たましいの救済を求めて

手塚エマ

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第十二章 告白 

第六話 認める準備

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 その次の週の面談日。
 羽藤は面接室で着席するなり、不安の入り混じった怒りを麻子に投げかける。

「僕。ここに来ると、いつも記憶がなくなるんです。椅子に座って、先生と少し話をして、気がつくと待合室にいることの方が多いんです。これで治療になっているんですか?」
「先週は何をどこまで話したか、覚えていますか?」

 前回は、羽藤が自分で人差し指の吐きダコを見せつけた。
 頭の中から声がして、あげつらわれる。「隠せてるつもりでいても、皆もう、知ってて黙っているだけだ」。
 そして、過食と拒食をくり返す自分を普通じゃないと嘆いて泣いた面談だ。

「先生にこれを見せました……」

 おずおずと、羽藤は吐きダコを見せたあと、すぐに引っ込め、腿の上で拳を握る。

「先生は、そうすれば生き延びられるんだったなら、やめる必要はないと言いました」
「そうですね。そう言いました」
「そこで記憶が途切れています」
「そのあと、羽藤さんの交代人格が、ここで話したことや起きたことを記憶しました。羽藤さんには記憶はなくても、あなたの中の別人格が覚えています」

「その内容を先生からは、教えてもらえないんですか?」
「羽藤さんの中で、分裂している記憶の断片がまとまれば、思い出せるようになりますから。その時を待ちましょう」

 そのあと日菜子が出てきた。最後は春人が出てくれた。記憶が羽藤にあるのは日菜子が出てくる前までしかない。

「……気持ちが悪いです。自分の中に自分じゃない人間がいるなんて……」
「羽藤さんじゃない人間が、住みついたんじゃないんです。全員が羽藤さんなんですよ」

 羽藤は多重人格に関して、積極的には知ろうとしない。
 映画で見たセンセーショナルな、オカルトめいたイメージだけで話している。羽藤の課題は、交代人格への生理的な嫌悪感。排除したがる傾向だ。
 もしも交代人格が、羽藤柚季と繋がることを望んでも、羽藤は弾いてしまうだろう。
 今後交代人格なるものがいなくなり、記憶がなくなることもなくなって、すべてを自分の記憶に残せるようになることを、治療のゴールに設定している。


 けれども、過去には一切触れようとはしていない。思い出したい素振りも見せない。
 人を殺しているかもしれない過去が、真実を語り出すのを恐れている。
 
 だが、カウンセラーの想像を絶するような悲惨な過去であっても、その過去だけを思い出さずにいられることは不可能だ。
 羽藤にはまだ、その過去を自分のものとして認める準備ができていない。

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