たましいの救済を求めて

手塚エマ

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最終章

第一話 南野尚美の面談で

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 次の羽藤柚季の面談日までが、こんなに長く感じられたことはない。
 羽藤柚季本人に何か変化はあったのか?
 分身の柚季は? 日菜子は? 彰は? そして消えていった紘の記憶は、羽藤柚季に渡されたのか? だとしたら、どこまで蘇らせたのか?

  あれほどまでに陰惨な事件の被害者だったこと。
 一度に顕在意識に上がったら、尋常ではない混乱をきたすだろう。
 亡くなった母親が虐待の首謀者だった現実を、子供がすぐさま受け入れられるはずがない。

 羽藤との面談の前に、南野尚美の面談が入っている。
 麻子はカルテの作成や整理など、簡単なデスクワークを済ませると、席を立つ。
 おかしなもので、南野も看護師として女でひとつで働いて、娘を大学にまで通わせた。花房も母子家庭。麻子自身もそうだった。
 
 花房と面談し、採用したのは院長の駒井なのだが、駒井の意図はわからない。駒井自身は母子家庭を作った側の人間だ。
 人間は、これほどまでに理屈が通らず、それでいて、筋が通っているのだろう。

 麻子は第二面談室に南野を呼び、招き入れた。
 カウンセラーとクライアントが定位置に腰かける。

 南野の面談は、男女の話に終始する。
 二十年前、既婚者と不倫をしていた南野は、二十年ぶりに連絡してきたその男性との不倫を再び始めたが、わずか一か月弱で二人は別れた。
 地方から一か月の予定で東京に出向になった男性の、現地妻にされたのだ。
 結局、男は家庭に戻る。

 すると、今度は娘の実の父親にコンタクトを取り始めている。
 再婚し、新しい家庭を築いた彼の生活を脅かそうとしているが、思惑通りにいってはいない。ただし、男は娘の父親だ。それを足掛かりにして連絡を取ろうとしている。
 それを娘が望む、望まないには関わらず。

「先生って、モテそうですよね? カッコいいし綺麗だし」

 面談の中盤で、南野は麻子に言い出した。ただし、聞き出したいのは別に何かがありそうだ。

「ほめ過ぎですよ。男の人は南野さんみたいに可愛らしくて、尽くしてくれる女性の方が好きだと思いますけど」

 実際、南野は男を絶やしたことがない。経済的にも自立した女性でありながら、男なしでは生きられない。
 そんな呪縛を麻子は正直理解しきれない。

「ここの院長先生。ちょっと変わってていいですよね。チャップリンみたいなチョビ髭が猫ちゃんみたいで可愛いし」
「可愛いなんて思います? あの髭を?」
「あっ、先生ひどーい。診察の時、長澤先生がそんないこと言ってたって、告げ口しちゃいますからね」

 なるほどと、麻子は急に腑に落ちた。元夫は南野と肉体関係はあるものの、盤石な家庭を壊すつもりは毛頭ないらしい。
 と、なると、次なるターゲットを駒井に見定めた。
 駒井のいちばん身近なカウンセラーと、付き合っていないかどうかの探りを入れたいだけらしい。

 恋愛依存は、ジェットコースターのような関係性のスリルを求める依存症。

 安定していて信頼し合える、互いに助け合い、労わり合って生活することに面白みを感じない。
 欲しているのは略奪のスリルだけ。
 羽藤の父親の性的コンプレックスとはまた別の、ギャンブル依存のメカニズムの 範疇はんちゅうだ。

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