人類は仮想世界に移住しました。最強のアバターを手にいれたので、無双します

新人賞落選置き場にすることにしました

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押し寄せる波濤の自然数

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 3日間のテストが終わった。最後の人工知能脳科学のテストが終わったところで、試験の採点結果がいっきに表示された。


 成績ランキングの2位にクリナは食い込んでいた。成績ランキングはあくまで今回のテスト結果のランキングである。フォロワー数ランキングとはまた違うものだ。

 2位がクリナで、1位が女王だった。


「はぇぇ。クリナって本当に頭が良いのね」


「勉強するのが向いてるってだけですよ。べつに頭が良いわけじゃないですよ」
 と、クリナは照れ臭そうに、まるで空気を叩くかのようにして言った。


 教室――。
 石造りの広間に、木材の長椅子と長机が置かれている。


 ノウノとクリナは同じ椅子に腰かけていた。テストの緊張感から解放されて、ほかのアバターたちも伸びをしたり、大きな声で雑談をはじめたりしていた。


「バイナリー・ワールドは素晴らしい世界だけど、勉強が難しいのが難点ね」


「HTML言語とCSS言語ができるだけで仕事にありつけた時代があったなんて言いますからね」


「古代言語ね」


 昔、そういう言語があったと聞いたことがある。
 至極単純な言語だったらしい。


「時代が進むにつれて、処理しなくてはならないタスクが難しくなるのは、仕方ないかもしれませんね」


「まあ、だからって昔に戻りたいとは思わないけど」


「ノウノさんの点数はどうだったんですか?」
 と、クリナが、ノウノの端末を覗き込んできた。ノウノはあわててディスプレイを閉ざした。


「ダメよ。グロい点数してるんだから」


「赤点ですか?」


「うぅん。ギリギリ回避ってところ」


「良かったじゃないですか。編入してきたばっかりなのに、赤点回避はすごいことですよ。さすがノウノさんです」


「そう――なのかなぁ?」


 たしかに編入時期は大きなハンデだと、ノウノも思う。しかし、時間があったら良い点数をとれたという自信はない。


「おっ。おおーっ。私、バズってます。すごいバズってます!」
 と、クリナは興奮していた。


 テスト結果が公開されたことで、クリナのフォロワー数が爆上がりしているようだ。40万ちょいだったクリナのフォロワーは、いっきに60万にまで跳ね上がっていた。


 クリナのDMには、「成績を見てきました」「今度、俺といっしょに遊びに行きませんか」とか、「一度、会ってお話してみたいです」……という誘いの声が殺到していた。


 やはり、クリナの意識モデル目当ての相手が多いということだろう。


 べつに相手が男だとは限らない。いちおう性別の差異はあるものの、男同士でも女同士でも、次の意識モデルを残すことはできる。


 優秀な子孫を残したいという気持ちは、ノウノにも理解できなくはないが、クリナとのあいだに子供をつくりたいという気分にはならなかった。


 クリナのことより――。
 ノウノ自身のことである。


 現在、ノウノのフォロワー数は70万だった。


 テスト期間中は、午後は授業がなかった。そのため試験勉強もしつつ、バトルにも積極的に取り組んでいた。おかげで70万人まで爆上がりしていた。


 しかし、だ。


 学園のフォロワー数ランキングを確認する。11位が92万。あとおおよそ20万人ちょっと足りない。
 それぐらいの計算は、ノウノにもできる。


「ダメかぁ」


 1次選考の締め切りは今日。厳密には、あと数十分ある。
 バトルをしているような時間はない。


 かりに時間があったとしても1日で、20万もあげるのは難しい。
 もっとバズり散らかすような事件がなくてはならない。


 冷静に考えてみると、1万人でも凄い数なのだ。いや、10人でも十分凄い数字である。ここ数日は、黒猫丸の協力やノウノの鮮烈デビューもおかげで、フィーヴァー状態に入っていたというだけだ。


 あと数十分で、20万人は、やはり厳しい。


 このタイミングで、黒猫丸をセキュリティ会社に突き出すのは、どうだろうか……と、いう考えが脳裏をよぎった。


 注目はされるかもしれない。しかしさすがに、そこまで悪辣な手は使いたくはない。エダも反対するだろう。そうだ。エダに相談してみよう。


 教室を出る。
 石造りの廊下。
 エダが待っていた。


「試験の結果。わかったようじゃな」


「私なりに頑張ってみたんだけどねぇ」


「上出来じゃ。あまり点数が悪すぎると、逆にフォロワー数が下がる可能性もあったからな。それは食い止めたようじゃ」


 よく頑張ったではないか、とエダはまるで子供を褒めるかのような語調で言った。


「まあ、私はもともとこの外見とアバターの性能で売ってるし。テストの結果が、そんなに影響したとは思えないけどね」


「あと20万人か」


「今年はダメかも。来年に勝負をかけるとして、どう? そのカラダは持ちそう?」


 エダはノウノの右肩に跳び乗ってきた。ふわりと、ほとんど質量の感じないカラダが、右肩にかかる。


「いいや。来年まで待つ必要はない。あまり切りたくはなかったが、隠し玉を切ることにする」


「そういえば、とっておきがあるとは聞いてたけど」


「オヌシのアカウントを見ておれ」


「私の?」


「うむ」


 端末を開く。ノウノのプロフィールと、所属企業であるロー・ミートの名前が記載されている。


 フォロワー数は、70万人ちょうどだ。べつに図ったわけじゃないけど、偶然7の後に0がつづく形になっている。
 その0に、ふと、1が追加された。


「あ、1人増えた」


「カードを切った」


「1人増えただけみたいだけど?」


「その1は、ただの1ではない。押し寄せる波濤の自然数じゃ」


 押し寄せる。
 波濤――。


「おっ、おおおおおッ!」


 堰を切ったかのように、ノウノのフォロワーが上昇していた。


 70万から80万。さらに伸び続けている。90万。91……92……。1次選考通過のボーダーラインに届いた。
 でも、上昇はおさまらない。まだまだ伸び続けている。
 ついに100万人の大台に乗った。


「ま、まだ止まらないよ。いったい何したの?」


「凍結されていたエルシノア嬢のアカウントを動かした。エルシノア嬢のアカウントで、オヌシのアカウントをフォローした」


 ノウノは自分のフォロワーを確認してみた。たしかに、エルシノア嬢がノウノのことをフォローしてくれていた。


「に、200万……」


「良かった。もう忘れられた存在かと思うたが、まだエルシノア嬢のチカラは残っていたようじゃな」


「凄い。さっそく記事が投稿されてる」


「長年凍結されていたご令嬢の復活か?」「再び動き出す伝説」「最強の鼓動」……と、仰々しいタイトルの記事が投稿されていた。


 長年凍結されていたエルシノア嬢のアカウントが動き出し、何をしたかというと、まっさきにノウノのアカウントをフォローしたのだ。


 エルシノア嬢が動き出したことは大事件であった。それと同時に、ノウノも注目されているのだった。


 フォロワー数は280万人で落ち着いたようだった。
 1次選考のボーダーどころではない。学年2位。女王の次に、ノウノが位置取っていた。


「1度しか使えぬ切り札じゃがな」


「こんな奥の手を残してくれていたなら、もっと早くしてくれたら良かったのに」


「リスクの大きい手じゃ。吾輩が脱獄したことが、これでロジカルンにはバレてしもうたじゃろうからな」


「そっか……」
 エダとしては、本当は使いたくない手段だったのだろう。


「もともと吾輩のアカウントじゃからな。自分のアカウントを動かしただけのことじゃ」


「ロジカルンに凍結されていたんじゃないの?」


「そこは、まぁ、ちっと細工したがな」


「なんかでも、ちょっとズルいことをしたような気分かも」


「なにを言うておる。吾輩に試験を受けようとしていたくせに」


「それはそうだけど、わざわざこんなことをするぐらいだったら、替え玉してフォロワー稼いだほうが、リスクは小さかったんじゃないの?」


「吾輩は、自分が悪いことをしたつもりはない。ロジカルンに垢BANされたことも、凍結されていたアカウントを動かしたことも、吾輩は吾輩が正しいことをしていると思うてやっておる。正義を貫いているというだけじゃ」


「まあ、なんとなく、わからなくはないけど」


 替え玉試験は、エダの正義にそぐわないところがあったのだろう。


 結果的には、こっちのほうが良かったのかもしれない。
 一瞬にして、ノウノは280万人のフォロワーを獲得することになった。


「すこし事情を聴かれると思うが、エルシノア嬢のことは、ひとつも知らぬと、しらばっくれておけ。何があっても知らぬふりをしておけ」


「事情?」


 正面。
 廊下。
 顔のない黒ずくめの男たちが、歩いてくるのが見えた。
 顔がないので、男だとハッキリわかるわけではない。ただ、体格がゴツかったから、男だろうと感ぜられた。いやまぁ、体格の大きさも性差に関係ないんだけど。


 男たちはノウノを取り囲むようにした。


「ノウノ・キャロットだな?」


「そうですけど、何か?」


「こちらはセキュリティ会社だ。いっしょに来てもらおうか」


 ノウノの両手には、手錠がかけられることになった。あまりに唐突なことに、ノウノは声も出なかった。


 教室にいた生徒たちも、何がなんだかわからないといった表情で、ノウノのことを見ていた。
 教室には、クリナもいた。クリナも唖然とした顔をしていた。


「抵抗せずに、されるがままになっておけば良い。大丈夫。吾輩を信用せよ」
 と、ノウノの耳元で、エダがささやいた。
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