できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第一章 四つ葉のクローバーを君に

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総合病院の中庭には、今西光のお気に入りベッドがある。
そこは昼間の強い日差しや雨風をそれなりに遮り、快適な気候を提供する。一面に敷かれたふかふかの雑草。病棟の裏側だからか、人も滅多にこない。
どんな色の空もゆっくり眺めることができる。
身を拘束する点滴が外れたら、ここで昼寝するのが唯一の楽しみだ。
今日も寝転がって夕焼けに身を委ねていたが、突然の騒音と足音にたたき起こされてしまった。

(誰だ……俺の安眠邪魔しやがって)

光は草むらの中からのっそり起き上がった。途端、足元から甲高い悲鳴が上がる。

「みてママ、クローバーじゃなくて、天使さん見つけた!」
「……あぁ?」

寝起きの目を凝らした先に映るのは幼い少女だ。
不機嫌な声と目つきで威嚇する光に臆するどころか、まるで不思議な生き物を見つけたかような好奇の視線を向けてくる。

「お兄ちゃん、天使? 人間?」
「……人間」
「金髪なのに?」
「……は?」
「ねえ、天使さんどいて。そこのクローバー踏まないで」
「……」

突拍子もないことを言われ、寝ぼけ眼で指された地面を見ると、確かに尻の下にはくしゃくしゃのシロツメクサが自生していた。

「そういうお前も、踏んでるし」
「こっちはもういいのっ」
「うへ……理不尽」

俺の陣地で何しようが勝手だろ――と文句のひとつでも飛ばしたかったが、やめておいた。相手はどう見ても幼児か、せいぜい小学校低学年ぐらい。こちらは高校生男子。うっかり幼女を泣かせたとあらば通報されかねない。
仕方なくひとり分のすき間を空けて別の場所に寝転がった。また「どいて」と言われるかもしれないが、起き抜けの身体はまだだるく、すんなり動けそうにない。
それでも彼女は満足したらしく、光の温もりが残る雑草エリアに進入してきた。

「ここのクローバー、ぺったんこ」
「うるせえなあ……」
「ねえお兄ちゃんも探してよ」
「何を」
「四つ葉のクローバー!」

光は思わず視線を目の前の雑草に向けた。可愛らしい羽のような葉が幾重にも連なる地面。シロツメクサばかりが無限に拡がるこの場所でそんなものを探しているとは、随分面倒かつ壮大な冒険だ。

「夏の夜に四つ葉を見つけるとね、お父さんの病気が治るんだよ」

鼻息荒くふんぞり返って語る幼女の姿は、なんとも逞しい。

「ふーん?」
「絶対見つけて、お父さんの病気を治してもらうんだ」
「……でも今は夜じゃないけど」
「もう夜だもん、晩ごはん食べたもん」

ここ最近は夜が短く、昼が長い。いつまでも世界は明るいので気づかなかったが、うっすらとオレンジから紫に変わるグラデーションの空が見えて、なるほどと理解した。

(……じゃあそろそろ部屋に戻らないと。検温の時、ベッドで寝てないと怒られる)

気怠げに上体を起こし、欠伸を零すと、少女は笑顔を見せて飛び跳ねた。

「手伝ってくれるの!」
「……え?」
「じゃあ天使のお兄ちゃんはここらへんね」
「おい」

勝手に決めんな、と怒鳴りたくなったが、少女はあっさりと背を向け別の場所を調査し始めた。無限に広がる小さな葉を一つずつ確かめては、ちがう、ないなあと独り言ちている。
給料の出ないボランティア活動など、即お断り案件なのだが。

「ちっ……しゃあねえなあ、ちょっとだけだからな」

ぶっきらぼうに返すと、少女は嬉しそうに頷いた。そんな顔をされて無下にできるわけもない。
光は小さい子どもにめっぽう弱い長男気質だった。
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