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第十一章 愛されるより、愛したい
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結局相羽本家の宴は明け方まで続き、光はいつどこで寝落ちたのか全く覚えていない。
勝行は病み上がりにこんな仕事させるなと怒っていたが、修行とくだらない親子喧嘩をしているのは見ているだけでホッとした。親戚筋に囲まれている勝行に遠慮なく「飯食えよ」とおかずを突き出せば、恥ずかしそうに食べる姿も見ることができた。「勝行坊ちゃまのお皿に残飯が殆どない」と厨房からも喜んでもらえたし、「皆の役に立てた」と実感できる有意義なひと時だったことは覚えている。
翌朝、久しぶりに帰宅した有楽町のマンションで、光は二月のままのカレンダーを見つけた。卒業式の日付につけた緑色のハートが目に入る。
それは卒業後の楽しみにしていた、えっち解禁のマーク。心も体も繋ぎ合って、勝行の理想の恋人になれると信じていた日。これを書いた時には想像もしなかった事件が矢継ぎ早に起こり、気づけばもう一か月以上経っていた。
(自分で駄目にしちまったな。……でも後悔はしてない。これでいいんだ)
終わった過去を、選んだ未来を悔いても仕方ない。カレンダーを破って三月に替える。
どうせ今日で三月も終わりだし、三月も破ろうか――裾に手をかけた時、見慣れない場所にハートマークが並んでいて「おや?」と首を傾げた。
退院した昨日。帰宅した今日。二日分に緑色のハートが描かれている。
(俺、こんなの描いたっけ。なんの印だ……?)
思い出せないまま、光は破りかけたカレンダーから手を離した。ちょうど自室に籠って着替えていた勝行が、リビングに入りながら声をかけてくる。
「光。お願いしたいことがあるんだけど」
「ああいいぜ。コーヒーだろ、ホットでいいか」
帰宅後すぐの勝行のお願い事だなんて、だいたい決まっている。ちょうどキッチンに立っていた光はコーヒーポットを取り出し、使いかけの豆残量を確認したくて蓋を開けた。すると突然、背後からふわりと抱きしめられる。
「コーヒーブレイクより前に、したいことがある」
「……え?」
驚き振り返るや否や、勝行が顎を引き寄せ口づけてくる。甘い、優しいキスだった。
「ただいまのキス?」
「それはさっき玄関でしたよ」
「ああそっか。じゃあ、充電か」
「ううん、逆。今度はお前に俺の全てを放電するから。……初心者で下手くそだけど、受け入れてくれる?」
そこまで言われて初めて光は、カレンダーの解禁マークが誰のものか気付いた。
勝行の顔は心なしか熱を帯びているようだった。光を抱き寄せたまま、目の前にあるカレンダーを見つめて呟く。
「退院の日は父さんに邪魔されると思って。二日分に印つけといたんだ」
「……このマークつけたの、お前か?」
「うん。ずっと待ってた。俺たちの家に、光が帰ってくる日を」
《恋人》ではなく、《兄弟》という選択肢をとった以上、勝行がこうして求めてくることは二度とないと心のどこかで諦めていたのに。光の涙腺はすでに崩壊しそうだ。この気持ちを嬉しいと言う以外、どう表現するのが正解なのかわからない。
確かにけじめをつけてきた宣言はした。自分はたとえ過去の関係に戻っても好きでいると告げた。だが勝行は――弟のままでも抱いてくれるのだろうか。
声を震わせながら、光は努めて明るく振る舞ってみた。
「……そろそろ俺のフェラが恋しくなったか」
「それ、されると我を忘れちゃうからなあ……今日は俺がお前をいっぱい甘やかして優しくしてあげたい。実は事務所からお年玉でもらったんだよね……ローションとコンドーム」
「はあ?」
「捨てるには勿体ないし、今日のために一応置いてあるんだ」
「……っぷ……くくく……勝行がローションとか……ゴムとか……「勿体ない」だなんて……言葉……なんか変……ふふっ……似合わねえ……っ」
「笑うなよ。こちとら緊張してるし、真剣なのに……っ」
「大学受験より自信なさそうだな?」
「う、うるさいなあ……練習に付き合ってくれるんでしょ。今日は朝から晩まで、一日中ずっと離すつもりないからね」
「それお仕置き? それとも、えっち解禁? どっちだよ」
「両方。勿論、昨夜のうちから覚悟はできてるよね……? 俺の護衛さん」
昨日の煽り言葉をそっくりそのまま返されて、光は思わずマジかよと苦笑した。優しいセックスがお仕置きだなんて、想像しただけで身体が疼いてたまらない。
耳元で囁く勝行の息遣いも熱い。そしてどこから持ってきたのか、見覚えのあるベルトタイプの手枷を嵌められた。もう逃がさないよ――背後から耳を食みながら、心地よいテナーボイスで光を束縛してくる。
「どんな関係であっても、もう俺は一生お前しか愛せない。ここまで我慢してきた欲望を止めるなんて無理だ……お前が俺の部下になるというのなら、抱かれることに反論は認めない」
「……ああ……いいよ、上等だ」
勝行の理想の恋人にはなれそうにもない。けれどこんな愛の形があったっていいじゃないか。誰にも責められず、お互いをただ貪欲に求め、愛し合うだけの関係に名前や説明など要らない。
むしろこういう関係がちょうどいい。自分たちにはお似合いだ。
光は繋がる手首を勝行の後頭部に回し、「下手くそだったら、俺がお前を啼かせてやるよ」と息巻いた。
背を向けたリビングの窓から見えるマンション隣の公園では、桜並木が満開の花を咲かせている。沢山の花見客で賑わうそこにはあちこちに露店が出され、道沿いでは誰かがストリートライブを行っている。
それはまるで、二人のこれからを祝福しているようだった。
結局相羽本家の宴は明け方まで続き、光はいつどこで寝落ちたのか全く覚えていない。
勝行は病み上がりにこんな仕事させるなと怒っていたが、修行とくだらない親子喧嘩をしているのは見ているだけでホッとした。親戚筋に囲まれている勝行に遠慮なく「飯食えよ」とおかずを突き出せば、恥ずかしそうに食べる姿も見ることができた。「勝行坊ちゃまのお皿に残飯が殆どない」と厨房からも喜んでもらえたし、「皆の役に立てた」と実感できる有意義なひと時だったことは覚えている。
翌朝、久しぶりに帰宅した有楽町のマンションで、光は二月のままのカレンダーを見つけた。卒業式の日付につけた緑色のハートが目に入る。
それは卒業後の楽しみにしていた、えっち解禁のマーク。心も体も繋ぎ合って、勝行の理想の恋人になれると信じていた日。これを書いた時には想像もしなかった事件が矢継ぎ早に起こり、気づけばもう一か月以上経っていた。
(自分で駄目にしちまったな。……でも後悔はしてない。これでいいんだ)
終わった過去を、選んだ未来を悔いても仕方ない。カレンダーを破って三月に替える。
どうせ今日で三月も終わりだし、三月も破ろうか――裾に手をかけた時、見慣れない場所にハートマークが並んでいて「おや?」と首を傾げた。
退院した昨日。帰宅した今日。二日分に緑色のハートが描かれている。
(俺、こんなの描いたっけ。なんの印だ……?)
思い出せないまま、光は破りかけたカレンダーから手を離した。ちょうど自室に籠って着替えていた勝行が、リビングに入りながら声をかけてくる。
「光。お願いしたいことがあるんだけど」
「ああいいぜ。コーヒーだろ、ホットでいいか」
帰宅後すぐの勝行のお願い事だなんて、だいたい決まっている。ちょうどキッチンに立っていた光はコーヒーポットを取り出し、使いかけの豆残量を確認したくて蓋を開けた。すると突然、背後からふわりと抱きしめられる。
「コーヒーブレイクより前に、したいことがある」
「……え?」
驚き振り返るや否や、勝行が顎を引き寄せ口づけてくる。甘い、優しいキスだった。
「ただいまのキス?」
「それはさっき玄関でしたよ」
「ああそっか。じゃあ、充電か」
「ううん、逆。今度はお前に俺の全てを放電するから。……初心者で下手くそだけど、受け入れてくれる?」
そこまで言われて初めて光は、カレンダーの解禁マークが誰のものか気付いた。
勝行の顔は心なしか熱を帯びているようだった。光を抱き寄せたまま、目の前にあるカレンダーを見つめて呟く。
「退院の日は父さんに邪魔されると思って。二日分に印つけといたんだ」
「……このマークつけたの、お前か?」
「うん。ずっと待ってた。俺たちの家に、光が帰ってくる日を」
《恋人》ではなく、《兄弟》という選択肢をとった以上、勝行がこうして求めてくることは二度とないと心のどこかで諦めていたのに。光の涙腺はすでに崩壊しそうだ。この気持ちを嬉しいと言う以外、どう表現するのが正解なのかわからない。
確かにけじめをつけてきた宣言はした。自分はたとえ過去の関係に戻っても好きでいると告げた。だが勝行は――弟のままでも抱いてくれるのだろうか。
声を震わせながら、光は努めて明るく振る舞ってみた。
「……そろそろ俺のフェラが恋しくなったか」
「それ、されると我を忘れちゃうからなあ……今日は俺がお前をいっぱい甘やかして優しくしてあげたい。実は事務所からお年玉でもらったんだよね……ローションとコンドーム」
「はあ?」
「捨てるには勿体ないし、今日のために一応置いてあるんだ」
「……っぷ……くくく……勝行がローションとか……ゴムとか……「勿体ない」だなんて……言葉……なんか変……ふふっ……似合わねえ……っ」
「笑うなよ。こちとら緊張してるし、真剣なのに……っ」
「大学受験より自信なさそうだな?」
「う、うるさいなあ……練習に付き合ってくれるんでしょ。今日は朝から晩まで、一日中ずっと離すつもりないからね」
「それお仕置き? それとも、えっち解禁? どっちだよ」
「両方。勿論、昨夜のうちから覚悟はできてるよね……? 俺の護衛さん」
昨日の煽り言葉をそっくりそのまま返されて、光は思わずマジかよと苦笑した。優しいセックスがお仕置きだなんて、想像しただけで身体が疼いてたまらない。
耳元で囁く勝行の息遣いも熱い。そしてどこから持ってきたのか、見覚えのあるベルトタイプの手枷を嵌められた。もう逃がさないよ――背後から耳を食みながら、心地よいテナーボイスで光を束縛してくる。
「どんな関係であっても、もう俺は一生お前しか愛せない。ここまで我慢してきた欲望を止めるなんて無理だ……お前が俺の部下になるというのなら、抱かれることに反論は認めない」
「……ああ……いいよ、上等だ」
勝行の理想の恋人にはなれそうにもない。けれどこんな愛の形があったっていいじゃないか。誰にも責められず、お互いをただ貪欲に求め、愛し合うだけの関係に名前や説明など要らない。
むしろこういう関係がちょうどいい。自分たちにはお似合いだ。
光は繋がる手首を勝行の後頭部に回し、「下手くそだったら、俺がお前を啼かせてやるよ」と息巻いた。
背を向けたリビングの窓から見えるマンション隣の公園では、桜並木が満開の花を咲かせている。沢山の花見客で賑わうそこにはあちこちに露店が出され、道沿いでは誰かがストリートライブを行っている。
それはまるで、二人のこれからを祝福しているようだった。
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