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3章 Are You Ready

6話

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 レイニー婆さんとクラウディアに別れを告げ、俺たちはムサシに乗り込んだ。次の街を目指して移動だ。
 がしゃこんがしゃこんと機兵が道を走る様は結構シュールだろうな……。
「迷彩のまま走れたらいいんだがな」
「仕方がありません。それよりも……次の街はかなり大きい街です。私の正体がバレるリスクもありますが……」
「情報収集も出来るな。……確証は無くとも、亡国の第一世代機兵については知っておきたいしな」
 もしも第一世代機兵を敵が用意しているなら、リーナの話に出て来たこの機兵の可能性が高いからな。
 ちなみに夜間、ムサシで移動出来ない理由はライトがついていないからだ。一番大切な装備だろ、何でつけてないんだ。
「あまり遠くまで照らせないので……」
 そういや、電気が無いからガス灯しかないのか。……いやあんなデカい機兵が動かせるエネルギーだろ、灯りぐらいどうにかしろ。
「あの十機が帰って来ないことを怪しんだ追手が出るのに……一日はかかるだろうし、流石に今追手はこないだろう」
 盛大なフラグな気はするが……機兵が来るなら問題ない。蹴散らすのみだ。
「それよりも……生身の人間の方が厄介だな」
 最初の十機とは別動隊がリーナを探してる、とかになったら厄介だ。昨晩リーナが言っていた通り、生身の時を狙われるのが一番厄介だ。
「ですから、私から離れないでくださいね。ユーヤは機兵を、私は生身の人間を倒す。適材適所です」
 そういえば、『天ノ気式戦場活殺術』の免許皆伝なんだっけ。とはいえ男が女に守られるのも情けないな。
「でも、ユーヤの百倍くらい強いと思いますよ?」
 こともなげに言うリーナ。そうなのかもしれないが、面と向かって言われると少し凹む。
「……ま、そうならないように気を付けよう」
「はい。戦わないで済むならそれに越したことは無いですからね」
 それからしばらくは何事も無く時が過ぎていった。
 あまりぶっ通しで動くのもアレなので、レイニー婆さんが持たせてくれたおにぎりを食べたり、運転を変わったりしながら……次の街にたどり着いた時は、もう大分日が落ちかけていた。
「日が完全に沈む前に止まる場所を探さないとな。……リーナ、なんで俺の帽子被ってるんだ」
「へ? なんでと言われましても……ユーヤに貰ったので」
 あげたっけ。まあ顔も隠せそうだし……いいか。彼女は髪の毛を帽子の中に入れて、完全にリーナの雰囲気を隠す。
 日が沈んだら身動きが取れなくなる。ムサシを隠す場所と宿をまず手に入れねば。情報収集はその後でいいだろう。
 時計を見ると、もう五時半だ。日が沈むと少し肌寒い、さっさと動くか。
「レーダーにも敵影無し、じゃあ止めても大丈夫そうだな――っと?」
 チカッ、と灯りが目に入ったような気がしてそちらにカメラを向ける。一瞬……ほんの一瞬ではあったが、確かに目の端に光が入ったのだ。
「……追手か?」
「機兵の速さについてこれるとも思えません。偶然では?」 
 車くらいあるだろ――と言いかけて、車じゃそもそもこんな森の中を走れないことに気づく。
 馬とかそういう人を乗せられる動物のことも考えたが、流石にスタミナが保つまい。偶然、それか気のせいだろう。
 俺はそう結論付けて、リーナに「気のせいかな」と言ってから再び機兵を走り出させる。
「あ、ユーヤ。あそこなんていいんじゃないですか?」
 リーナがそう言って指さした先は、廃墟のような場所。木々に覆われており、絶妙に街からも外れている。いい位置かもしれない。
 俺達はそこにムサシを止めて――一応周囲を警戒しながら――降りる。迷彩さえしておけば、そうそう見つからないだろう。
「この街の地図とかねえのかな。どの辺に宿屋があるんだか」
 歩いて街の中に入りつつ、周囲を見渡す。
 地図くらいコンビニに売ってないかな。そもそもコンビニが無さそうだが。
「警察に聞ければいいんですが……生憎、近くに詰所は無いようですね」
「しゃあない。テキトーな人に聞けば教えてくれるだろ」
 そう言いながら、周囲を確認する。明らかに現地に住んでいそうな人……
「あの人にするか。ちょっと待ってろ」
 地面に布を広げ、タバコのようなものを売っているおっさんを発見したので、俺は駆け寄る。変装しているとはいえ、リーナにこういうことを任せるわけにいかないしな。
 パーカーのようなものを着て、フードを目深にかぶっているから顔立ちは分からないが……四十代くらいか。身なりはそこそこしっかりしてるし、ちゃんとこのタバコの露店で稼いでいるのだろう。
「なぁ、尋ねたいことがあるんだが。この辺で……あー、風呂がある宿泊施設は無いか?」
「はい、なんだね? 客かい?」
 白々しく俺の質問を無視するおっさん。チラッと俺の顔を見てから……何となく、値踏みするような視線を向ける。
 客かどうか、買うかどうか見てんのかな。
「未成年に煙草は売れんなぁ。こっちの点火器なら売れるが」
 この世界……っていうか、国にも未成年っていう概念はあるのか。おっさんの指さした先にはライターが置いてある。
何も買わずに尋ねるのもどうかと思い、俺はちょっとお高いライターを手に取る。
「じゃあライター……点火器をくれ。いくらだ」
「お、一番いいのを買ってくれるのか。嬉しいね」
「……分かったよ」
 交渉するのも時間の無駄だ。そう思って一番高い……結構な大きさと厚みのあるライターを買う。高いだけあってデザインはいいが、タバコも吸わないのにこんなもん買ってもな。
 胸ポケットにそれを仕舞ってから、おっさんを見る。
「で、宿は?」
「まいどあり。んじゃ、地図でも書いてやるよ」
「助かる」
 おっさんは懐から出したメモ帳にさらさらとペンを走らせる。書きながら、リーナの方に視線を飛ばした。
「ところで、あの娘はお姉さんかい? それとも、コレかい?」
 そう言って、おっさんが小指を立てる。……どこも年寄りが興味を持つことはそんなもんか。
 ホントのことを言うわけにはいかないので、てきとうに話を合わせておく。
「駆け落ちってやつでな。そんな詮索しないでくれるとありがたい」
「ひゅうー、兄さんやるねぇ。あんな美人を捕まえるたぁ。そんなに身分が高いわけではなさそうだけど……兄さん、どうやってあんな美人と知り合ったんだい」
 詮索すんな、って言ったのにこれだ。俺はため息をついて、唇に人差し指を当てる。
「言ったらおっさん、真似するだろ」
「当たり前だろ。ほら、出来たぜ」
「ありがとよ」
 おっさんから地図を受け取り、リーナのところへ戻る。
「ったく、んなこと聞いてなにが楽しいんだか」
「お年を召されると娯楽が減るらしいですから。少しくらいは多めに見てあげないと……」
「娯楽に使われる側としたら不愉快になるだけだ」
 ちょっと不貞腐れた声を出し、俺はリーナに地図を見せる。おっさんの書いてくれた地図は結構上手で、土地勘のない俺たちでもちゃんとつきそうだった。
 地図を見つつ、周囲に警戒しつつ……俺たちは路地を曲がっていく。少し入り組んだところではあったが、宿を見つけることが出来た。
「宿泊、ご休憩……? よく分からんが、あんまり高くないな」
 看板に料金が書いてあったが、あまり高くない。日本とそんなに相場が変わらないだろう、と仮定しても結構安いな。
「行こうぜ」
 外ではリーナの名前は極力呼ばないし、彼女も喋らないようにするということにしている。声でバレると馬鹿らしいしな。
 そんな彼女が……何故か全力で首を振った。
「……何で嫌なんだ? 普通の宿屋っぽいが」
 ピンク色に塗られた看板が目にチカチカすることと、何故か中が見えないように……窓が無い作りになってることを除けば普通の宿っぽい。
 朝食とかはついていないっぽいが、むしろ部屋から出なくて済むというメリットと捉えられる。防音設計になっていることがウリなのか、太文字で強調されているし。これなら部屋の中なら何を話しても外には漏れないってことだ。
「いえ、その……ユーヤ。あの、えっと……こ、これは……その、まだ早いというか……とにかく、別の……宿屋にしませんか……?」
「他の宿屋を探す手間もある。ここにするぞ」
「はぅ……ユーヤ、もしかして分かってないんですか……?」
 か細い声で呟くリーナ。窓が無いと火災の時に逃げづらい、とかだろうか。
「むしろ窓が無い方が外から覗かれなくて安心だろ。とにかく行くぞ」
「はい……もしかして私って結構流されやすいんでしょうか……」
 よく分からないことをブツブツ言っているリーナを連れ、宿屋の中へ。中は至ってシンプルで……カウンターのようなところが一つあるだけだ。後はもう奥まで部屋になっている。
 単純な作りだ、こういうところでいいんだよ。
「二人、一部屋。一晩大丈夫か?」
 カウンターのところにいたおばさんに声をかけると、彼女は俺とリーナを交互に見てから、にやーッと笑みを浮かべる。まさかリーナに気づいたのか?
 そう思ってリーナの方を見るが、彼女はしっかりと手で顔を隠している。……これなら、喋りでもしなきゃバレないだろう。
「……満室か?」
「いえいえ、大丈夫でございますよ。……ふふふ、ごゆっくりお楽しみください」
「はあ?」
 楽しむって、何をだ。温泉旅館とかなら分かるが、普通の宿屋だろここ。
 俺はおばさんから鍵を受け取り、リーナと番号の書かれた部屋へ。顔を帽子と手でしっかり隠しているのはちゃんとしていていいぞリーナ。
 ただ、階段を上る必要があるので彼女の手をちゃんと引く。そうやって隠してたら前が見えないだろうからな。
「ああ……お父さん、お母さん……はしたない娘ですみません……リーナは男の人と出会って一日でこんなところに泊まります……でもすみません。嫌じゃない自分がいるのも確かなのです……お許しください……今日、リーナは大人の階段を上ります……よよよ」
 部屋に入るや否や、ペタッと女の子座りになるリーナ。何をしてるんだこいつは。
「何がはしたないだ。もう既に同室に泊まってるし、手も繋いだんだし今更だろ」
「それは乙女心的にはセーフなんです!」
 何の話だ。
「ほら、荷物を置いて晩飯買いに行くぞ」
 部屋はそれなりに広い。ワンルームしか無いが、ベッドも大きく、小さめのソファが一つ、膝までしかないテーブルが一つ。
 お風呂もあるって話だったが……水道がちゃんと整備されてるのか。あれって電気無しでどうやってるんだろう。
「なかなか、広い部屋だな」
 しかし、やはりガス灯か。LEDライトとかが発明されるまで、何年かかるだろう。
「そう、ですね……お風呂はちゃんと溜められるようになってるみたいです……」
「おお、そりゃありがたい」
 リーナと着替え類なんかを置き、いったん身軽になる。武装類だけは念のため身に着けておくが。朝方、レイニー婆さんに特殊警棒が入るようなケースを貰っておいてよかった。
 顔を完全ガードしているリーナの手を引きながら、階下へ降りる。こけないようにゆっくりと、だけど。
「あれ? オーナー。こちらへ来るのは珍しいですね」
「ええ。良い星の流れがあったものですから」
 さっきの受付のおばさんのところに、何やら細目のおっさんがロビーにいた。人と関わって良いことは無いので、スルーして外へ向かおうとすると……彼から呼び止められた。
「すみません、お客様」
「……なんだ?」
「今宵は星の流れがあまりよろしくないようです。上空にお気を付けください」
「……そうか」
 この手の占いは信じてないのだが――細目のおっさんの言葉には妙な魔力があった。無条件で信じてしまいそうな、そんな感じ。
「精々気を付ける」
「ええ。お気をつけて」
 にこやかな笑みを張り付けた不気味なおっさんは、そのまま事務所らしきところへ入っていく。俺はリーナの手を引き、そのまま宿屋を出た。
「さて……情報収集と行きたいところだが……」
 リーナは何でか知らないが、耳まで赤くしている。この状態だと、周囲の人に訝しがられるかもしれない。
 少し落ち着かせた方がいいだろう……と思って、少し大通りから外れたところへ。公園のようになっているようで、ベンチや遊具が置いてある。
「しかし遊具なんてあるんだな、この公園」
 ブランコに乗ってキイキイと揺らす。何かこういう光景、現代日本じゃあまり見なかったな。リーナは俺の方を若干恨みがましく見ると……はぁとため息をついた。
「ユーヤの行動に一喜一憂するのも馬鹿らしくなってきました。……そうだ、面白い物を見せますね」
 彼女はそう言うが早いか、石を上へひょいと投げる。拳を腰だめに構え、鋭く息を吐いた。
「ふっ!」
 しゅばばっ!
 風を斬る音、そして――岩が粉砕される音が辺りに響く。何と、五つ投げた石が……すべて、粉々に粉砕されていたのだ。
 打つ、ではなく粉砕する。
「……何を、したんだ?」
「蹴りを二発と、掌打を三発です。一個だけ粉々にならなかったんですけど……」
 ちょっと恥ずかしそうに言うリーナ。彼女の足もとに、一つだけ真っ二つに割れた石が落ちている。いや普通はそうもならねえよ。
「どうです、ユーヤ。ちょっとやそっとの敵なら追い返せますよ!」
 ドヤ顔のリーナ。確かに心強い、心強いのだが……
(武術を学んだ、でこのレベルなら……この世界の人間、どうなってんだ)
 彼女が特別に強いのでなければ、この世界にはビックリ人間ばかり存在することになるのではなかろうか。
 そりゃ銃なんか使わなくなるわ。
「凄まじいな。それ相当修得するまで大変だったんじゃないか?」
 苦笑いしつつ彼女にそう問うと、彼女はやはり照れ臭そうに頭を掻く。
「小さいころから習ってましたから。姉と一緒に」
 どんだけ小さい頃から鍛錬してても、石を砕けるようにはならんだろ。
「……落ち着いたら、俺にも教えてくれ。銃だけじゃどうにもならんかもしれない」
「ええ。でも、難しいですよ?」
 そりゃ簡単に石を砕けてたまるか。
「大丈夫だよ。修哉ほどじゃないが、そこそこ運動神経は良い方だ」
 修哉と比べたら誰でも普通以下になるんだけどな。俺はそう言いつつ、彼女の手にそっと触れる。
「ゆ、ユーヤ?」
「いや、石を砕いたからな……一応、怪我は無いかとみておこうと思って」
 達人ともなると拳が石より硬くなる、という話はよく聞くが……彼女の手はふにふにと柔らかい、女性のそれだ。
 だから少し心配になって見てみたのだが……大丈夫そうだ。
「あ、あの……ユーヤ。手をずっと触られると……少し、照れ臭いんですが」
 石を砕いたりして、表情が戻ってきていたリーナの……頬が、また赤くなっている。何故だ。いつまで経っても情報収集に行けないのは困るので、俺は彼女の手を離す。
「……もう少し落ち着いたら、情報収集に行こうか」
「は、はい」
 なんで俺に手を握られたくらいで顔を赤くするのか。逆なら分かるが。
 女っていうのはよく分からん。


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「ま、当然そんな簡単に情報が入るわけ無いか」
 酒場っぽいところから出て、俺はため息をつく。本屋にも寄ったし、人に話しかけてみたりもしたがその程度じゃ情報は入って来ない。
「そもそも王族が知らねぇんだから知ってるわけ無いよな」
 無駄足に終わったことを嘆きつつ、俺はリーナの元へ戻る。
「どうでしたか?」
「敵の情報は空振りだったが、戦況の話は多少聞けたぜ。城都に近いだけあって逃げてきた人もいるっぽいし」
 現状、城都での戦いは硬直状態のようだ。
「賊軍の方はムサシの動向が分かるまでは勝負をかけたくないだろうからな。概ね読み通りって感じか」
 しかしリーナの言う亡国の機兵、相手がそれを持ってるなら……それが出たらすぐに崩れる均衡だ。
「もっと早く行くべきか?」
 夜の強行軍も視野に入れる必要があるかもしれない。
「ユーヤ、落ち着いてください。日がもう落ちてしまったので、身動きが取れません。賊軍側は余裕があるはずなので、焦って勝負を決めに来ようとはこないはずと言ったのはユーヤですよ」
 凛とした口調で言うリーナ。俺はその眼差しに射竦められ……心が、妙に落ち着くのを感じた。
 やはり彼女といると落ち着く。修哉を知らない人――と言うだけではないかもしれない。何というか、こう……俺をちゃんと見てくれている気がする。
 俺は頷き、ふうと息を吐く。
「……そう、だな。今ここで焦ってもしょうがない。明日のことは明日のことだ。まだ慌てるような時間じゃない」
「はい。……その、ユーヤ。お腹が空きませんか?」
「ん? ああ、言われてみれば」
 結構時間が経っている。ご飯くらい食べないと持たないか。さっきついでに美味しいご飯の情報も聞いておいてよかった。
「幸い、懐も温かいしな」
 頷くリーナを連れ、街へ繰り出す。
「何が食べたい?」
「そうですね……お肉のガッツリしたものが食べたいです」
「いいな。俺もだ。後はあれ、甘いもん食いたい」
「いいですね。氷菓は時期的に厳しいでしょうが……お饅頭とかならあるかもしれません」
「おっ、饅頭か。よしよし。……ま、あまり外で歩いていると何が起きるか分からん。晩飯を買って宿屋に戻ろう」
「はい!」
 そしてさっさと寝て、明日は日の出とともに動けるようにした方がいいよな。決戦は明日。俺たちがやることはシンプルだ。
「敵陣に奇襲をかけるためには、城都が一望できるところがあればいいんだが……」
「そこまで高い建物はありません」
 城都の側にある山は高すぎて一望もへったくれも無いしな。
「一対一で戦えるのが一番いいけど、まず無理だろうな。だからどれだけ残せるか……一分もあれば大丈夫かな」
 WRBでもそう、普通は一分以内に決着がつく。何せお互いの防御力を武器の攻撃力が越えているのだから。
「よほどのことが無い限り勝負は一瞬だ。スナイパーとかがいるなら話は別だがな」
機兵の装甲を抜けるスナイパーがいるかどうかは知らないが……いないことを祈るのみだ。結局お祈りプレイングかよ。
「ここを日の出と同時に出て、明日の昼前に着くのが一番だな」
「はい。それに、恐らく十機が戻ってこないとみて、次の偵察隊も出すかもしれません。その場合……あの時みたいに数機が先行して、残りが後詰めみたいに出てくると思います」
「ああ、それで邪魔されるのがあったか……」
 俺は昼間のうちに充電しておいたパソコンに想いを馳せる。アレでお手軽モードを練習すれば……少しは『サムライモード』を節約できるだろう。
「敵の大将さえ討ち取れば、後は政治的なことだしな。俺にどうこう出来るもんじゃねえ」
「はい。その後は……任せてください。何とかします」
 頷く。俺に出来ることは機兵を動かすこと。だからそれにだけ集中する。
 武力的な脅威さえ取り除けば、後はリーナの出番だ。
「とはいえ、民意が向こうにいっちまえば討ち取っても、無意味だぜ?」
「……何とか、まとめて見せます」
 彼女が決意を籠めて頷くので、俺も頷き返す。
 国民を味方につけ、この戦争を軍部の暴走という完全なる悪として認識させる。首謀者が誰だか知らないが……よほど上手くやらないと、クーデターで国民の信頼を得ることは難しい。
 なのに踏み切ったんだ。それをやれる確信があって出てきているのだろう。
 ……この戦いは、敵を討ち取れば終わりじゃない。その後の政治的ないざこざだって残ってる。政治的いざこざをどこまでサポート出来るかは分からないが……
「二人で、全部ひっくり返さないとな」
「はい。姉も、父も……仮にいなくても、何とかして見せます」
「その意気だ。……っと、そろそろ人が来そうだから」
「ええ。……しーっ、ですね」
「ああ」
 そう言って、指を唇の前に立てるリーナ。
 不謹慎かもしれないが、ちょっと旅行気分で……楽しいな、こういうの。
「……ん?」
 そう言って二人で歩き出したところで、妙に視線を感じるようになった。特に目立った格好をしているわけでも無いし、リーナが王女であるとバレた風もない。
 外ではリーナの名を呼ばないようにしているし、人と話したのも俺だけだ。バレる要素は無いはずだが……。
「……機兵の速度に追いつけるような乗り物はあるのか?」
「父が所持していた乗り物はありますが……それも第一世代機兵と同時に寄贈されたものです。一般に流通しているモノではありません」
 では、尾行されていたとは考えづらいか。
 そこまで考えた上で、俺はリーナに路地へ入るように促す。
「賊軍の追手が……待ち伏せてたのかもしれないな」
「と言いますと?」
 あの街から城都へ向かうにはライアイアを通るか、元来た道を引き返すしかない。間にはデカい山があるからな。
 だからあの時、仮に別動隊がいたとしたら……元来た道、ライアイアの二手に分かれれて待ち伏せすることは可能だ。
「そうなると前の街で襲い掛かって来なかったのは気になるな」
「恐らく、ストレイニーさんがいたからでしょう。私たちの師匠であり、ストレイニーさんの旦那様は他国にも名を轟かすほどの実力者ですから」
 ……なるほど。
 ちょっと分からなくもないな。
 だからこそ二手に分かれて待ち伏せをし、俺達がレイニー婆さんから離れていたなら襲う手筈になっていた……とかだろうか。
「急いでムサシに戻るか?」
「いえ、仮にムサシの場所が既に割れていたらそれこそ待伏せされているかもしれません。そうなれば挟み撃ちです」
 そして逆に割れてなかったら、むざむざ教えることになると。乗り込む時はどうしても無防備になるからな。
 俺は口を一文字に結び、顎に手を当てる。
(ムサシに戻るのは得策じゃない、かといって相手の戦力が分からない……)
「五人ですね、こちらを見ているのは」
 リーナが俺にだけ聞こえる声量でそんなことを言う。俺も前を向いたまま、リーナに言葉を返す。
「何で分かる。後ろを振り向いたりはしてないだろ、お前」
「気配と視線です。後、街を歩いていれば鏡や硝子はたくさんありますからね。それの反射などを利用すれば振り向かずとも背後を確認することは出来ます」
 何者だよこの王女は。ハイパーエージェントか何かか?
「敵の数が分かったのはいいが、それでどうする? 警察に頼るか?」
 クーデター下でこんなにも国民が落ち着いているんだ。警察機構もちゃんと機能しているだろう。
 そう思って問うが、リーナは首を振る。
「私がここにいることがバレたら、それこそ王家が国民を見捨てて逃げたととらえかねられません。そうなれば仮にこの戦いに勝っても……」
 国民の信頼を取り戻せないか。
「……戦略的撤退なんだがな」
 舌打ちを一つ。となると本格的に取れる手段が無くなってきた。こんなことにならないようにと言ったばかりなのに。
「どうする……?」
 俺がそう呟いた瞬間。
「ッ! ユーヤ危ない!」
 ドンッ! とリーナに突き飛ばされる。それとほぼ同時にさっきまで俺がいた場所にナイフが数本突き刺さる。
「クソッ、こんな人通りのあるところで!」
「こっちに逃げましょう!」
 問答無用で戦闘になる。心の中でもう一つ舌打ちしてから、リーナと共に路地へ飛び込む。こうなったら囲まれないように狭いところで戦うしかない。
 それなりに広い街だ。いくつかの路地を右に左に駆け抜け、取り敢えず連中と距離を取れるように動く。
「チッ……面倒なことになったな」
「ユーヤ、絶対に私から離れないでくださいね」
「ああ、もちろん」
 リーナが強いのは分かっているが、相手にも同レベルの奴がいたらいよいよマズい。どうにか撒けるといいんだが。
「……ダメです、ユーヤ。向こうはこちらと一定の距離を保っています」
「逃げ切るのは無理か……」
 リーナ一人でも逃がすか? と考えて首を振る。ここで俺がやられたらムサシを運転する奴がいなくなる。そもそも俺だって死にたくない。
「なら……せめて背後に壁を背負って戦おう」
「はい!」
 この街の地図があれば楽なんだが。
 そう思いながら、周囲に目を走らせる。どこか袋小路があれば背後を取られることも無い。細い路地なら強制的に一対一に持ち込める。
「どこか、どこか……あっ、み、右だ! あっちはちょうど袋小路になってる!」
 リーナにそう声をかけ、俺達はさっと逃げ込む。これなら背後も取られないし、狭い。どう足掻いても二対一が限度だろう。
 Σを抜き、構える。この袋小路から入ってきた瞬間が勝負だ。
「最低でも一人は撃ち抜く」
「はい」
 足音は聞こえない。しかし確実に誰かがこちらへ向かってきている。ゴクリと唾を飲み、神経をとがらせる。
 ジッと待つというのも神経を削られるものだ。極限まで集中し、角を睨みつけ――
「ッ!」
 ――相手の手が見えた瞬間、俺は引き金を引いた。
 パァン! と乾いた銃声が鳴り、まさに路地に入ってこようとした男の肩を撃ち抜く。よし、当たった。
「ぐぁっ!」
 よく見ると軍服を着ている。あんな目立つ格好で良く街の中に入れたな。
「怯むな!」
「うるせぇ!」
 さらに入ってきたもう一人に今度は連射する。パン! パン! と銃声が響き、相手がいったん下がった。
「うぐっ!」
「大丈夫か!」
 しかしもう一人、腿に弾丸が命中する。よしこれで機動力を削いだ。二人に当たれば上等だろう。
 弾丸を撃ち尽くしたので、俺はΣをリロードする。ゲームなら一連の動作は一瞬なのだが、これはリアル。しかもリボルバーだ、弾を一つ一つ籠めなきゃいけない。
「今だ!」
「ユーヤ、下がって!」
「ああ!」
 今度はリーナが前に出る。疾風のように相手に近づくとさっき肩を撃たれたヤツの頭をハイキックで蹴り飛ばした。
 腿を撃たれたヤツの頭も踏み潰し、残りの二人と相対するリーナ。俺はリロードを終えたΣを構えなおし、戦ってる連中に向ける。
(……ってすげぇ動きだ)
 流石にリーナに当たるかもしれない。援護射撃は得策じゃないな。かといって特殊警棒で殴り掛かるわけにもいかないし――
「ん?」
 ――ぱらっ、と。砂利のようなものが上から降ってきた。同時にリーナがさっき「五人」と言っていたことを思い出す。
 待てよ、と脳が警鐘を鳴らす。俺が撃ったのは二人、そいつらは既にリーナが戦闘不能にした。
 そしてリーナが戦っているのも二人。流石に一瞬で倒せるということも無く、リーナは今苦戦しているようだ。
 二人倒して、二人と戦っている。つまりこの場にいる敵は四人。
 あと一人はどうなった――ッ!?
「上!」
 俺は咄嗟にΣを上に向ける。そこには建物の屋上からこちらへ降りようとしている軍服がいた 。
「チッ!」
 そいつはゆっくり降りるのを諦めたらしく、俺に向かって落下してくる。咄嗟にΣを引くが、流石に動いている敵には当たらない。咄嗟にバックステップするが、位置が悪かった。
 相手が壁側になった、つまり挟まれてしまった。
「ユーヤ!」
「よそ見するな! こっちはどうにかする!」
 リーナに叫び、俺は改めて軍服の方を見る。
(素人の俺がプロにどこまでやれるか……)
 Σを構え、相手の出方を窺う。敵は背後で戦うリーナたちの方が気になるのか、チラッと視線をそちらへ向けた。
(しめた!)
 その隙に、と思って引き金を引いたが躱される。そして素早く踏み込むと、こちらの胸板に蹴りを放ってきた。
 鋭い蹴りだ、咄嗟に両手でガードするが勢いを殺しきれない。俺がよろめいたところで更に回し蹴りが飛んでくる。これもガードしたものの、壁に叩きつけられた。
「ガハッ!」
 肺から空気が全部出る。直撃とどっちがマシだったか分かんねえなコレ。
(なんつー威力だ!)
 再びリーナたちの方を見る軍服。俺のことは眼中に無いってわけか。
「つれないな。もっと遊ぼうぜ? っつーか、女の方を重要視するってことは……あいつが誰か分かってるってことか」
 軍服はこちらを見ると、頷いた。口数の少ない奴だなぁ。
「あいつ、強いぞ? お前じゃ勝てない」
 睨みあいながら、探る。リーナが勝ってこっちに来るまでに何とか死なないようにしないと。
「シッ!」
「っと」
 Σでナイフを受け止める。銃は案外硬いんだな、まさか受け止められるとは思わなかった。
 軍服はバックステップで俺から一度距離を取ると、ナイフを投げつけてきた。狙いは俺の眼――何とか首を傾けて躱すと、物凄い勢いで壁に突き刺さった。
「うおっ……」
「ふん!」
 つい刺さったナイフを目で追ってしまい、腹に思いっきり蹴りを貰う。みしっ……と体の中で変な音が聞こえた。
「ぐはっ!」
 横に転がる。リーナの方へ転がろうとしたが、軍服がそこに先回りしていた。頭をトーキックで蹴られそうになり、慌ててもう一回転がって立ち上がる。
 折れては無い……とは思うが。ヒビは入ったか? このまま寝そべったまま動きたくない。そんな気持ちを跳ね返してからもう一度銃を構える。
「…………」
 期待外れだ――そう言いたげな視線を俺に向ける軍服。次の瞬間、――ゾッ、と周囲の温度が一気に十度くらい下がったような感覚に襲われる。殺気、って奴かこれ。
(くっ……!)
 俺は咄嗟に引き金を引く。しかしこんな近くにいるのに当たらない、そのまま軍服の手が動き、ナイフが閃く。
「チィッ!」
 咄嗟に横に跳ぼうとして――ずるっ、と何かを踏んでしまう。空薬莢だ。
(やば……!)
ヤバい、マズい――俺がそう思考するよりも早く、俺の心臓にナイフが突き立った。どすん、と鈍い音と衝撃が俺に伝わる。
「あ……?」
 一瞬、状況が理解できない。そりゃそうだろう、自分の胸からナイフが生えているのだから。
「かはっ……」
 前のめりに崩れ落ちる。何て速さだ、殆ど見えなかった……っ!
「…………」
 俺はあまりの痛みに、Σから手を離してしまう。それを確認した軍服は、俺にトドメを刺さずにリーナの方へ足を向けた。
 こちらから、視線を切って。
(待ってたぞ!)
 起き上がる、同時にヒップホルスターのPISに触れる。早打ちは得意じゃない、っていうか抜く暇も無かった。
 だけど、この一瞬なら。これほどの隙を作ってくれたのなら。
「な……!」
 驚愕の声と同時に、振り向いた軍服。でも遅い、もう遅い。そんなにスローじゃ弾丸の速さには付いてこれない。
 片膝立ちで腰だめに構える。生まれて初めてやるが、動かない的に当てるくらいわけ無いさ。引き金に指をかけ、力を入れる。
 ドゴォン!
「ぐぅっ!」
 物凄い反動と共に、弾丸が飛び出る。軍服の腹部に命中、そのまま吹っ飛ばした。流石に口径がデカいだけある。
 PISの反動がデカい、片手でもう一発は無理だ。そう判断した俺は両手で構えなおし、ギラついた眼でこちらを睨む軍服に向けた。
 軍服は懐からナイフを取り出し、片手に構える。
(あれで動けるのか!?)
 おかしいだろ、おかしいだろ。何でだよ。
 叫びたい気持ちをグッと抑え、銃を向ける。ヤバい、ダメだ、一発ぶち込んだくらいじゃダメなんだ。相手はそれだけ強いんだ。
 マズい、このままじゃ死ぬ。やられる。
 やらなきゃ、やられる――ッ!
「シッ!」
 ドゴォン! ドゴォン!
「はぁっ……はぁっ!」
PISから飛び出した弾丸は軍服の眉間を撃ち抜き――――そのまま路地の壁に紅い華を咲かせた。
 前のめりに倒れ、ピクリとも動かない。……当然か。たとえ心臓が止まっても、人間は数十秒間から数分間ならば生きていられる。しかし……脳をやられたら、即死だ。
 そう、即死。つまりもうこいつは生きていない。
(俺は、人を殺した――っ)
 俺がそれを自覚し、スッと血の気が引く。夢中だったとはいえ、俺は人を殺してしまった。自分の身を守るためとはいえ、俺は人を殺してしまった。
身体が寒い。目の前がぐらぐら揺れる。胃から何か酸っぱい物がこみ上げてきたところで――ゴガゴッ! という鈍い音が聞こえた。
 パッと顔を上げると、そこではリーナが残りの軍服をぶちのめし終えたところだった。
「ユーヤ! 無事ですか……っ!?」
 リーナに怪我は見られない。取りあえず彼女が無事ならよかった。
「すぐにこの場所を離れましょう」
 リーナは死んでいる軍服に目もくれず、そう言って俺の手を引く。
「あ、あいつらはどうするんだ?」
「そのうち警官隊が回収するでしょう。銃声を聞いてそのうちここに来るんじゃないでしょうか」
 割とドライな反応をするリーナ。そしてよく見れば、軍服どもは顎から血をダラダラ流していた。……顎を砕いたのか。でも全員ピクピクと動いている。ちゃんと生きているようだな。
 リーナは一人も殺していない――そのことを自覚したところで、俺はリーナの手を振り払ってしまう。
「どうしました?」
 リーナは少し首をかしげるが、俺は何も言えず……ただ黙って俯いた。そんな俺に彼女は笑みを浮かべると、そっと頬を撫でてきた。
「ああ、よかった。守り切れなかったかと思いました」
 心底安堵しているという表情のリーナ。しかし彼女の視線が俺のジャケットに移ると、いきなり顔色を真っ青にした。
「ユーヤ、まさか刺されたんですか!?」
「あ? あ、ああ。……さっき買った点火器が身代わりになってくれたよ」
 せっかくそれなりの値段がしたのに、防刃チョッキのような使い方をしてしまったのはもったいなかっただろうか。
「たまたま、刺さってくれてな……っと」
 ガバッ、とリーナに抱き着かれた。思わず倒れそうになり、寸前で踏みとどまる。
「良かった……良かった、ユーヤが死ななくて……!」
「おいおい、大袈裟だぜ。っつ」
 ズキン、とあばらが痛む。そういやさっき蹴られたんだっけ。俺があばらを押さえたからか、リーナがパッと離れてくれた。
「い、痛むんですか!?」
「……たぶん、あばらにヒビが入ってる。でもま、そんだけだ。押さなきゃ痛まねえ」
 さっきライター越しにナイフをさされた胸を見てみる。あざにはなりそうだが……血が出ている様子はない。
「リーナは?」
「問題ありません。手足を折っても怯まなかったので少し手こずりましたが」
「お、おう」
 手足を折っても怯まないって……凄いな。
「それにしても五人目が上から降りてくるなんて……相手を甘く見てましたね」
 リーナは息を吐いて、チラッと俺の顔を見る。
「ユーヤ、酷い顔色です。……すぐに手当てしましょう。宿屋に包帯くらい置いてあるでしょうから」
「お、おう」
 リーナがまた走り出したのだが……俺は、ピタッと足を止めてしまう。リーナも必然足を止めることになり――怪訝な表情でこちらを見た。
「ユーヤ?」
「……なぁ、何も言わないのか?」
 耐え切れず、俺は口を開く。
「俺は……人を、殺したんだぞ」
 それなのに、何も言わないのか。
 そんな思いを込めて彼女の目を見るが――リーナは何も言わずに俺の目を見返してきた。
「……殺られそうになったから、殺ったんだ。でも、人を殺したことに変わりはないだろう……?」
「ユーヤ……? 今さ――」
 リーナは何か言いかけ、ハッとしたように口をつぐんだ。そして数秒の沈黙の後……今度は誰よりも慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
 そっと、彼女が俺の手を包み込み、握った。狼狽える俺を落ち着かせるように。
「ユーヤ、この世界はユーヤのいた世界じゃありません」
 少し厳しい口調だ。年長者が年下を諫めるような。
「そして、この世界の一般人との生活とも、少し違います。なぜなら、私は王族だからです。そして王族であるが故に……暗殺者や、誘拐などには慣れています」
 引いていた血の気が……やっと、復活してくる。動悸が止まらなく、ドキドキと全身に血を巡らせていく。
 それと同時に、俺の脳が活動しだす。現状を把握しようと努める。
 俺は――人を、殺した。
「……ユーヤがどんな環境に置かれてきたのかは分かりませんが、思うに、暴力と隣り合わせの日々では無かったんでしょう?」
 少し首をかしげて問いかけてくるリーナ。俺はそれに無言で首肯して返す。
「だから混乱するのも分かります。むしろ、襲われた時に取り乱さず、対処するなんて凄いと思います。ユーヤの判断は正しかった。それは、間違いありません」
 俺の判断は正しかった。
 すなわち、殺されるくらいなら殺す。
「……ああ」
「一人で抱え込もうとしないでください。大丈夫です。それに……ユーヤの雇い主は私です。それならば、責任は私にありますから」
 リーナが安心させるように、俺の手をそっと撫でる。
(ああ――)
 弱い。自分の、なんと弱いことか。
 頭じゃ分かっていたはずだ。俺は弱い。俺に出来ることは機兵を動かすことだけ。それなのに、何を万能感に浸っていたのか。
 ムサシがどれだけ強かろうと。
 ムサシに乗った俺が、どれだけ素晴らしいパイロットであろうと。
 生身の俺は――女の子一人守れない、ただのその辺の雑魚だということを。
 どこまで行っても非才。
 どれだけ頑張っても凡才。
 無力、無能。
 それが俺。だからちゃんと理解して、諦めていたはずなのに。
 俺に出来ることは――機兵を動かすことだけなのに。
 つまるところ、俺は戦いを知らない、機兵を操るのが上手いだけの――ガキ。何となくふわふわしていた。戦いに身を晒しているのに、心のどこかで「死なないだろう」と思っていた。
 俺は無力だ。元の世界では常に味わっていたこの感情。一日ぶりのその感情は、慣れているはずの感情は、俺の心を激しく揺さぶる。
(……そう、俺は万能じゃない。それを思い出しただけだ)
 何も特別な感情じゃない。ただの無力感。それは俺にとって当たり前のことで、むしろ、感じていなかった今までが特殊だっただけだ。
「……悪いな、少し混乱した」
 震える手を握り直し、俺はリーナの身体を抱きしめる。
「ゆ、ユーヤ?」
「すまない。……もう大丈夫だ」
 手を離し、俺は息を吸い込む。そう、もう平気。
「さっさとこの場から離脱しよう。そしてムサシのところへ戻って……」
 こうなったら疲れがどうとか言っている場合じゃない。ホテルで寝るよりも世界一安全な場所で寝るべきだ。
 しかしリーナは首を振り、俺を諫めるように肩に手を置いた。
「いえ、こんな時だからこそ――宿屋で寝ましょう」
「何言ってんだ。待伏せはこいつらだけとは限らないんだぞ。それこそムサシのところにまだいるかもしれない」
「ムサシを見つけているのであれば、ここで襲う必要は無かったはずです。今は少しでも休みましょう」
「いやそんな悠長なことを言って――」
 俺がなおも食い下がると、グイッとリーナから胸倉を掴まれた。それに抵抗しようと力を籠めると、今度は足を払われる。
 完全にバランスを失った俺が背中から倒れると、地面に着く寸前でリーナから腰を抱かれた。
「ダメです。傷が悪化したらどうするんですか。……ユーヤがいないと、勝てないんですよ?」
 酷く、優しい。
 何でか、そんな言葉が思い浮かんだ。
 理由は分からない、でも今のリーナが浮かべる表情があまりにも優しすぎるのだ。まるで、母親のよう。
 まともな母親を知らないはずの俺が、何故そんなことを思ったのだろうか。
「……そうだよ、俺がいないと勝てないんだ」
「ええ、ユーヤがいないと勝てません」
 復唱するリーナ。今度こそ、彼女の言葉に込められた優しさが伝わってきた。
 あまりにも、空虚なんだ。その言葉が。
 まるで園児をあやすように。野球選手になるんだ! と叫んだ子どもに対して、きっとなれると言うように。
 そこに、優しさしか無いんだ――
(でも、何でだ?)
 ――リーナは、優しい。短い付き合いだが、それは分かる。
 それだけじゃない、相手のことを思いやって行動できる奴だ。そんな彼女だからこそ、俺は一緒に戦いたいし守りたいと思う。
 ただ、今だけは……その優しさが妙に遠く思える。理由は分からないけど。
(……いったん、置いておくか)
 俺は自分の中に浮かんだ疑問を横に置き、現状について考える。確かに俺は怪我しているし、体調も万全とは言い難い。
 車の運転だって、体調が悪い時は避けるべきと言われているのだ。ロボットに乗って戦おうとしている人間が、体調管理をしないのはあり得ないだろう。
 リーナのキレイな瞳を見つめる。吸い込まれそうなほどの美貌だな――なんて思いつつ、俺はフルフルと首を振った。
「そう、だな。リーナの指示に従うよ」
「良かった。……それじゃあ、元の宿に戻りましょう」
 ホッとした様子で笑顔になるリーナ。
「その前にご飯を買わないといけませんね」
「ああ、そうだな。ガッツリしたものが食べたいんだっけ?」
 リーナにそう言いつつ、俺達は表通りの方へ歩いていく。
(……なるほどな)
 突撃兵は殆ど撃つことなく死んでいくらしい。
 その話を聞いた時は、何で無駄死にするんだろうと思っていたが……今日、理解した。
 人を殺すのは、なかなかどうして精神に来る。


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