できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第一章 四つ葉のクローバーを君に

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先天性心臓病。肺機能障害。
この世に生まれ落ちた時から、光の身体は未完成のできそこないだった。

己の力だけでは到底生きられない。自発的に酸素を吸って生きるという、人間として当たり前にできるはずのことができない身体だ。
それでも十七年間無事生きてこられたのは、自分を治療し続けてくれた病院の医療チームと、身を粉にして働き治療費を捻出してくれた両親のおかげだと、理解している。
どうして多大な犠牲を払ってまで、自分がこの世に生き続けなければいけないのかは、まだ理解できない。

「……なあ」

少女の傍でひとつ、またひとつと雑草をめくりながら、光はさっき不思議に思ったことを尋ねてみた。

「なんで四つ葉を見つけたら病気が治るんだ?」
「え。えーっとね、んーとね……【げしの夜につむ四つ葉は、やくそうになる】ってママが教えてくれたの。でね、今日がその日なんだって」
「……へえ、薬草」
「見つけたら、まよけにするんだよ。パパの病気は悪い魔物のせいだから」
「魔除け?」

見た目の年齢よりずいぶんしっかりとした受け答えをする少女は、光の姿を改めてじっと見つめてきた。

「天使さんも病気?」
「――ん……まあ、そうだけど……」
「ここが病気? 髪の毛、ちょっとだけ緑になってる」

土のついた小さな手で前髪のエクステに触れられ、一瞬身体が凍り付く。だが女の子は光の様子など気にも留めず、鮮やかなグリーンと金の境目を不思議そうにのぞき見る。

「そっか、だから羽がないんだ、かわいそう。じゃあ天使さんの分も見つけてあげる。パパの分の次にね」
「……そりゃどうも」

勝手な自己解釈で悪気なく親切を押し付けてくる無邪気な笑顔は、なぜか見たことがある。そうだ、自分と同じ日に健康優良児として生まれた双子の弟・源次の小さい頃にそっくりだ。あれも毎日のように外の匂いを染み付けて帰ってきては、寝たきりの兄の布団に潜り込み、「光にあげる」と無邪気に草花をひろげていた。
あの弟と同じ匂いがする雑草たちは、こうして外で寝転がっていたらいつでも見れると気づいたのは、もう家族が全員いなくなってからのことだ。

(四つ葉って、ただのラッキーアイテムだと思ってた)

彼女の四つ葉探しはただの好奇心ではなく、おそらく闘病中の父親の薬になると信じた上での真剣な探索なのだろう。なんとも健気な話だ。母親も別の場所で同様に探しているらしく、起き抜けに聴こえた騒がしい話し声は親子の会話だったのかと合点がいく。

「天使さんのパパとママは?」
「……もう、いない。死んだし」

何気なく答えたものの、少女はものすごく悲しそうな顔をしてこちらを振り返った。

「四つ葉のお守り、持ってなかったから?」
「……さあ? 母さんが死んだのはずっと前だしわかんねえ。親父は一応まだ生きてるし。もう会えないけど……」
「天使さん、かわいそう……」
「あ、いや。俺にはもう一つ家族があって。相羽の親父さんと勝行がいるから、あの」
「パパとママじゃないんでしょ……?」
「……え、えーと……あっ、東京にはいないけど、双子の弟がいて」
「……」
「う……。あー……えっと……そうだな、やっぱ四つ葉があるといいよな、見つかるといいな」
「うん! 絶対っ、見つけようね!」

涙腺崩壊寸前の少女を泣かすまいと必死に言葉を紡いだ結果、やる気に火を注いでしまったようだ。
仕方ないので光も腰を上げ、裏の芝生エリアにも足をのばしてみる。光が動くと少女も一緒についてきた。年相応に遊ぶことなく、ワンピースの裾を泥塗れにしながら懸命に探すその姿は、どうせただの伝説だろと笑い飛ばせるものではなかった。

(……俺なんかまだ恵まれてる方だ。傍には勝行がいてくれるし、勝行の親父さんも俺の面倒みてくれて優しい。それでも母さんが死んだ時は一人ぼっちが怖くて、すげえ辛くて……あの頃のことは思い出したくもない)

この子の父親は重い病なのだろうか。だとしたら――。

「……あれ?」

ふいに目の前のクローバーが他とは違う気がして、思わず地面に寝ころがった。盛り上がって閉じかけているハート型の葉が四枚、寄り添うように繋がっている。

「おい、四つ葉」
「えっ」
「あったぞ。これだろ?」
「あ、あった! あった、すごいー!」

光に場所を案内され、一本の四つ葉をそっと摘んだ少女は歓喜の声をあげながら母親の元に駆けて行った。ほどなくして母親がお辞儀しながらやってくる。
たいして頑張っていないが、気持ちいい達成感があった。

「一緒に探してくれてありがとう」
見れば母親は少し涙ぐんでいた。少女はもう我慢しきれないようで、「早くパパのとこにいこう!」と必死だ。訊いてはいけないような気がしつつも、光は思わず母親に声をかけてみた。

「なあ。クローバーの伝説って、信じてんの?」

馬鹿にしたつもりはなかった。遊びには到底見えない、母子の真剣さに戸惑っただけだ。
けれど母親はどこか寂し気な目を光に向けて、笑った。

「お医者様と神様にお願いするぐらいしか、できることがないから」
「……」
「クローバーはね、信じていれば幸せを呼び寄せてくれるの。少なくとも今日、あの子はクローバーのおかげでとても幸せになれたわ。君が一緒に探して、見つけてくれたから」
「俺?」

使い捨てマスクをひっかけ、病棟の寝巻姿だった光を見て母親は察したのだろうか。もう部屋に戻った方がいいよと言いながら五円玉を一枚、空っぽの光の掌に押し付けた。

「娘に付き合ってくれてありがとう。そこの売店で何か好きなの買ってちょうだい。こんなお礼しかできなくてごめんね」

親子は何度も光に頭を下げ、嬉しそうに談笑しながら足早に消えていく。二人の背中を見送りながら、光は緑の生い茂る足元をもう一度見渡した。

(俺のおかげ……)
他愛のない言葉に小さな幸せを感じ、頬を緩める。
一円にもならないと思った奉仕が、五百円の対価を得て戻ってきた。額面よりも自分があの親子の力になれたことの方が嬉しい。

『……光』
愛しているよと言いながら、何度も優しいキスを落としてくれる親友の顔がふいに浮かんだ。

(そうだ。やっぱ俺も、四つ葉のクローバー欲しい)

五百円玉を胸ポケットに詰め込むと、光はもう一度地べたに膝をつき、クローバーの群れに手を延ばした。さっきはあの女の子のため、今度は自分にとって一番大事な――この先ずっと幸せでいてほしい人を守るために。幸せの種を見つけて、ポケットに入れて持ち帰りたい。そして「ありがとう」と言われてみたい。あの声で。

(さっきこのへんにあったんだ。もうちょっと探せばきっと)

光は眉間に皺寄せ両目を凝らしながら、懸命に野の葉を選定し続けた。気づけば何も見えなくなるほどの暗闇に飲まれてしまうまで。
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