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第十一章 愛されるより、愛したい
エピローグ
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散りかけた桜並木に穏やかな夕陽が照らされる、都内の公園。私服姿の今西光は、広い遊歩道の隅に、電子キーボードを設置した。
忙しなく行き交い止まらぬ人々を見ながら、車道を背に立つ。ふうと息を吸い込んだら、排気ガスが鼻についた。黒マスクを深く被せ、伸びた金色の前髪をかきあげて鍵盤に手を添えた。
仲間は誰もいない。けれどアンプの繋ぎ方は三年間のバンド活動で覚えた。いくつか音を出してボリュームも確認する。
ポンポン、タラン。
タララッ、トントン、ジャジャン、ジャン
高速で鍵盤を叩き続ける長い指が、時折グリッサンドを挟んで音楽世界を丸ごと変身させていく。
路上を歩く人々が時折なんのパフォーマンスかと立ち止まり、またすぐ歩き始める。徐にスマホを取り出し、撮影を始めるサラリーマン。遠くの壁に凭れてじっと聴き惚れる女性。演奏を見つめすぎて母親に連れていかれる子ども。スーツケース片手に案内板を見ながら耳を傾ける若者。
そう簡単に人は止まらない。けれど徐々に、ストリートライブを鑑賞したくて足を止める通行人がじわじわと増えていく。
「誰……? 上手いね」
「すっごい綺麗な人……え、男だよな」
光は何も言わず、目を閉じ、ただ風を流すように演奏し続けていた。指は快調、曲のつなぎも途切れることなく、綺麗に流れていく。WINGSの既存曲から自作の未発表新曲に混じって、時折クラシックや王道定番POP曲。繋ぎにロックアレンジのカノンを演奏してみたら、リーマン風の年配おじさんが嬉しそうに近くで身体を揺らし始めた。
「WINGSのヒカルじゃない? コア・Mが絶賛してた」
「ツイッターに動画あげたらめっちゃRTされてる、やば」
「やっぱりヒカル!? 超ラッキーじゃん」
「ストリート、一人でやってんのかな」
気づけば光の前には立派な人だかりが出来上がっていた。
やがて車道側にすっと一台のワゴン車が停まり、後部座席から一人の男が降り立つ。ガードレールをひょいと飛び越え、光の隣にリュック型のギターケースを置いた。紺のシャツからネクタイを外し、ボタンもひとつ開ける。
「お待たせ光、授業ちょっと長引いて……ってすごいことになってるなあ、ギャラリー」
「キャア! カツユキだ!」
「こんにちは。ヒカルの呼び出しピアノに釣られてやってきました」
女子の悲鳴に似た声が、更に観客を増やしていく。光は手を止めることなく、やってきた勝行に「おせーよ」と笑みを零した。「ごめんね」と微笑み返しながら勝行は手早くギターをセットし、光のソロライブの真横で遠慮なく音出しチェックを始める。
「ねえねえ。今からライブやるの?」
「ん、ちょっとだけね。光がストリートやりたいって聞かなくて」
ファンと思しき女性が数人、勝行に声をかけてくる。いつもインフィニティで見かける常連客だ。
「相変わらずヒカルには甘いんだね~、カツユキは」
「ちょっと見ない間にすごく大人っぽくなってるから、最初見間違えたよ」
「もしかして俺たちのこと、高校の時から見ててくれた?」
「うんうん、デビューの時からのファンだよっ。二人とも今じゃすっごい売れてるし、テレビにも出るようになったから、インフィニティ行っても居ないし。もう会えなくなったかと思ってた」
「ありがとう。ずっと応援してくれて嬉しいな。今は曜日固定しなくても動けるから色んなとこでやってるんだ」
勝行はチューニングがてらファンと気さくに会話し、チラシを演奏中の光の前に並べて置いた。
「あ、通行人の邪魔にならないよう、気を付けて聴いてくださいね。よかったらチラシ刷ったんでもらってください。ここに置いとく」
「えっそれ欲しい!」
「つか、私らが手で配るよ。WINGSもっと知ってもらいたいからさ!」
「後ろの方の人なんか、動けそうにないよ」
「ほんと? ありがとう、助かるよ。じゃあ、あそこの黒服の男もスタッフだから、何かあったら彼に相談して」
「はあい」
嬉々として臨時の会場スタッフを引き受けてくれるファンに感謝しつつ、勝行は白のストラトキャスターを抱えて光の隣に立った。チラッとこちらに視線を泳がせた光が、早く来いよと言わんばかりに新曲の前奏をスタートする。
「《未来予想図》だ!」
「この曲は聞いたことある」
「たまにお店で流れてるよね。こないだ聴いたばかり」
「歌ってる子、こんなに若いんだな」
「来週ライブやるって? チラシちょうだい」
アレンジされた前奏ピアノソロは徐々にテンポを上げていき、ライブの始まりを告げる。それは新生WINGSのライブのイントロナンバーとして、ファンとのコール&レスポンスタイムに変わっていく。
勝行が「明るいうちからこんばんわ!」と笑顔で叫ぶと、ファンの誰かが声と手をかざし、手拍子を始めてくれる。
「よかったら帰宅前に聴いて楽しんでいってください! WINGSです!」
♪
過去も 未来もない 僕らの歌は
今この一瞬に海を仰ぎ 風を切って空を飛ぶ
渡り鳥のように 戻らないから 振り返るな 手を離すな
課金したって無駄 巻き戻しの選択肢は存在しない
ソートはランダム 運任せ アルゴリズムも通用しない
だから未来予想図 パターンいくつも描いて 前で待ってるコード繋ぐ
どのスピーカーから流れるか 明日のステージは自分で探す
新しい僕らの歌声 手を伸ばせば聴こえるよ きっと
――WINGS『未来予想図』
できそこないの幸せ 完
(12章/大人編に続く)
散りかけた桜並木に穏やかな夕陽が照らされる、都内の公園。私服姿の今西光は、広い遊歩道の隅に、電子キーボードを設置した。
忙しなく行き交い止まらぬ人々を見ながら、車道を背に立つ。ふうと息を吸い込んだら、排気ガスが鼻についた。黒マスクを深く被せ、伸びた金色の前髪をかきあげて鍵盤に手を添えた。
仲間は誰もいない。けれどアンプの繋ぎ方は三年間のバンド活動で覚えた。いくつか音を出してボリュームも確認する。
ポンポン、タラン。
タララッ、トントン、ジャジャン、ジャン
高速で鍵盤を叩き続ける長い指が、時折グリッサンドを挟んで音楽世界を丸ごと変身させていく。
路上を歩く人々が時折なんのパフォーマンスかと立ち止まり、またすぐ歩き始める。徐にスマホを取り出し、撮影を始めるサラリーマン。遠くの壁に凭れてじっと聴き惚れる女性。演奏を見つめすぎて母親に連れていかれる子ども。スーツケース片手に案内板を見ながら耳を傾ける若者。
そう簡単に人は止まらない。けれど徐々に、ストリートライブを鑑賞したくて足を止める通行人がじわじわと増えていく。
「誰……? 上手いね」
「すっごい綺麗な人……え、男だよな」
光は何も言わず、目を閉じ、ただ風を流すように演奏し続けていた。指は快調、曲のつなぎも途切れることなく、綺麗に流れていく。WINGSの既存曲から自作の未発表新曲に混じって、時折クラシックや王道定番POP曲。繋ぎにロックアレンジのカノンを演奏してみたら、リーマン風の年配おじさんが嬉しそうに近くで身体を揺らし始めた。
「WINGSのヒカルじゃない? コア・Mが絶賛してた」
「ツイッターに動画あげたらめっちゃRTされてる、やば」
「やっぱりヒカル!? 超ラッキーじゃん」
「ストリート、一人でやってんのかな」
気づけば光の前には立派な人だかりが出来上がっていた。
やがて車道側にすっと一台のワゴン車が停まり、後部座席から一人の男が降り立つ。ガードレールをひょいと飛び越え、光の隣にリュック型のギターケースを置いた。紺のシャツからネクタイを外し、ボタンもひとつ開ける。
「お待たせ光、授業ちょっと長引いて……ってすごいことになってるなあ、ギャラリー」
「キャア! カツユキだ!」
「こんにちは。ヒカルの呼び出しピアノに釣られてやってきました」
女子の悲鳴に似た声が、更に観客を増やしていく。光は手を止めることなく、やってきた勝行に「おせーよ」と笑みを零した。「ごめんね」と微笑み返しながら勝行は手早くギターをセットし、光のソロライブの真横で遠慮なく音出しチェックを始める。
「ねえねえ。今からライブやるの?」
「ん、ちょっとだけね。光がストリートやりたいって聞かなくて」
ファンと思しき女性が数人、勝行に声をかけてくる。いつもインフィニティで見かける常連客だ。
「相変わらずヒカルには甘いんだね~、カツユキは」
「ちょっと見ない間にすごく大人っぽくなってるから、最初見間違えたよ」
「もしかして俺たちのこと、高校の時から見ててくれた?」
「うんうん、デビューの時からのファンだよっ。二人とも今じゃすっごい売れてるし、テレビにも出るようになったから、インフィニティ行っても居ないし。もう会えなくなったかと思ってた」
「ありがとう。ずっと応援してくれて嬉しいな。今は曜日固定しなくても動けるから色んなとこでやってるんだ」
勝行はチューニングがてらファンと気さくに会話し、チラシを演奏中の光の前に並べて置いた。
「あ、通行人の邪魔にならないよう、気を付けて聴いてくださいね。よかったらチラシ刷ったんでもらってください。ここに置いとく」
「えっそれ欲しい!」
「つか、私らが手で配るよ。WINGSもっと知ってもらいたいからさ!」
「後ろの方の人なんか、動けそうにないよ」
「ほんと? ありがとう、助かるよ。じゃあ、あそこの黒服の男もスタッフだから、何かあったら彼に相談して」
「はあい」
嬉々として臨時の会場スタッフを引き受けてくれるファンに感謝しつつ、勝行は白のストラトキャスターを抱えて光の隣に立った。チラッとこちらに視線を泳がせた光が、早く来いよと言わんばかりに新曲の前奏をスタートする。
「《未来予想図》だ!」
「この曲は聞いたことある」
「たまにお店で流れてるよね。こないだ聴いたばかり」
「歌ってる子、こんなに若いんだな」
「来週ライブやるって? チラシちょうだい」
アレンジされた前奏ピアノソロは徐々にテンポを上げていき、ライブの始まりを告げる。それは新生WINGSのライブのイントロナンバーとして、ファンとのコール&レスポンスタイムに変わっていく。
勝行が「明るいうちからこんばんわ!」と笑顔で叫ぶと、ファンの誰かが声と手をかざし、手拍子を始めてくれる。
「よかったら帰宅前に聴いて楽しんでいってください! WINGSです!」
♪
過去も 未来もない 僕らの歌は
今この一瞬に海を仰ぎ 風を切って空を飛ぶ
渡り鳥のように 戻らないから 振り返るな 手を離すな
課金したって無駄 巻き戻しの選択肢は存在しない
ソートはランダム 運任せ アルゴリズムも通用しない
だから未来予想図 パターンいくつも描いて 前で待ってるコード繋ぐ
どのスピーカーから流れるか 明日のステージは自分で探す
新しい僕らの歌声 手を伸ばせば聴こえるよ きっと
――WINGS『未来予想図』
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(12章/大人編に続く)
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