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第一節 転校生と、孤高のピアニスト

#14 友だち作りは、簡単だけど簡単じゃない

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思うところがあったらしい藍は俯き、唇を噛み締めた。

「……友だちって、確かに、人に頼まれてなるもんじゃないですよね……」

彼女は責任感の強い女性だ。何とかして今西光をクラスに馴染ませ、皆が仲良く通える学級づくりを目指しているのだろう。
共同作戦を練ってきた勝行は、彼女の戸惑う気持ちがなんとなく伝わる。だがなんと言ってあげればいいかもわからず、ただ俯くしかできなかった。
どんより落ち込む二人を見た西畑は、苦笑を浮かべながら二人の肩をポンポンと叩いた。

「もちろん、友だちになる最初のきっかけなんて、同じクラスになったからとか、席が隣とか……簡単な理由で始まるでしょ? ただ、お互い気心知れた関係になれるかどうかは、時間をかけてみないとわからないし、決めるのはあなたたち自身じゃない?」
「……はい」
「だから無理をする必要はないわ。でも願わくば、あなたたち自身の目を通して、真正面から向き合って彼の本音を確かめてあげてほしい。そうしたら、いつか知りたいことが見えてくるし、すごく仲のいい友だちになれると思う」

その言葉は、勝行の心にも重く響き渡った。
自分は転勤族だ。どんなに仲良くなってもすぐまた転校する身。出会いの数だけ、別れも繰り返してきた。
ここ、佐山中での生活も期間限定。どうせ来春には全員別々の道を歩むのだ。勝行自身、本家から通える東京の高校を受験すると前から決まっているし、滞在期間一年足らずのこの地で深い友人関係を築こうという気がなかった。
藍ほど熱心に彼の素行をどうにかしようというつもりもない。
ただ何となく、今西光の奏でるピアノに興味があるだけ。偶然指名されたこの役割をチャンスとばかりに謳歌している自分が、本当に彼の「友だち役」を続けてもいいのだろうか。
だが今の自分はどうしてもあの少年のピアノが気になって仕方ない。願わくばもっと仲良くなれたらと思っている。その理由は、愛だの友情だのといった感情論とは別のところにあった。
西畑は何も言わずにただ座っているだけの勝行に目を向けた。

「君。さっき私を見てどう思った?」
「え……」

西畑は悪戯っぽくウインクすると、これ見よがしに己の胸を撫でて見せた。それは実に男らしく、直線を描く。
恥ずかしくなった勝行は思わず視線を反らし、俯き加減に返答した。

「じょ、女性だと思ってたので……さっきは驚きました、すみません」
「えっ、相羽くん、西畑先生が男の人だって知らなかった?」
「ふふふ、いいのよ。私にしてみればそれは褒め言葉だわ。それで? 私のこと嫌いになったかな。それとも、好き?」
「そ、そんなことは……まだ何も、わからないです」
「でしょ? なんせお互い知らない事だらけだからねえ」

――何も知らないままで他人を好きになんかなれないよねえ。
そういうと、西畑は笑顔で二人の肩をぽんと叩いた。

「今西くんはね、ちょっと短気だし素行もよくないけど悪い子じゃないのよ。元々病気がちだったから今日みたいな発作もしょっちゅう起こして休むし、心臓が悪いからみんなほど体力がないの」
「えっ。そう、なんですか」
「心臓……」
「ベッドで寝ている時は、本当に体調がよくない時だから。起きてて教室に行ける時は、いつでも誘ってやってね」

やっと気になっていた光の情報のひとつを聞くことができて、二人はどこかほっとしたような気分になる。

「まあそれでも、校則も守らずピアノ弾いてから堂々とここに来るから、問題児には違いないけどね。あの部屋を目当てに彼は学校にくるから。わざと開けてるのよ」
「……それって……ゴキブリホイホイみたい」
「言えてる!」

思わず呟いた勝行のツッコミに、藍と西畑はゲラゲラと笑い始めた。
光にとって西畑は、唯一頼れる味方なんだろう。
きっと彼は、自分を分かってくれている人が居るから、保健室にしか来ないんだ。そう考えた途端、光に対して燻っていたモヤモヤが少しばかり晴れていくような気がして、勝行も笑った。

「あの子をよろしくね」

西畑の言ったその言葉が、これからの二人の生き方を大きく変えるものになることは、まだ本人たちも知らないことである。
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