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第一節 転校生と、孤高のピアニスト
#13 心を閉ざした謎の少年
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「今西くんなら早退して病院に行ったわ。後で様子見に行くから、届けてきてあげる」
授業後すぐ、藍と保健室に向かったが、彼はすでに下校していた。西畑は二人から光の荷物を受け取り、ありがとうねと微笑んだ。その声色はいつも通り優しいが、どことなく野太い。よく見ると、顎にはうっすら髭剃り痕があった。
「あの……」
「聞きたいことがあるなら、どうぞ」
何か言いたげな顔の二人を見た西畑は、保健室の中に案内して引き戸を閉めた。先に口を開いたのは藍だ。
「先生、今西くんのこと、教えてほしいです」
「今西くんのこと?」
「私たち、クラスメイトで。彼と積極的に仲良くしてくれって頼まれてるんですけど。分らないことだらけで謎すぎて。どう接するのが正解かわかりません。病気とか、性格とか……」
勝行が訊こうかどうしようか迷っていたことを、藍はズバッと言い放つ。
「いつも保健室にいるのは本当に病気だから?」
「教室に来られない理由は何ですか」
「そもそもどうして、授業中にピアノなんか」
「ヤンキーって噂は本当ですか」
「修学旅行もあいつ関係ないって言うんですけど、どうしてですか?」
立ち入った事かもしれないなと思いつつも、やはりどうしても訊いてみたい気持ちは勝行も同じだった。気付けば藍の質問攻めに、勝行も便乗していた。
西畑は少し考える仕草をした後、「先生からは、まず君たちにひとつ質問がある」と切り出した。
優等生二人はその提案を真剣に訊こうと、黙って西畑の顔を覗きこむ。
いつもの優しげな笑顔で迎えてくれる養護教諭の表情とは違う。怒っているわけでもないが、かなり真剣な様相だ。
「――今西くんを気にかけてくれるのはどうして?」
「……」
「先生に頼まれたから。それとも、本当に友だちになりたいから?」
二人は西畑の言わんとすることの意図が掴めず、不思議そうな顔をして瞬きした。
「どっちでもいいのよ。君たちの本音を訊かせてほしい」
「……僕は後者です」
解答に悩んだものの、この場では正解と思われる方を勝行は選択した。だが藍は困った様子で黙っていた。
「今西くんのプライベート関係は本人がいないところで話せないし、そこは伏せるね」
「……はい」
「あの子は……身体はご存知の通り病弱だし、不器用でかわいそうな子なの。色んな人に裏切られたり、頼れなかったりして、嫌な思いをして……人とうまく話せないみたい。ここの先生たちは、あの子を爆弾だと思ってる」
「爆弾……」
西畑は困ったような、苦し気な表情を浮かべながら、かわるがわる二人の顔を見て話を続けた。
「家庭の事情が複雑な子でね。心を開いてくれないんだ」
「……西畑先生にもですか?」
「そう。だから先生も、どうすれば懐いてもらえるかなって試行錯誤中なのよ」
それはまるで野良猫を相手にするような発言だった。
今までにも何度か、不登校の彼を気遣った心優しい生徒が、保健室にやってきたらしい。けれどそれは、いつも長続きしない。今西光本人が、その好意を全く受け入れないからだ、と西畑は告げる。
しびれを切らした同級生たちは、光の存在を忘れて日常生活に戻っていく。その方がはるかに楽だし、誰も咎めないからだ。
「けれどそれじゃ、今西くんはちゃんとした学校生活が送れないよ。だからまずは私たちが彼を受け入れて、お互い理解しあえるように」
思わず藍が口を挟んだものの、西畑はむずかしいよね、と苦笑いするだけだった。
「理想はね。けれど一方通行のままでは、あなたたちもいずれ負担を感じて辛くなるし、今西くんもあなたたちを信じて心を開くことはできないと思うの」
「……そう、かもしれないけど……でも……」
「それでもあの子と、仲良くできそうかしら。先生はね、今西くんも心配してるけど、二人の心配もしてるのよ。決して無理しないで。あなたたちがこれから本当に、あの子と友だちになりたいと思ってくれてるのなら、先生は勿論全力で応援するわ」
『あの不登校の金髪と仲良くしてやってくれないか――』
担任からの一方的な依頼とは違う西畑の助言を受け、二人は思わず顔を見合わせた。
「今西くんなら早退して病院に行ったわ。後で様子見に行くから、届けてきてあげる」
授業後すぐ、藍と保健室に向かったが、彼はすでに下校していた。西畑は二人から光の荷物を受け取り、ありがとうねと微笑んだ。その声色はいつも通り優しいが、どことなく野太い。よく見ると、顎にはうっすら髭剃り痕があった。
「あの……」
「聞きたいことがあるなら、どうぞ」
何か言いたげな顔の二人を見た西畑は、保健室の中に案内して引き戸を閉めた。先に口を開いたのは藍だ。
「先生、今西くんのこと、教えてほしいです」
「今西くんのこと?」
「私たち、クラスメイトで。彼と積極的に仲良くしてくれって頼まれてるんですけど。分らないことだらけで謎すぎて。どう接するのが正解かわかりません。病気とか、性格とか……」
勝行が訊こうかどうしようか迷っていたことを、藍はズバッと言い放つ。
「いつも保健室にいるのは本当に病気だから?」
「教室に来られない理由は何ですか」
「そもそもどうして、授業中にピアノなんか」
「ヤンキーって噂は本当ですか」
「修学旅行もあいつ関係ないって言うんですけど、どうしてですか?」
立ち入った事かもしれないなと思いつつも、やはりどうしても訊いてみたい気持ちは勝行も同じだった。気付けば藍の質問攻めに、勝行も便乗していた。
西畑は少し考える仕草をした後、「先生からは、まず君たちにひとつ質問がある」と切り出した。
優等生二人はその提案を真剣に訊こうと、黙って西畑の顔を覗きこむ。
いつもの優しげな笑顔で迎えてくれる養護教諭の表情とは違う。怒っているわけでもないが、かなり真剣な様相だ。
「――今西くんを気にかけてくれるのはどうして?」
「……」
「先生に頼まれたから。それとも、本当に友だちになりたいから?」
二人は西畑の言わんとすることの意図が掴めず、不思議そうな顔をして瞬きした。
「どっちでもいいのよ。君たちの本音を訊かせてほしい」
「……僕は後者です」
解答に悩んだものの、この場では正解と思われる方を勝行は選択した。だが藍は困った様子で黙っていた。
「今西くんのプライベート関係は本人がいないところで話せないし、そこは伏せるね」
「……はい」
「あの子は……身体はご存知の通り病弱だし、不器用でかわいそうな子なの。色んな人に裏切られたり、頼れなかったりして、嫌な思いをして……人とうまく話せないみたい。ここの先生たちは、あの子を爆弾だと思ってる」
「爆弾……」
西畑は困ったような、苦し気な表情を浮かべながら、かわるがわる二人の顔を見て話を続けた。
「家庭の事情が複雑な子でね。心を開いてくれないんだ」
「……西畑先生にもですか?」
「そう。だから先生も、どうすれば懐いてもらえるかなって試行錯誤中なのよ」
それはまるで野良猫を相手にするような発言だった。
今までにも何度か、不登校の彼を気遣った心優しい生徒が、保健室にやってきたらしい。けれどそれは、いつも長続きしない。今西光本人が、その好意を全く受け入れないからだ、と西畑は告げる。
しびれを切らした同級生たちは、光の存在を忘れて日常生活に戻っていく。その方がはるかに楽だし、誰も咎めないからだ。
「けれどそれじゃ、今西くんはちゃんとした学校生活が送れないよ。だからまずは私たちが彼を受け入れて、お互い理解しあえるように」
思わず藍が口を挟んだものの、西畑はむずかしいよね、と苦笑いするだけだった。
「理想はね。けれど一方通行のままでは、あなたたちもいずれ負担を感じて辛くなるし、今西くんもあなたたちを信じて心を開くことはできないと思うの」
「……そう、かもしれないけど……でも……」
「それでもあの子と、仲良くできそうかしら。先生はね、今西くんも心配してるけど、二人の心配もしてるのよ。決して無理しないで。あなたたちがこれから本当に、あの子と友だちになりたいと思ってくれてるのなら、先生は勿論全力で応援するわ」
『あの不登校の金髪と仲良くしてやってくれないか――』
担任からの一方的な依頼とは違う西畑の助言を受け、二人は思わず顔を見合わせた。
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