人類は仮想世界に移住しました。最強のアバターを手にいれたので、無双します

新人賞落選置き場にすることにしました

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最強のアバターを手にいれました

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 カメラ小僧は裏路地へと入り込んだ。こんなところに道があったのかと思うほど、薄暗くて細い路地だった。


 まるで光子が嫌煙しているかのように、路地は暗くて奥を見通すことが出来ない。


 いや。これは世界の歪だ。
 世界を記述しているプログラミングコードの欠損である。


 カメラ小僧が意図的に作り出したものなんだろうか?
 それとも、もともとあった欠損なのだろうか。


「ねえ、ちょっとっ」
 不安になってそう呼びかけてみた。
「大丈夫」
と、カメラ小僧は臆することなく進んで行き、その背中は闇に呑まれはじめている。


 どうしよう……。
 カメラ小僧に付いてゆくか、ノウノは迷った。


 あきらかにヤバい誘いである。
 周囲を見渡す。みんな女王に気を取られているのか、人通りは少ない。たまに人が通りかかるけれど、裏路地には見向きもせずに通過して行く。


 ふつうだったら危険人物だと思って、セキュリティ会社に報告しているところだ。しかし、ノウノは迷った。


 カメラ小僧はクロディアスの名前を出した。あのエルシノア嬢のバックアップをしていたと言われている企業だ。女王を上回るインフルエンサーになりたいと思うならば、付いて来い――とも言った。ずいぶんな大言である。
 無知をひっかける悪質な詐欺とは思えない。むしろ、何やら大きな野望めいたものを感じるのだった。


「良し」
 ノウノは、意を決して足を踏み出した。


 VDOOLの応募に24社も落ちているのだ。
 絶望的である。
 ノウノに迷っている余裕はないのだ。チャンスには噛りつかなければならない。


 くわえて、今になって腹が立ってきたのだ。


 女王に「ザコ」と言われた。完敗すぎてそのときは、惨めなだけだった。
 しかし今から思えば理不尽である。
 相手はロジカルンの最新鋭のアバターなのだ。こっちは自作のポンコツである。与えられたアバターの差でイキられても困る。


 私だって、それなりのアバターがあれば、充分に戦えた。ノウノはそう思う。そんなこと言っても、負け惜しみにしかならないことも、わかっているが。


 裏路地。闇がからみついてくる。たちまち外の光が見えなくなった。
 目の前のカメラ小僧の背中だけが目視できる。カメラ小僧は振り返った。カメラレンズの下にある口が、にんまりと歪むのが見て取れた。
 たぶん、笑ったのだろう。


「やはり吾輩の見立てに間違いはなかったな。それほどまでに、VDOOLになりたいか」

「ええ」

「動機は?」

「立派な広告塔になって、御社のために尽力したいと――」
 面接のさいに聞かれる、建前が自然と口をついていた。

「本音は?」
 と、尋ねてきた。
 建前であることは見抜かれているようだ。

「VDOOLになれば、大量のフォロワーを獲得できるでしょ。一流のインフルエンサーの仲間入りよ」
 と、ノウノは飾るのをやめてそう本音を吐露した。本音を口に出すと、語調もおのずとくだけたものになった。

「インフルエンサーになりたいか?」

「誰だってインフルエンサーになりたいでしょ。フォロワー数は、生きている存在ステータスであり、イイネは幸福の大きさなんだから」

 インフルエンサーになれば、世界から甘やかしてもらえる。音楽を出せば爆売れ。小説を書けば大ヒットである。
 世界からヨシヨシと頭を撫でてもらえる。
 存在そのものが高級品。可憐なる一輪の独裁者。
 イイネがひとつもらえれば、それだけでエクスタシーを感じる。それが大量に獲得できるのだから、まさに幸福の絶頂である。
 むしろ、インフルエンサーになりたくない理由を見つけるほうが難しい。


「良い思想観だ。合格じゃ」
 と、カメラ小僧はふたたび闇に向かって歩みだした。

「実戦テストはしなくても良いの?」

「吾輩は、何人ものVDOOLの応募者を見ておる。アバターの性能を抜きにした、本人の処理速度を見ておった。株式会社エモーションでの動き。あの女王との一戦。オヌシの反応速度は充分に追いついていた。オヌシが一番良い。考え方も素晴らしい」

「なんか照れちゃうなぁ」


 お世辞なのかわからないが、褒められていることはわかった。
 カメラ小僧への不審感が消え去った。カメラ小僧のことを信用できると思ったのではない。ただ、褒められて良い気分になっただけである。


 闇の向こう。明かりが見えてきた。ブルーライトのようだ。大量のディスプレイが空中に浮かんでいた。
 ディスプレイの明かりに照らされているなか、カプセルがひとつ置かれている。
 ガラス張りのカプセルのなかには、裸の女性が入っていた。


「嘘……」
 カプセルのなかのアバターに、ノウノは見入った。


 軽くウェーブしたブロンドの巻き毛。透き通るような青い双眸。つつましくも、ふっくらと張りつめた乳房。美しく割れた腹筋に、すらりとした四肢。
 素晴らしいアバターである。
 性能はわからないが、外見だけならば、あの女王にも匹敵する。おそらく数学的に計算され尽くした外見デザインだ。


「この世界のトップに君臨している企業。独立行政法人ロジカルンは強大だ」

「女王が属してる企業ね」

「なにせ国の機関じゃ。エモーションなどの民間企業は伸びて来ておるが、やはり女王には一歩及ばぬところがある。しかし、我が社クロディアスならば、ロジカルンに対抗できると信じておる」


 そうかもしれない。
 これほど美しいアバターが作成できるのだから。


「気になってたんだけど、クロディアスって、あのエルシノア嬢を輩出した企業よね?」

「うむ」

「同じ企業?」

「そうじゃ。しかし、エルシノア嬢は死んだ」
 と、カメラ小僧はため息まじりにそう言った。

「クロディアスって架空の企業じゃなかったの?」
 だから、垢BANされたとか、そういうウワサがある。

「違う。エルシノア嬢は、ロジカルンのアバターを上回る性能を発揮してしまった。国家が支援しているVDOOLを上回ってしまったのじゃ」

「ええ」

 それは、ノウノも知っている。
 女王が負けたことは、大事件だった。

「結果的に、フォロワー数も勝ってしまった。それが国にとっては都合が悪かった。だから、エルシノア嬢は消されてしまっただけじゃ」

「え? 女王よりフォロワー数が上回ったらから、消されたの?」

 うむ、とカメラ小僧はうなずいた。
「VDOOLは、最強のインフルエンサーじゃ。世論を左右するチカラがある。ロジカルンのVDOOLが、最高のインフルエンサーでなくてはならんのじゃ。国が世論を操作するためにな」

「そんなの違法でしょ。女王のフォロワー数を上回ったら消されるなんて」

「違法かどうかは、国が決めるんじゃろう」

「でもだったら、一生誰も、女王のフォロワー数を追い越せないことになるわ」

「とはいえ、女王は素晴らしいアバターじゃからな。今までエルシノア嬢のほかに、例ではない。消された唯一の例じゃ」
 どこか誇らしげに微笑みながら、カメラ小僧はそう言った。

「公表すれば良いじゃない。拡散すれば、国は炎上するわ」

「いいや。ダメじゃ」

「どうして?」

「吾輩のような影響力のない人物が呟いても、ただの戯言だと思われるだけじゃ。女王に否定されれば、世論は女王の側につく。なにより証拠もない」

「それは――」
 たしかにそうかもしれない。
 こうして実際に聞いても、ちょっと信じられない話である。


 じゃからな――と、カメラ小僧はつづけた。


「吾輩は、ロジカルンに復讐したい」

「復讐?」

「我が社の最高傑作であったエルシノア嬢を抹消した報いを受けさせたい。しかし、エルシノア嬢が消された事実を公表するためには、足りぬものが2つある」
 と、カメラ小僧は木の枝みたいな指を2本立てた。


「何と何?」

「女王を超える発言力を持ったインフルエンサーと、国が違法行為を行っているという証拠じゃ」

 カメラ小僧のレンズ部分が――そこが目になっているのかもしれない――ディスプレイの明かりを受けて炯々とかがやいていた。

 話が見えてきた。

「このアバターを使って、私がインフルエンサーになれば良いのね?」

 カプセルのなかに入った美少女を見つめて、ノウノはそう言った。

「うむ」

「私が女王に匹敵するほどのインフルエンサーになって、その事実を公表する」

「うむ」

「でも、証拠はどうやって掴むの?」

「仮にオヌシが女王のフォロワー数を上回れば、ロジカルンが動く。そのときに、ロジカルンの違法行為の証拠をつかむ。それをオヌシが公表すれば良い」

「なるほど」
 そしてロジカルンは炎上して失墜するというわけだ。


「どうじゃ、吾輩に協力するか? もしも協力するというのならば、このアバターを授ける。オヌシのチカラになるじゃろう」

「……」
 要約すると――。
 女王のフォロワー数を上回ると、ロジカルンが消しにかかってくる。それを確かめるためには、実際に女王のフォロワー数を上回ってみなければならない、というわけだ。


 危ない橋だ、と思った。


「エルシノア嬢は今、どうしてるの?」

「アバターは没収された」

「中に入ってた人は?」

 アバターは、この世界で生きていくための肉体に過ぎない。魂である人間が入っていたはずだ。

「意識は、垢BANされておる。罪人として幽閉されておる」

「下手すりゃ私も幽閉されるのよね」

「そうならないために、ヤツらの悪事の証拠をおさえて公表すれば良い」

「わかったわ」
 と、ノウノはうなずいた。

「決意が早いな」

「私はエルシノア嬢のファンだったしね。今でもフォローしてるのよ。復讐してやろうって思うほどではないけど」

「ほお」


 インフルエンサーになりたいという思い。24社も私のことを落としてきた世界への反発。エルシノア嬢を消した国への復讐。


 なにより――。
「あの女王にリベンジをかましてやりたいわ」


 ザコと言われた。
 一発ぐらい殴り返してやらないと気が済まない。


「それならば、さっそく我が社のアバターと、オヌシの意識をコネクトさせるぞ」


「ええ。お願い」


 カプセルのふたが開いた。ノウノはみずからのウサギの手で、目の前の金髪美少女アバターの手を握った。
 周囲のウィンドウに、プログラミングコードが流れて行く。


「コードの再構成。ライブラリインポート。ミドルウェア構築開始。リファクタリング開始。線形代数行列計算を開始。意識の再構成完了。ウェイト計算。アーマチュアとのコネクトを完了。テストコード。トライ・キャッチ……トライ・キャッチ。オールクリア……」


 視界がにじんでいく。メマイを覚える。まぶたを閉ざした。



 その昔――。



 人間は「現実」という世界で暮らしていたそうだ。
 古代の話である。
 地球という惑星が、まだ太陽系に属していた時代の話だ。
 しかし、現実には終幕があった。地球はいずれ滅びる。恒星はいずれ白か黒となる。宇宙もいつかは終焉が来るのだ。


 とある天才科学者は、閃いた。


 現実が終わりを迎えるときが来るならば、仮想世界に移住すれば良いんじゃないの――と。


 この世界が、それだ。


 人間の意識が、アバターという肉体を持って生きているのだ。
 意識はバックエンドでと呼ばれ、アバターはフロントエンドと呼ばれている。
 そのふたつが揃って、はじめて、人間、となる。アバターこそが、自分の肉体なのだ。


 だからこそ。
 世界はアバター産業に注目している。


 生きていくうえで、もっとも大切な部位だと言っても過言ではない。そのアバター産業の広告塔が、VDOOLなのである。


「もう目を開けても良いぞ」
 と、カメラ小僧が言った。


 目を開けた。
 目の前に、薄汚れたウサギがいた。あ、私――と、ノウノは思った。
 目の前にウサギが見えるということは、今のノウノはべつのアバターになっているということだ。


 視線を下ろす。自分の肉体が見える。ふたつの乳房。RGB値255よりも自然な肌の色。青く透けて見える血管。完璧なモデリング。ためしに自分の乳房を揉んでみた。やわらかい感触が手のひらに伝わってきた。


「う、うわぁ。めっちゃ柔らかい」

 仮想世界とはいえ、五感は生きている。意識はあるのだし、ちゃんと計算が行われているのだ。

「どうじゃ。素晴らしいモデルじゃろう」

「誰がモデリングしたの?」

「もちろん吾輩じゃ。エルシノア嬢のアバターで採取した統計データから、さらに改良を加えた、言うなればエルシノア嬢ヴァージョン2・0じゃ」
 と、カメラ小僧は木の枝みたいな指でピースして見せた。

「こんなに凄いモデルを作れるなら、あなたも、もっとちゃんとしたアバターに変えれば良いのに」

 頭部はカメラの形をしているものの、肉体はマントでおおわれており、よくわからない。あまり精緻なモデルには見えない。

「吾輩には無理じゃ。吾輩の意識は理由あって破損しておってな。高度なアバターの計算処理が追いつかんのじゃ。じゃからこそ吾輩は、吾輩がつくったアバターを使いこなせる人材を探しておった」

「あなたの名前はなんて呼べば良いの?」

 このアバターを使うということは、このカメラ小僧とも長い付き合いになりそうだと思って、そう尋ねた。

「そうじゃなぁ。吾輩はエダとでも名乗っておこう」

「私はノウノよ。よろしく」
 ノウノが手を差し出すと、エダはその名前のとおり木の枝みたいな手で握り返してきた。

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