たましいの救済を求めて

手塚エマ

文字の大きさ
上 下
113 / 151
第十一章 崩壊

第三話 交代人格の主張

しおりを挟む
 その日の面談は、最初からあきらが来て、彰が帰った面談に終始した。
 なかなか主人格との対話が出来ない。
 麻子は焦り始めていた。大量に食べて吐き出す羽藤の摂食障害は、最優先で対応するべき問題だ。

 欧米式では、こういった場合、カウンセラーが話をしたい人格を呼びつける。
 羽藤と話がしたいのだから、彰には黙ってくれと言い放つ。
 自我の輪郭が強靭で、自己主張は権利だという国々での多重人格障害者は、黙っていろと言われたら、再び主張のチャンスを狙って待つ。
 
 そして実際、再び主張を始める。

 しかし、それが日本人に通じるかどうかは疑問に感じた。

 引っ込んでろと言われたら、二度と姿を見せない気がした。日本人の多くは主張が出来ないからこそ、心を病むのだ。

 事務室に戻った麻子は白衣を脱いでロッカーに入れた。
 給湯室でインスタントのコーヒーを濃いめに入れて、マグカップを片手にしながら自分のデスクに戻っていく。今夜は十一時から、柚季の面談が控えている。

 途中で畑中のデスクが視界に入る。
 無視したいと思えば思うほど、かえって目が行く。案の定、これ見よがしに結婚式に関する雑誌や、指輪のカタログなどが山積みにされている。 

「デスクに雑誌を置くなんて。もうすぐ退社ですけども。受付の引継ぎ準備とか、やること一杯あるでしょうに」

 麻子の視線に気がついたのか、三谷が憎々し気に声を張る。

「今週末には二人で挨拶に行くそうですよ。畑中さんの実家の方に」
「畑中さんに常識は通用しないんじゃないですか?」

 畑中をこき下ろしたい三谷をいなして、麻子はデスクの椅子を引く。
 三谷は二人に罵詈雑言を浴びせてやろうとしたのだろうが、麻子の中ではその時期はもう過ぎている。

 新居を構えるとなれば、自分が通ったあのマンションから圭吾は出ていく。
 だとしたら、知らない所で勝手に幸せになってくれとだけ、思っている。

 それより今夜の面談だ。

 アメリカで、多重人格障害者の少女を自殺に追い込んだカウンセラーに、柚季が会いに来るのだろうか。
 椅子に座り、デスクに両肘をつき、マグカップに口をつける。
 麻子の脳裏に先週の、最後に見た柚季の後ろ姿が蘇る。

 ふとした隙に姿を消したりしなかった。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

主婦の名和志穂は昨夜のことを思いだす

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

III person Diary 儀式殺人事件の謎&追求&真実 

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

私の日常

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:111

社畜冒険者の異世界変態記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:120pt お気に入り:3,380

「青春」という名の宝物

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

輪廻のモモ姫

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...