っていたなら、もっと詮索して来ると思うけど」
ロジクはまるで消えるかのように、窓辺から姿を消した。
「好機はまだじゃな。まだもうひと踏ん張りじゃ」
と、エダは独りごちるように言った。
実際、独白だったのかもしれない。
「何が?」
「ロジカルンはまだ合法的な手段をとっておる。証拠が出ない以上は、我らをどうにもすることは出来んじゃろう」
「うん」
「でも、ヤツらは必ず動く。この吾輩を垢BANしたときのように、違法な手段を使って、我らを排除しようとしてくるじゃろう」
「そうね」
ロジクは言っていた。
秩序が必要なのだ、と。
ひとりのユーザーが、管理者を超えるチカラを手にするのはダメだというようなことも言っていた。
何か、哲学があるのだろう。
女王が討たれるとき、あの男は必ず動くだろうという確信が、ノウノにもあった。
「それはおそらく、オヌシが女王をブッ飛ばしたときじゃろうな。そのときが好機じゃ。ロジカルンが違法な手段をとったが最後、その証拠をおさえて、SNSにポストする」
「要するに、私が女王をブッ飛ばせば良い――ってわけね」
「そういうことじゃな」
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