たましいの救済を求めて

手塚エマ

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第六章 警告

第四話 名付け親

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 問われた彼女は俯き、思案に暮れる顔になる。
 自分に名前があることを、想像できないのだろうか。

「可愛い感じがいい? カッコいい感じがいいのかな」

 一見、『可愛い』を演じる女子高生。
 大人を茶化したり、ちょっとしたことで拗ねてみせたり、いじけて気を引く小悪魔的な美少女だ。
 かと思えば、隷属的な立場を甘んじて受け入る。

 気勢を張り、極端に低い自己評価を隠蔽《いんぺい》する。
 肩肘張った孤独な少女だ。

「……どっちがいいのかな」
「それはね。私が決めることなのよ。名前は誰かがその子の幸せな未来を願って付けるのよ」

 主体性のなさを露呈ろていした交代人格に、麻子が返す。
 彼女は小首を傾げ、瞬きが早くなる。
 名前なんていらないと、突っぱねられたりしなかった。

 外見は、短髪黒髪でボーイッシュ。
 羽藤柚希として来院したため、グレーのダッフルコートにシャツとカーディガンとジーンズ、黒のスニーカー。
 よく見れば、リュックのポケット辺りに赤のラインが入っている。

 その赤に合わせたかのような、カーネリアンレッドの一粒ピアス。
 統一感があり、それでいてピアスが『少女』を主張する。

 服装は、パーソナリティを知る上で重要なコンテンツ。
 ちぐはぐさを感じさせない知的な一面を垣間見る。

「和風な感じがいい……、かも」

 五分ほどして絞り出すように口にした。

「和な感じ?」

 思わず問い返した麻子は内心しまったと、心臓をぎゅっとすくませる。

 一時期流行ったキラキラネームや、アニメのヒロインにありそうな名前にしたがる気がしたからだ。
 カウンセラーは、クライアントと歩幅を合わせる同行者。
 先走って牽引したり、予測をしたり、誘導したりはNGだ。麻子は、しでかしがちなミスに一瞬ひやりとした。

「和風なアニメや漫画が多いからかな」

 麻子は交代人格の『和風がいい』との呟きを肯定した。あなたは非常識ではないのだと。

「何か思い浮かんだ感じとか、ある?」
「……わかんない」
「そっか。じゃあ、私が思いつく名前を書き出してみようかな」

 さばけた口調で、それでいいかと目顔で訊ねた。
 迷走しかけた空気を軸に戻し、麻子は足元のA4サイズの鞄から出したスケッチブックとペンをテーブルに置く。

 クライアントが『今、ここ』での自分を言語化しにくいと感じた場合、スケッチブックとクレヨンや蛍光ペンなど用意して、好きなように描いてもらう。
 黒一色で塗りつぶしたり、多色使いで渦を描いたり、何も書かれなかったりする中で、クライアントの心情を共有し、クライアントは自分自身と向かい合う。

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