148 / 151
最終章
第一話 南野尚美の面談で
しおりを挟む
次の羽藤柚季の面談日までが、こんなに長く感じられたことはない。
羽藤柚季本人に何か変化はあったのか?
分身の柚季は? 日菜子は? 彰は? そして消えていった紘の記憶は、羽藤柚季に渡されたのか? だとしたら、どこまで蘇らせたのか?
あれほどまでに陰惨な事件の被害者だったこと。
一度に顕在意識に上がったら、尋常ではない混乱をきたすだろう。
亡くなった母親が虐待の首謀者だった現実を、子供がすぐさま受け入れられるはずがない。
羽藤との面談の前に、南野尚美の面談が入っている。
麻子はカルテの作成や整理など、簡単なデスクワークを済ませると、席を立つ。
おかしなもので、南野も看護師として女でひとつで働いて、娘を大学にまで通わせた。花房も母子家庭。麻子自身もそうだった。
花房と面談し、採用したのは院長の駒井なのだが、駒井の意図はわからない。駒井自身は母子家庭を作った側の人間だ。
人間は、これほどまでに理屈が通らず、それでいて、筋が通っているのだろう。
麻子は第二面談室に南野を呼び、招き入れた。
カウンセラーとクライアントが定位置に腰かける。
南野の面談は、男女の話に終始する。
二十年前、既婚者と不倫をしていた南野は、二十年ぶりに連絡してきたその男性との不倫を再び始めたが、わずか一か月弱で二人は別れた。
地方から一か月の予定で東京に出向になった男性の、現地妻にされたのだ。
結局、男は家庭に戻る。
すると、今度は娘の実の父親にコンタクトを取り始めている。
再婚し、新しい家庭を築いた彼の生活を脅かそうとしているが、思惑通りにいってはいない。ただし、男は娘の父親だ。それを足掛かりにして連絡を取ろうとしている。
それを娘が望む、望まないには関わらず。
「先生って、モテそうですよね? カッコいいし綺麗だし」
面談の中盤で、南野は麻子に言い出した。ただし、聞き出したいのは別に何かがありそうだ。
「ほめ過ぎですよ。男の人は南野さんみたいに可愛らしくて、尽くしてくれる女性の方が好きだと思いますけど」
実際、南野は男を絶やしたことがない。経済的にも自立した女性でありながら、男なしでは生きられない。
そんな呪縛を麻子は正直理解しきれない。
「ここの院長先生。ちょっと変わってていいですよね。チャップリンみたいなチョビ髭が猫ちゃんみたいで可愛いし」
「可愛いなんて思います? あの髭を?」
「あっ、先生ひどーい。診察の時、長澤先生がそんないこと言ってたって、告げ口しちゃいますからね」
なるほどと、麻子は急に腑に落ちた。元夫は南野と肉体関係はあるものの、盤石な家庭を壊すつもりは毛頭ないらしい。
と、なると、次なるターゲットを駒井に見定めた。
駒井のいちばん身近なカウンセラーと、付き合っていないかどうかの探りを入れたいだけらしい。
恋愛依存は、ジェットコースターのような関係性のスリルを求める依存症。
安定していて信頼し合える、互いに助け合い、労わり合って生活することに面白みを感じない。
欲しているのは略奪のスリルだけ。
羽藤の父親の性的コンプレックスとはまた別の、ギャンブル依存のメカニズムの 範疇だ。
羽藤柚季本人に何か変化はあったのか?
分身の柚季は? 日菜子は? 彰は? そして消えていった紘の記憶は、羽藤柚季に渡されたのか? だとしたら、どこまで蘇らせたのか?
あれほどまでに陰惨な事件の被害者だったこと。
一度に顕在意識に上がったら、尋常ではない混乱をきたすだろう。
亡くなった母親が虐待の首謀者だった現実を、子供がすぐさま受け入れられるはずがない。
羽藤との面談の前に、南野尚美の面談が入っている。
麻子はカルテの作成や整理など、簡単なデスクワークを済ませると、席を立つ。
おかしなもので、南野も看護師として女でひとつで働いて、娘を大学にまで通わせた。花房も母子家庭。麻子自身もそうだった。
花房と面談し、採用したのは院長の駒井なのだが、駒井の意図はわからない。駒井自身は母子家庭を作った側の人間だ。
人間は、これほどまでに理屈が通らず、それでいて、筋が通っているのだろう。
麻子は第二面談室に南野を呼び、招き入れた。
カウンセラーとクライアントが定位置に腰かける。
南野の面談は、男女の話に終始する。
二十年前、既婚者と不倫をしていた南野は、二十年ぶりに連絡してきたその男性との不倫を再び始めたが、わずか一か月弱で二人は別れた。
地方から一か月の予定で東京に出向になった男性の、現地妻にされたのだ。
結局、男は家庭に戻る。
すると、今度は娘の実の父親にコンタクトを取り始めている。
再婚し、新しい家庭を築いた彼の生活を脅かそうとしているが、思惑通りにいってはいない。ただし、男は娘の父親だ。それを足掛かりにして連絡を取ろうとしている。
それを娘が望む、望まないには関わらず。
「先生って、モテそうですよね? カッコいいし綺麗だし」
面談の中盤で、南野は麻子に言い出した。ただし、聞き出したいのは別に何かがありそうだ。
「ほめ過ぎですよ。男の人は南野さんみたいに可愛らしくて、尽くしてくれる女性の方が好きだと思いますけど」
実際、南野は男を絶やしたことがない。経済的にも自立した女性でありながら、男なしでは生きられない。
そんな呪縛を麻子は正直理解しきれない。
「ここの院長先生。ちょっと変わってていいですよね。チャップリンみたいなチョビ髭が猫ちゃんみたいで可愛いし」
「可愛いなんて思います? あの髭を?」
「あっ、先生ひどーい。診察の時、長澤先生がそんないこと言ってたって、告げ口しちゃいますからね」
なるほどと、麻子は急に腑に落ちた。元夫は南野と肉体関係はあるものの、盤石な家庭を壊すつもりは毛頭ないらしい。
と、なると、次なるターゲットを駒井に見定めた。
駒井のいちばん身近なカウンセラーと、付き合っていないかどうかの探りを入れたいだけらしい。
恋愛依存は、ジェットコースターのような関係性のスリルを求める依存症。
安定していて信頼し合える、互いに助け合い、労わり合って生活することに面白みを感じない。
欲しているのは略奪のスリルだけ。
羽藤の父親の性的コンプレックスとはまた別の、ギャンブル依存のメカニズムの 範疇だ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる