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「……もう、言葉話せるのバレてるから」

 慌てて、子豚らしい鳴き声を出して見せるが、今更、子豚の鳴き真似をしたところで、もう遅い。こんな膝下くらいの深さで溺れるなんて、小さい子供か何かと思ったが、助けてみれば人の言葉を話す子豚だったなんて、さすがは異世界。

「あら、そう?……とりあえず、助けてくれてありがとう」
「どう、いたしまして。見つけたのは、メルルだから。メルルが、気づかなきゃ、俺も気づいていないし」
「メルル?……あら、白い蝙蝠ってことは、黒の神殿の?」
「知ってるんだ…そうだよ、メルルは黒の神殿の巫女マギーの娘さ」

 助けた子豚は、言葉使いから、どこかの娘さんということがわかった。

「ところで、子豚さんは、どうして親御さんとはぐれて溺れちゃったとか?」
「こ、こぶ!ちょっと、これでも私は、大人なの。レディなの!子豚って失礼しちゃうわ!」
「えー。怒るとこそこなの?」

 どこをどう見ても子豚にしか見えないが、子ども扱いは、NGらしい。ピギ、ピギと可愛らしく鼻を鳴らしながら、怒っているが、子豚は、子豚だ。取り敢えず、背中をぽんぽんと軽く叩いて宥めすかす。

「取り敢えず、なんで溺れてたのかは、知らないけど、助かって良かった。近くに仲間とかいるのか?」
「……………」
「………俺、この辺の土地感ないからさ、ってか、誰か一緒じゃないの?」
「………りよ」
「え?」
「一人よ!なんか文句あるの!?」

 子豚の逆ギレ。どうやら、一人でやってきて、なんかの拍子に川に落ちて溺れていたらしい。

「うわー。子豚のくせに、不用心だなぁ。美味しく食べられちゃっても知らねえぞ」
「キュー」
「また、子豚って言ったわね」
「子豚は、子豚だろ。俺、名前知らねえし」

 玲は、濡れたローブを脱ぎ、びしょびしょになったそれをぎゅうっと搾る。

「ちょっと、乙女の前で何裸になってんのよ!」
「お、乙女って……子豚のくせに」
「プギー!メルルちゃん、あなた男見る目がないわよ!なんで、こんな乙女の心がわかんない朴念仁なんかを」

 玲は、騒ぎ立てる子豚を見て、深くため息を吐いた。

「なんで、俺、溺れてたのを助けてやったのに、文句言われてんだ?」
「んもう!子豚、子豚言わないでよ!私には、ペルセポネーっていう名前があるんですからね!」
「…………………あー、俺は、サトシだ」

 子豚、もといペルセポネーは、名乗った後の玲の薄い反応を見て、信じられないモノを見るように、瞳を大きく見開いた。

「私は、ペルセポネーよ」
「俺は、サトシだ。で、こっちがメルル」
「…………反応薄っ」
「なんだよ、名前を名乗るのになんかリアクション必要なのかよ」
「ププッ!プフフフフッ」

 名前を名乗った後、突然爆笑され、玲は、何が何だかわからなかった。何が、一体ツボなのか、また、乙女心が解らないと文句を言われても困る為、ペルセポネーの笑いが止まるまで、無言のまま見守っていた。

「アハハハハハハ!決めた!決めたわ!私、サトシについて行く!」
「え!?」
「何よう!私がついて行ったら文句あるの?」

 さも当然の様に同行を宣言され、驚く玲を他所に、メルルは、嬉しそうにペルセポネーにさっそく懐いている。

「旅は、道連れっていうじゃない」
「いや、俺たち別に旅をしているわけじゃないから……」
「あー、もう!うるさい。ぐちぐち言う男は、モテないわよ」
「ハァッ……。好きにしてくれ」
「ふふーん。じゃあ、改めてよろしくね」

 ぐぎゅるるるるるる

「ん?」
「きゅ?」
「………!」

 けたたましく鳴り響く音。音のする方向に顔を向けると、ペルセポネーは、頬を真っ赤に染めて俯いている。

「お前、腹減ってるのか?」
「な、何よ。仕方ないじゃない。ほっとしちゃったんだもの」
「キューキュー」
「しっかたねえなぁ。よし、戻るぞ、メルル。お前一人分くらい増えても問題ないだろう」
「食事……分けてくれるの?」
「いや、お前、ついてくるって言ってたじゃん。なら、お前だけに喰わせずに、俺らが飯喰うなんてする訳、ないじゃん」

 恥ずかしそうに頬を染めていたペルセポネーの表情が、みるみる自信に満ち溢れる表情へと変化していく。

「そう、そうよね!私も一緒に食べてあげても良いわ。案内しなさい」
「ったく、この子豚ちゃん、お嬢様気質なんだから……。上品な食べ物なんて、期待すんなよ」
「もう!子豚じゃないッて言ってるでしょ」
「へいへい」

 よっこらせと立ち上がり、濡れたローブを肩に背負う。メルルが、川のほとりに置きっぱなしにしていた皮袋を持って、飛んできた。

「あ、水汲み………忘れるとこだった。ありがとう、メルル」
「キューキュィキュ」

 皮袋を受け取り、メルルのふわふわの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細め顔をすり寄せる。

「すぐ近くに、水汲み場があるらしいから、そこ寄ってから戻るから、つきあってな」
「それくらい、付き合うわよ」

 玲の肩にメルルがちょこんと座り、その傍を子豚のペルセポネーが、ちょこちょこと着いて歩く。

「ペル……ペル何とかだっけ?」
「ほんと、乙女心わかんない男よね!私の名は、…………。いえ、ペルで良いわ、ペルで。これからは、ペルって呼んで」
「わかった、ペルだな。腹減ってると思うけど、もう少し我慢してくれ」
「わかってるわ」

 ペルセポネーは、どうせ玲と行動を共にするのであれば、名前が曖昧なままの方が良いだろうと思った。玲の側にいれば、隠れ蓑になる。何せ、玲は、ペルセポネーの名を聞いて、何も反応を示さなかった。春の女神ペルセポネー。知る人は、名前を聞くだけで膝を折り、傅く。

「メルルちゃん、あなたのパートナー、面白いわね」
「キュ?」

 ペルセポネーは、にっこりと微笑んだ。

 


 



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