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第十一章 崩壊
第四話 家庭の匂い
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「僕は、来るものだと思って気持ちの準備をした方がいと思う」
羽藤のカウンセリングがあった日は、畑中と三谷が帰ったあと、駒井と二人で事務室で、夕食をとるのが習慣になってきている。
駒井は「どうせ僕も食べるんだから」と、麻子の分までデリバリーを頼んでくれている。
今夜はMサイズのピザを二枚と、ナゲットとフライドポテト。麻子が「サラダも頼みましょうよ」と、駒井に苦言を呈したら、「そんなに食べられないよ」と、眉尻を下げていた。
子供のような言い分に呆れはしたが、緊張感を伴う時には食べたいものを食べるに限る。
ピザが届くと、駒井は畑中のデスクの椅子に腰かける。
麻子は畑中の隣の、非常勤のカウンセラーのデスクに座る。
駒井は畑中のデスクに積まれた結婚関係の雑誌やカタログを、ずずいと端に寄せていた。
「羽藤君の面談だけど」
ピザの一切れを取って大口を開けた駒井は、嬉し気に咀嚼した後、切り出した。
「交代人格に主体性が出てきたね。春人君。日菜子さん。彰さん。主人格の羽藤君。ホーストコピーの柚季君。春人君が一番年下で、彰さんが一番上かな」
「文献では、ホーストコピーは、主人格に敵意を向けやすいとの報告がありました。羽藤さんの、初期のカウンセリングを混乱させていたのも彼です」
「自分にも、言いたいことがあるからなんじゃないのかな」
「羽藤さんやカウンセラーを攻撃するのは、敵意というより、注目を引きたいからなんでしょうか」
「いいや、敵意だ。凄まじいほどの敵意を柚季君は向けている。そうでもなければ分身なんかにならないよ」
駒井はナゲットにも手を伸ばす。ケチャップを、たっぷりつけて、かぶりつく。
「長澤さんも、冷めないうちに食べなさいよ」
「でも、先生。主体性が育成されつつあるのなら、柚季が羽藤に抱く敵対心も、増長されると言うことですか?」
「そうなるね」
麻子は高カロリーの夕飯を楽しむ駒井に、時々イラつく。答えを知っているくせに、教えてくれない意地の悪さを感じていた。
「カウンセリングは出たとこ勝負だからねえ」
こちらの苛立ちを察したように、痛いところを衝いてきた。駒井はフライドポテトにも、ケチャップをつけて食べている。
「作戦会議なんか時間の無駄だよ」
「わかっていますよ、そんなこと」
麻子は冷めかけたピザの一切れを食べ、口のまわりを紙ナフキンで拭う動作を何度も続けた。
脂の旨味が、すきっ腹に染み入るようで、食べ始めたら止まらない。
そして、なぜだか再び、柚季の背中が蘇る。
彼にはジャンクフードが似合う気がした。駒井のように豪快にかぶりつき、フライドポテトを数本まとめて口に入れる彼の様子が目に浮かぶ。
白いご飯に味噌汁と漬物、豚肉の生姜焼きとマカロニサラダといった、どこにでもある家庭料理は、そぐわない。
羽藤のカウンセリングがあった日は、畑中と三谷が帰ったあと、駒井と二人で事務室で、夕食をとるのが習慣になってきている。
駒井は「どうせ僕も食べるんだから」と、麻子の分までデリバリーを頼んでくれている。
今夜はMサイズのピザを二枚と、ナゲットとフライドポテト。麻子が「サラダも頼みましょうよ」と、駒井に苦言を呈したら、「そんなに食べられないよ」と、眉尻を下げていた。
子供のような言い分に呆れはしたが、緊張感を伴う時には食べたいものを食べるに限る。
ピザが届くと、駒井は畑中のデスクの椅子に腰かける。
麻子は畑中の隣の、非常勤のカウンセラーのデスクに座る。
駒井は畑中のデスクに積まれた結婚関係の雑誌やカタログを、ずずいと端に寄せていた。
「羽藤君の面談だけど」
ピザの一切れを取って大口を開けた駒井は、嬉し気に咀嚼した後、切り出した。
「交代人格に主体性が出てきたね。春人君。日菜子さん。彰さん。主人格の羽藤君。ホーストコピーの柚季君。春人君が一番年下で、彰さんが一番上かな」
「文献では、ホーストコピーは、主人格に敵意を向けやすいとの報告がありました。羽藤さんの、初期のカウンセリングを混乱させていたのも彼です」
「自分にも、言いたいことがあるからなんじゃないのかな」
「羽藤さんやカウンセラーを攻撃するのは、敵意というより、注目を引きたいからなんでしょうか」
「いいや、敵意だ。凄まじいほどの敵意を柚季君は向けている。そうでもなければ分身なんかにならないよ」
駒井はナゲットにも手を伸ばす。ケチャップを、たっぷりつけて、かぶりつく。
「長澤さんも、冷めないうちに食べなさいよ」
「でも、先生。主体性が育成されつつあるのなら、柚季が羽藤に抱く敵対心も、増長されると言うことですか?」
「そうなるね」
麻子は高カロリーの夕飯を楽しむ駒井に、時々イラつく。答えを知っているくせに、教えてくれない意地の悪さを感じていた。
「カウンセリングは出たとこ勝負だからねえ」
こちらの苛立ちを察したように、痛いところを衝いてきた。駒井はフライドポテトにも、ケチャップをつけて食べている。
「作戦会議なんか時間の無駄だよ」
「わかっていますよ、そんなこと」
麻子は冷めかけたピザの一切れを食べ、口のまわりを紙ナフキンで拭う動作を何度も続けた。
脂の旨味が、すきっ腹に染み入るようで、食べ始めたら止まらない。
そして、なぜだか再び、柚季の背中が蘇る。
彼にはジャンクフードが似合う気がした。駒井のように豪快にかぶりつき、フライドポテトを数本まとめて口に入れる彼の様子が目に浮かぶ。
白いご飯に味噌汁と漬物、豚肉の生姜焼きとマカロニサラダといった、どこにでもある家庭料理は、そぐわない。
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