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仮想世界の住人はアバターで生きてます
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「ターゲット捕捉。レーザー光線を射出」
高層ビルの立ち並ぶなか。ノウノ・キャロットは、逃げ回っていた。
人がひとり通れるぐらいの路地裏に潜り込む。身体を横にしてカニ走りのように進んでいく。
そんなノウノを、追跡ドローンが追いかけてくる。「ターゲット確認」と機械音をあげて、赤いレーザーを放ってくる。
「お、おわわわっ」
路地裏を抜け出して、すこし太い道へと抜け出した。
間一髪、レーザーを躱した。
空ぶったレーザーは、ガラス張りの建物の壁に直撃していた。カフェか何かだったのかもしれない。
中に居た人たちが、「おや?」という表情をしているのが見てとれた。
しかし、建物に傷がつくことはない。レーザーが当たった壁には、ジジジ……とノイズが走るだけだ。
ドローンは空ぶったことを気にも留めず、ノウノを追いかけてくる。
ふたたびレーザー。
今度は避けきれなかった。
ノウノの膝あたりにレーザーが直撃した。激痛というほどではない。注射を刺されるような鋭い痛みが走って、思わず屈みこんだ。
「くそぅ。こんなところで死んでたまるか。ぜったいVDOOLになってやるんだからっ」
後ろからドローンが迫って来ている。銃口らしき穴が、赤く光っているのが見えた。ふたたびレーザーを撃とうとしているのだろう。
「どりゃぁぁぁ!」
ドローンの高度が下がっていた。この距離だったら、届く。そう思った。ノウノは意を決して、ドローンに跳びかかった。
ドローンのレーザーが射出される。躱せる。そう感じた。身体をひねろうとする。しかし、考えていたように身体が付いて来ない。首をひねって、辛うじてかわした。頬のあたりを、レーザーがかすめる。頬に注射のような痛み。ジジジ。ノイズの走る音。でも、届く。届くはずだ。
ぐっと手を伸ばす。あぁ……。ダメだ。ドローンはまるでノウノのことを小馬鹿にするかのように、ひょいと後ろに下がった。
ノウノの手が空中でクロールをするかのように、空を切る。
「くっ……」
あと少し手が届けば……。
やっぱりこんな身体では、VDOOLには届かないのか。
時間の流れがゆっくりに感じる。自分の身体が重力計算に負けて、落下していくのがわかる。空。今日は雲ひとつない晴天。陽光を受けて、ドローンが銀色の身体をにぶく光らせている。
ドローンはふたたび銃口を、赤く光らせている。見えている……見えているのに。頭では、わかってるのに。身体が追い付かない。ドローンはレーザーを射出した。
ピュン、ピュン――と、レトロゲームみたいな嘘くさい電子音が響く。ノウノの額にレーザーが直撃した。
「ぐはっ」
額に鋭い痛み。まるで空中を泳ぐかのように浮いていたノウノは、地面に叩き付けられることになった。
仰向け。恒星がまぶしい。アスファルトの地面。背中が熱い。起き上がろうとして、寝返りをうつように身体を転がした。
そんなノウノの背中に、ドローンがレーザーを撃ちつけた。
「痛いっ。痛いって! ギブ。ギブ!」
ノウノがそう叫ぶと、ぶーっ、とまるでクイズに不正解したみたいな音が響いた。その音を受けて、ようやっとドローンは撃つのを止めてくれた。容赦のないドローンである。背中がチクチク痛む。
うつ伏せに倒れ伏しているノウノの目の前に、青いウィンドウが現れる。
「株式会社エモーションより通達。ノウノ・キャロット。1次選考落選」
ウィンドウの右上に出ているクローズボタンを押すと、ウィンドウが消えた。
「はぁぁ」
やはりダメか。
VDOOLの応募は、これで24社目である。株式会社エモーションは、今もっとも伸びている企業であり、トップ企業であるロジカルンを上回る勢いだという噂を耳にした。狙い目だと思ったが、高望みだったのかもしれない。
「くそっ」
コブシを地面に叩き付ける。アスファルトの地面に、ジジジとノイズが走る。拳が痛くなった。それだけだ。
気だるげに立ち上がった。帰ろう。株式会社エモーションには、何か挨拶でもしておいたほうが良いんだろうか? まあ、別に良いよな。落選してるんだし。
ノウノはとぼとぼと大通りに出た。いままで聞こえなかった喧騒が、どっと耳に押し寄せてきた。
大通りでは、いろんな人が行き交っている。ロボットの形をしている人。ゴミ袋の形をしている人。戦車の形をしている人。宇宙人みたいなヤツから、蟻みたいなキショい形のヤツもいる。
各々のアバターである。かくいうノウノも人の形ではない。ウサギの着ぐるみみたいな形をしている。
「おい急げよ。女王が来てるんだって」「マジで? コンサートか何か?」「いや。ロジカルンが次世代アバターの販売を開始するから、それのお披露目だって」……。行き交う人たちの会話が聞こえてきた。
女王が来てるのか――。
見に行こうか迷った。べつに行くあてもない。考えるよりも先に、足が動いていた。女王がいる具体的な場所はわからなかったが、わざわざ端末で調べる間でもなかった。雑踏の流れに身を任せていると、女王のいる場所へとついた。
女王とは言っても、べつに王権神授説のうえに顕現しているわけではない。あだ名だ。トップ企業ロジカルンの広告塔。看板VDOOL。この世界において、もっともフォロワー数が多く、彼女がなにか呟けば、それが世界中にまたたく間に浸透する。だから、女王。
女王は、壇上に居た。
ひときわ高いところから、まさに女王よろしく、群がる民衆を睥睨している。紫色のロングヘアー。一本一本が繊細になびく。端正な顔立ち。計算され尽くした美しい四肢。紫色の髪の毛を基調にした、青と白い軍服のようなものを着ていた。まるでスポットライトのように、陽光が女王に向けられていた。
「女王。最強のVDOOL」
と、ノウノは独りごちた。
『VDOOL』というのは、企業の広告塔のことを言う。
我が企業には、これだけのアバターが作製できますよ、というアピールになる。悪い言い方をすれば、マネキンである。が、ただのマネキンではない。大量のフォロワーがつく。金がうなるほど入ってくる。世界からチヤホヤされる。誰しもが憧れる存在だった。
ごらんください――と、男の声がひびいた。おそらくロジカルンの社員なのだろう。司会役だろうか。
「これが我が社ロジカルンの技術を駆使したヴァージョン3・0です。このバイナリー・ワールドにおいても、指先の神経までリンクしており、細かい作業まで難なく行うことができます」
女王が、みんなの前であやとりをして見せていた。女王の指先が器用に動いている。やはりロジカルンはすごい。このバイナリー・ワールドのなかでは、思ったように動けないことが多々ある。細かい作業などは特に難しい。ノウノの身体なんて、ふやけたソーセージみたいな指が3本しかない。あやとりなんて、このアバターでは、出来そうにもない。
私も、あれぐらいのモデルがあれば、さっきの試験だって通過できたのになぁ、とノウノは思った。
「それでは、VDOOLによる模擬戦を行ってみましょう。今回のヴァージョン3・0では意識モデルとのフェッチ速度も向上しており、またより滑らかな挙動を可能にしています」
各企業は、自社のVDOOLを使って、他社のVDOOLとバトルをすることが多い。
バトルはアバターの動きがよくわかるし、他社のアバターとの性能差も、目に見えてわかるからだ。
配信映えもするし、勝てばフォロワーを獲得できる。むしろ、それがVDOOLの本業とも言える。
まあ、早い話――
企業の代表として、他社のアバターを粉砕するのがVDOOLの役目である。
「どなたか、この女王と手合せしたいと思う方はいらっしゃいませんか?」
司会役がそう問いかけてきた。
今回は模擬戦ということだから、他社とのバトルじゃなくて、この場で相手を見繕うらしかった。
観衆がざわついた。
「どうするよ?」「お手合わせしてもらったら良い経験にはなるだろうけどさ」「どうせ勝てないし、惨めになるだけだよな」「俺もバックについてる企業があるから、勝手にバトルはできないわ」……とのことだ。
ウサギアバターの胸裏にて、どくん、と心臓が高鳴った。
「私、やります!」
と、ノウノは挙手した。
ノウノのアバターは自作である。べつに企業のバックアップがついているわけではないし、負けても誰にも迷惑はかからない。勝てずとも見どころがあれば、ロジカルンから声がかかるかもしれない。24社も選考落ちしてきたのは、このときのためだったのかもしれない。ロジカルンは最強企業である。拾ってもらえれば御の字だ。
「おーっ」と、観衆からは拍手と声援がおくられた。
「それでは舞台に上がってください」
と、司会役が言った。
壇上にのぼる。下から見ると、たいして大きな舞台には見えなかった。実際に上がってみると、途方もなく広く感じられた。
白い舞台。
正面。
女王が紫色の髪をなびかせて、ノウノのことを無感情に見つめていた。
勝てない。それはわかってる。でも、せめて一発ぐらいは殴る。
「それでは、カウントダウンを行います」
巨大なウィンドウが、空中に表示された。ウィンドウには「3」の文字が現れる。「2」「1」「GO!」。先に動いたのは女王だった。
気づくと女王は目の前にいた。意表を突かれたということもあり、ほとんど目視できなかった。
だが、反応はできた。
女王が下から拳を突き上げてくる。ノウノは上体をそらして、それを躱そうとした。
ダメだ。
アバターが動かない。
女王の速度に追いついていない。顎にまともに拳をくらった。身体が浮き上がるのがわかった。態勢を立て直そうとするものの、アバターが言うことをきかなかった。そのまま仰向けに倒れこむことになった。
「そこまで」と司会役がストップをかけた。
え?
終わり?
あまりにも呆気ない。
「ま、まだ……」
まだやれます。そう言おうとした。女王が、ノウノを覗き込んできた。「ザコ」。そうつぶやくと、脇腹を蹴りつけてきた。ノウノは転がるようにして、舞台から落っこちた。
痛覚設定には上限が決められているはずだが、それでもけっこう効いた。
左の脇腹に鈍痛が与えられた。転がり落ちた衝撃で、あちこち痛んだ。さっきの株式会社エモーションの選考のときに受けた痛みも残っている。
「次の挑戦者は、いらっしゃいますか」
と、司会役はもう話を進めてしまっている。
「やっぱりロジカルンは凄いなぁ」「俺も次はロジカルンのアバターに変えようかなぁ」「よく言うぜ。そんな金ないくせに」「ロジカルンのアバターを買えるのは、社長ぐらいにならないとな」……観衆がそう呟いている。
ノウノの話題にはいっさい触れられない。まるでボロ雑巾にでもなった気分だ。
観衆のなかに落っこちたノウノは、おもむろに立ち上がった。瞬殺すぎて、悔しいという感情も沸いて来ない。ただただ惨めである。
帰ろう。
そう思ったとき、ノウノのウサミミが反応する言葉があった。
「やっぱり女王に勝てるアバターなんてないよな」「エルシノア嬢ぐらいじゃなくちゃな」「たしかにエルシノア嬢なら勝てたかもな」「女王もすごいけど、やっぱり俺はエルシノア嬢のほうが好きだな」「たしかにエルシノア嬢は凄かったけど、今は垢BANされてるんだろ」「違法なアバターを使ってたとかで」……。
エルシノア嬢。
この世界。バイナリー・ワールドにおいて、ロジカルンのVDOOLが常に、トップに君臨している。
トップに君臨しているというのは、フォロワー数がいちばん多いということだ。フォロワー数の多さこそが、最強の証である。世界を従えるチカラを持っているということだ。
しかし、一度だけ、ロジカルンのVDOOLが敗北したことがある。彗星のごとく現れたVDOOLだった。
無名の企業が出したアバターモデルで、その名前はエルシノア。最強ロジカルンのアバターを上回る性能を見せつけたのだ。
実際、バトルで女王を圧倒した。
最強企業ロジカルンのアバターを負かしたのだから、大事件になった。
ロジカルンはそもそも私企業ではない。独立行政法人という位置づけになっている。詳しい経営態勢はわからないが、国家の一機関である。そりゃ凄いものが出来る。その国家機関のアバターを、無名企業が上回ったのだから事件にもなるというものだ。
エルノシア嬢は、またたく間に有名人になった。
しかしほんの数ヵ月で姿を消してしまった。
どうして消えたのかは、ノウノは詳しくは知らない。噂によると、違法なアバターを使用していただとか、エルノシア嬢のバックアップを行っていたところが、架空の企業だったとか何とか……。
架空の企業が、ロジカルンを上回るアバターを制作できたのかという謎も残る。
エルシノア嬢について、ノウノがちょっと詳しいのは、ノウノもエルシノア嬢のファンだったからだ。実はフォローもしている。こっちが勝手にフォローしてるだけで、エルシノア嬢からは認知もされていなかっただろうけど。
今は、エルシノア嬢のアカウントは凍結されているようで、死んだように反応がない。
「ん?」
膝裏に突かれたような感触があったため、振り返った。頭部がカメラの姿になっている小人がいた。ノウノはウサギの着ぐるみみたいな姿をしているが、そのノウノの膝あたりまでしか背丈のない小人だった。
アバターに体格差はあまり関係がない。大きさにはある程度、規約があるけれど、アバターを交換すれば大きさはいつでも変化する。ここで言う、小人、というのは、一般的なアバターの大きさに比べて、小さいという意味だ。
っていうか、頭がカメラの形になっていることに比べれば、身体の大きさがどうといった話は些末な問題である。
カメラ小僧は、群衆をかきわけて抜け出して行く。振り向いて、手招きをしてくる。私を呼んでる? 女王のお披露目会はもう良い。帰ろうとしていたところだ。この場に居るのが恥ずかしいぐらいである。この場から離れる理由を見つけた気がして、ノウノはそのカメラ小僧に付いて行った。
もしかして、株式会社エモーションの人が私のことを呼びに来たのではないか、と思った。1次選考落選は何かの間違いで、もう一度、選考のチャンスが与えられるのかも……と、淡い期待を抱いた。
カメラ小僧はマントのようなものを羽織っており、身体部分がどうなっているのかは、わからなかった。もしかすると、身体はないのかもしれない。手抜きモデルなら、そういうこともありうる。
高層ビルに挟まれた大通りを歩いて行く。陽光を受けて、ビルがまばゆく反射している。ほとんどの人が、女王にくぎ付けになっているせいか、人通りはすくなかった。
女王の観衆からは、拍手の音が響いてくる。何かあったんだろうか? もしかしてまた挑戦者が倒されたのかもしれない。
「あ、あの……」
と、カメラ小僧の背中に、ノウノは声をかけた。
カメラ小僧は、株式会社エモーションとは、別の方向に歩いているらしかった。ノウノをどこに誘おうとしているのか、わからなくなったので、その小さい背中に声をかけたのだった。
「VDOOLになりたいんじゃろ」
カメラ小僧は思ったよりも、透き通った声でそう言った。
「どうして、わかるんですか?」
「ここ最近の、VDOOLへの応募者を観察しておった。オヌシには見どころがある。意識モデルの処理速度は良い。ただモデルがポンコツなだけじゃ。もう少しマトモなアバターを用意すれば、オヌシは輝ける」
つまり、スカウトか。
ちょっと感動してしまった。今まで24社落ちてきた。どこも拾ってくれなかった。ようやっと見る目のある人が現れたのだと思った。
いや、しかし待てよ――と、同時に警戒心もかまくびをもたげる。怪しい話かもしれない。
仮想通貨をハッキングで奪われたりとか、アバターにウィルスを混入されたりする事件も世の中にはあって、ときには卑猥なアバターを見せつける事件などもある。このカメラ小僧も、マントをがばっと開けば、卑猥な姿をしているかもしれない。
「どこかの企業の方ですか?」
「うむ」
「企業の名前を聞いても良いですか? い、いや。疑っているとかではなくてですね。今まで私が応募した企業なのか気になって」
不審者かもしれないが、もしどこかの企業の関係者だったら、疑ったことが失礼にあたる。しかし不審者でないかどうか確認しておきたかった。
「小さい企業じゃ。聞いたことはないかもしれない」
「でも、せっかく声をかけてくださったのだし、教えてください」
「クロディアス。ただの個人企業だ」
と、カメラ小僧はつぶやくように言った。
「クロディアス……。それって」
かつてエルシノア嬢をバックアップしていた企業である。冗談を言っているような口調でもない。
しかし、その企業は存在していないはずだ。
架空企業だったとか、噂を耳にしている。
「信用できないのも無理はない。しかし吾輩は、オヌシにおおきなチカラを授ける準備がある。もしも、女王を上回るインフルエンサーになりたいと思うならば、付いてくると良い」
高層ビルの立ち並ぶなか。ノウノ・キャロットは、逃げ回っていた。
人がひとり通れるぐらいの路地裏に潜り込む。身体を横にしてカニ走りのように進んでいく。
そんなノウノを、追跡ドローンが追いかけてくる。「ターゲット確認」と機械音をあげて、赤いレーザーを放ってくる。
「お、おわわわっ」
路地裏を抜け出して、すこし太い道へと抜け出した。
間一髪、レーザーを躱した。
空ぶったレーザーは、ガラス張りの建物の壁に直撃していた。カフェか何かだったのかもしれない。
中に居た人たちが、「おや?」という表情をしているのが見てとれた。
しかし、建物に傷がつくことはない。レーザーが当たった壁には、ジジジ……とノイズが走るだけだ。
ドローンは空ぶったことを気にも留めず、ノウノを追いかけてくる。
ふたたびレーザー。
今度は避けきれなかった。
ノウノの膝あたりにレーザーが直撃した。激痛というほどではない。注射を刺されるような鋭い痛みが走って、思わず屈みこんだ。
「くそぅ。こんなところで死んでたまるか。ぜったいVDOOLになってやるんだからっ」
後ろからドローンが迫って来ている。銃口らしき穴が、赤く光っているのが見えた。ふたたびレーザーを撃とうとしているのだろう。
「どりゃぁぁぁ!」
ドローンの高度が下がっていた。この距離だったら、届く。そう思った。ノウノは意を決して、ドローンに跳びかかった。
ドローンのレーザーが射出される。躱せる。そう感じた。身体をひねろうとする。しかし、考えていたように身体が付いて来ない。首をひねって、辛うじてかわした。頬のあたりを、レーザーがかすめる。頬に注射のような痛み。ジジジ。ノイズの走る音。でも、届く。届くはずだ。
ぐっと手を伸ばす。あぁ……。ダメだ。ドローンはまるでノウノのことを小馬鹿にするかのように、ひょいと後ろに下がった。
ノウノの手が空中でクロールをするかのように、空を切る。
「くっ……」
あと少し手が届けば……。
やっぱりこんな身体では、VDOOLには届かないのか。
時間の流れがゆっくりに感じる。自分の身体が重力計算に負けて、落下していくのがわかる。空。今日は雲ひとつない晴天。陽光を受けて、ドローンが銀色の身体をにぶく光らせている。
ドローンはふたたび銃口を、赤く光らせている。見えている……見えているのに。頭では、わかってるのに。身体が追い付かない。ドローンはレーザーを射出した。
ピュン、ピュン――と、レトロゲームみたいな嘘くさい電子音が響く。ノウノの額にレーザーが直撃した。
「ぐはっ」
額に鋭い痛み。まるで空中を泳ぐかのように浮いていたノウノは、地面に叩き付けられることになった。
仰向け。恒星がまぶしい。アスファルトの地面。背中が熱い。起き上がろうとして、寝返りをうつように身体を転がした。
そんなノウノの背中に、ドローンがレーザーを撃ちつけた。
「痛いっ。痛いって! ギブ。ギブ!」
ノウノがそう叫ぶと、ぶーっ、とまるでクイズに不正解したみたいな音が響いた。その音を受けて、ようやっとドローンは撃つのを止めてくれた。容赦のないドローンである。背中がチクチク痛む。
うつ伏せに倒れ伏しているノウノの目の前に、青いウィンドウが現れる。
「株式会社エモーションより通達。ノウノ・キャロット。1次選考落選」
ウィンドウの右上に出ているクローズボタンを押すと、ウィンドウが消えた。
「はぁぁ」
やはりダメか。
VDOOLの応募は、これで24社目である。株式会社エモーションは、今もっとも伸びている企業であり、トップ企業であるロジカルンを上回る勢いだという噂を耳にした。狙い目だと思ったが、高望みだったのかもしれない。
「くそっ」
コブシを地面に叩き付ける。アスファルトの地面に、ジジジとノイズが走る。拳が痛くなった。それだけだ。
気だるげに立ち上がった。帰ろう。株式会社エモーションには、何か挨拶でもしておいたほうが良いんだろうか? まあ、別に良いよな。落選してるんだし。
ノウノはとぼとぼと大通りに出た。いままで聞こえなかった喧騒が、どっと耳に押し寄せてきた。
大通りでは、いろんな人が行き交っている。ロボットの形をしている人。ゴミ袋の形をしている人。戦車の形をしている人。宇宙人みたいなヤツから、蟻みたいなキショい形のヤツもいる。
各々のアバターである。かくいうノウノも人の形ではない。ウサギの着ぐるみみたいな形をしている。
「おい急げよ。女王が来てるんだって」「マジで? コンサートか何か?」「いや。ロジカルンが次世代アバターの販売を開始するから、それのお披露目だって」……。行き交う人たちの会話が聞こえてきた。
女王が来てるのか――。
見に行こうか迷った。べつに行くあてもない。考えるよりも先に、足が動いていた。女王がいる具体的な場所はわからなかったが、わざわざ端末で調べる間でもなかった。雑踏の流れに身を任せていると、女王のいる場所へとついた。
女王とは言っても、べつに王権神授説のうえに顕現しているわけではない。あだ名だ。トップ企業ロジカルンの広告塔。看板VDOOL。この世界において、もっともフォロワー数が多く、彼女がなにか呟けば、それが世界中にまたたく間に浸透する。だから、女王。
女王は、壇上に居た。
ひときわ高いところから、まさに女王よろしく、群がる民衆を睥睨している。紫色のロングヘアー。一本一本が繊細になびく。端正な顔立ち。計算され尽くした美しい四肢。紫色の髪の毛を基調にした、青と白い軍服のようなものを着ていた。まるでスポットライトのように、陽光が女王に向けられていた。
「女王。最強のVDOOL」
と、ノウノは独りごちた。
『VDOOL』というのは、企業の広告塔のことを言う。
我が企業には、これだけのアバターが作製できますよ、というアピールになる。悪い言い方をすれば、マネキンである。が、ただのマネキンではない。大量のフォロワーがつく。金がうなるほど入ってくる。世界からチヤホヤされる。誰しもが憧れる存在だった。
ごらんください――と、男の声がひびいた。おそらくロジカルンの社員なのだろう。司会役だろうか。
「これが我が社ロジカルンの技術を駆使したヴァージョン3・0です。このバイナリー・ワールドにおいても、指先の神経までリンクしており、細かい作業まで難なく行うことができます」
女王が、みんなの前であやとりをして見せていた。女王の指先が器用に動いている。やはりロジカルンはすごい。このバイナリー・ワールドのなかでは、思ったように動けないことが多々ある。細かい作業などは特に難しい。ノウノの身体なんて、ふやけたソーセージみたいな指が3本しかない。あやとりなんて、このアバターでは、出来そうにもない。
私も、あれぐらいのモデルがあれば、さっきの試験だって通過できたのになぁ、とノウノは思った。
「それでは、VDOOLによる模擬戦を行ってみましょう。今回のヴァージョン3・0では意識モデルとのフェッチ速度も向上しており、またより滑らかな挙動を可能にしています」
各企業は、自社のVDOOLを使って、他社のVDOOLとバトルをすることが多い。
バトルはアバターの動きがよくわかるし、他社のアバターとの性能差も、目に見えてわかるからだ。
配信映えもするし、勝てばフォロワーを獲得できる。むしろ、それがVDOOLの本業とも言える。
まあ、早い話――
企業の代表として、他社のアバターを粉砕するのがVDOOLの役目である。
「どなたか、この女王と手合せしたいと思う方はいらっしゃいませんか?」
司会役がそう問いかけてきた。
今回は模擬戦ということだから、他社とのバトルじゃなくて、この場で相手を見繕うらしかった。
観衆がざわついた。
「どうするよ?」「お手合わせしてもらったら良い経験にはなるだろうけどさ」「どうせ勝てないし、惨めになるだけだよな」「俺もバックについてる企業があるから、勝手にバトルはできないわ」……とのことだ。
ウサギアバターの胸裏にて、どくん、と心臓が高鳴った。
「私、やります!」
と、ノウノは挙手した。
ノウノのアバターは自作である。べつに企業のバックアップがついているわけではないし、負けても誰にも迷惑はかからない。勝てずとも見どころがあれば、ロジカルンから声がかかるかもしれない。24社も選考落ちしてきたのは、このときのためだったのかもしれない。ロジカルンは最強企業である。拾ってもらえれば御の字だ。
「おーっ」と、観衆からは拍手と声援がおくられた。
「それでは舞台に上がってください」
と、司会役が言った。
壇上にのぼる。下から見ると、たいして大きな舞台には見えなかった。実際に上がってみると、途方もなく広く感じられた。
白い舞台。
正面。
女王が紫色の髪をなびかせて、ノウノのことを無感情に見つめていた。
勝てない。それはわかってる。でも、せめて一発ぐらいは殴る。
「それでは、カウントダウンを行います」
巨大なウィンドウが、空中に表示された。ウィンドウには「3」の文字が現れる。「2」「1」「GO!」。先に動いたのは女王だった。
気づくと女王は目の前にいた。意表を突かれたということもあり、ほとんど目視できなかった。
だが、反応はできた。
女王が下から拳を突き上げてくる。ノウノは上体をそらして、それを躱そうとした。
ダメだ。
アバターが動かない。
女王の速度に追いついていない。顎にまともに拳をくらった。身体が浮き上がるのがわかった。態勢を立て直そうとするものの、アバターが言うことをきかなかった。そのまま仰向けに倒れこむことになった。
「そこまで」と司会役がストップをかけた。
え?
終わり?
あまりにも呆気ない。
「ま、まだ……」
まだやれます。そう言おうとした。女王が、ノウノを覗き込んできた。「ザコ」。そうつぶやくと、脇腹を蹴りつけてきた。ノウノは転がるようにして、舞台から落っこちた。
痛覚設定には上限が決められているはずだが、それでもけっこう効いた。
左の脇腹に鈍痛が与えられた。転がり落ちた衝撃で、あちこち痛んだ。さっきの株式会社エモーションの選考のときに受けた痛みも残っている。
「次の挑戦者は、いらっしゃいますか」
と、司会役はもう話を進めてしまっている。
「やっぱりロジカルンは凄いなぁ」「俺も次はロジカルンのアバターに変えようかなぁ」「よく言うぜ。そんな金ないくせに」「ロジカルンのアバターを買えるのは、社長ぐらいにならないとな」……観衆がそう呟いている。
ノウノの話題にはいっさい触れられない。まるでボロ雑巾にでもなった気分だ。
観衆のなかに落っこちたノウノは、おもむろに立ち上がった。瞬殺すぎて、悔しいという感情も沸いて来ない。ただただ惨めである。
帰ろう。
そう思ったとき、ノウノのウサミミが反応する言葉があった。
「やっぱり女王に勝てるアバターなんてないよな」「エルシノア嬢ぐらいじゃなくちゃな」「たしかにエルシノア嬢なら勝てたかもな」「女王もすごいけど、やっぱり俺はエルシノア嬢のほうが好きだな」「たしかにエルシノア嬢は凄かったけど、今は垢BANされてるんだろ」「違法なアバターを使ってたとかで」……。
エルシノア嬢。
この世界。バイナリー・ワールドにおいて、ロジカルンのVDOOLが常に、トップに君臨している。
トップに君臨しているというのは、フォロワー数がいちばん多いということだ。フォロワー数の多さこそが、最強の証である。世界を従えるチカラを持っているということだ。
しかし、一度だけ、ロジカルンのVDOOLが敗北したことがある。彗星のごとく現れたVDOOLだった。
無名の企業が出したアバターモデルで、その名前はエルシノア。最強ロジカルンのアバターを上回る性能を見せつけたのだ。
実際、バトルで女王を圧倒した。
最強企業ロジカルンのアバターを負かしたのだから、大事件になった。
ロジカルンはそもそも私企業ではない。独立行政法人という位置づけになっている。詳しい経営態勢はわからないが、国家の一機関である。そりゃ凄いものが出来る。その国家機関のアバターを、無名企業が上回ったのだから事件にもなるというものだ。
エルノシア嬢は、またたく間に有名人になった。
しかしほんの数ヵ月で姿を消してしまった。
どうして消えたのかは、ノウノは詳しくは知らない。噂によると、違法なアバターを使用していただとか、エルノシア嬢のバックアップを行っていたところが、架空の企業だったとか何とか……。
架空の企業が、ロジカルンを上回るアバターを制作できたのかという謎も残る。
エルシノア嬢について、ノウノがちょっと詳しいのは、ノウノもエルシノア嬢のファンだったからだ。実はフォローもしている。こっちが勝手にフォローしてるだけで、エルシノア嬢からは認知もされていなかっただろうけど。
今は、エルシノア嬢のアカウントは凍結されているようで、死んだように反応がない。
「ん?」
膝裏に突かれたような感触があったため、振り返った。頭部がカメラの姿になっている小人がいた。ノウノはウサギの着ぐるみみたいな姿をしているが、そのノウノの膝あたりまでしか背丈のない小人だった。
アバターに体格差はあまり関係がない。大きさにはある程度、規約があるけれど、アバターを交換すれば大きさはいつでも変化する。ここで言う、小人、というのは、一般的なアバターの大きさに比べて、小さいという意味だ。
っていうか、頭がカメラの形になっていることに比べれば、身体の大きさがどうといった話は些末な問題である。
カメラ小僧は、群衆をかきわけて抜け出して行く。振り向いて、手招きをしてくる。私を呼んでる? 女王のお披露目会はもう良い。帰ろうとしていたところだ。この場に居るのが恥ずかしいぐらいである。この場から離れる理由を見つけた気がして、ノウノはそのカメラ小僧に付いて行った。
もしかして、株式会社エモーションの人が私のことを呼びに来たのではないか、と思った。1次選考落選は何かの間違いで、もう一度、選考のチャンスが与えられるのかも……と、淡い期待を抱いた。
カメラ小僧はマントのようなものを羽織っており、身体部分がどうなっているのかは、わからなかった。もしかすると、身体はないのかもしれない。手抜きモデルなら、そういうこともありうる。
高層ビルに挟まれた大通りを歩いて行く。陽光を受けて、ビルがまばゆく反射している。ほとんどの人が、女王にくぎ付けになっているせいか、人通りはすくなかった。
女王の観衆からは、拍手の音が響いてくる。何かあったんだろうか? もしかしてまた挑戦者が倒されたのかもしれない。
「あ、あの……」
と、カメラ小僧の背中に、ノウノは声をかけた。
カメラ小僧は、株式会社エモーションとは、別の方向に歩いているらしかった。ノウノをどこに誘おうとしているのか、わからなくなったので、その小さい背中に声をかけたのだった。
「VDOOLになりたいんじゃろ」
カメラ小僧は思ったよりも、透き通った声でそう言った。
「どうして、わかるんですか?」
「ここ最近の、VDOOLへの応募者を観察しておった。オヌシには見どころがある。意識モデルの処理速度は良い。ただモデルがポンコツなだけじゃ。もう少しマトモなアバターを用意すれば、オヌシは輝ける」
つまり、スカウトか。
ちょっと感動してしまった。今まで24社落ちてきた。どこも拾ってくれなかった。ようやっと見る目のある人が現れたのだと思った。
いや、しかし待てよ――と、同時に警戒心もかまくびをもたげる。怪しい話かもしれない。
仮想通貨をハッキングで奪われたりとか、アバターにウィルスを混入されたりする事件も世の中にはあって、ときには卑猥なアバターを見せつける事件などもある。このカメラ小僧も、マントをがばっと開けば、卑猥な姿をしているかもしれない。
「どこかの企業の方ですか?」
「うむ」
「企業の名前を聞いても良いですか? い、いや。疑っているとかではなくてですね。今まで私が応募した企業なのか気になって」
不審者かもしれないが、もしどこかの企業の関係者だったら、疑ったことが失礼にあたる。しかし不審者でないかどうか確認しておきたかった。
「小さい企業じゃ。聞いたことはないかもしれない」
「でも、せっかく声をかけてくださったのだし、教えてください」
「クロディアス。ただの個人企業だ」
と、カメラ小僧はつぶやくように言った。
「クロディアス……。それって」
かつてエルシノア嬢をバックアップしていた企業である。冗談を言っているような口調でもない。
しかし、その企業は存在していないはずだ。
架空企業だったとか、噂を耳にしている。
「信用できないのも無理はない。しかし吾輩は、オヌシにおおきなチカラを授ける準備がある。もしも、女王を上回るインフルエンサーになりたいと思うならば、付いてくると良い」
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