49 / 151
第六章 警告
第二話 四人目と五人目
しおりを挟む
交代人格が脱いだコートを丸めて腿の上に置く。ジーンズの足元が、きゅっとした内股になる。
リュックサックをごそごそ漁り、何かを取り出す。
癖のない黒髪を耳にかけ、小首を傾げてピアスをする。
一粒タイプのカーネリアンレッドのピアス。
羽藤の可もなく不可もなくといった服装に、自然に溶け込む赤いピアス。
中性的な顔立ちで横顔の輪郭が美しく、十七歳にしては華奢な 体躯の彼だからこそ調和が保てるアクセサリー。
羽藤はいつも髪で耳が隠れていたため、気づけずにいたピアスのホール。
彼女はそれを見せつけた。
「びっくりした?」
肩越しに振り向いた彼女に茶化される。してやったりといった目つきだ。
子供っぽい。
麻子の脳裏に浮かんだ熟語は子供っぽい、だ。
第三の交代人格ほど闇深くはない、天邪鬼。つまりは小者だ。
「先生って、ここには多重人格の治療ができる人がいないから、押しつけられちゃったんでしょ? かわいそう」
「押しつけられたりしてないわ」
麻子は落ち着いて答えると、テーブルに戻り、席に着く。
彼女は気弱な彼の、何に対して腹を立て、出現したのか。どういう意味で使えないのか。
そして、その感情と考えは、他の交代人格の総意でもあるのか。訊ねるべきは三点だ。
彼女はリュックから出したガムを、くちゃくちゃ噛み始めている。
椅子を引いて背もたれにだらしなくもたれかかり、足を組み、リュックから携帯も抜き出そうとしていたが、麻子はそれを軽く 咎める。
「面談中は携帯をマナーモードにして下さい。あと、飲食も禁止です」
「あー、そうなんだ。言ってたっけ? そんなこと」
「わざわざ言わなくてもいいことまでは、言いません」
同性同士がカチ合うと、どうしてもどちらか一方が、マウントを取りたがる。
カウンセラーがクライアントにマウントされたら、面談が成り立たない。
規制線を張るのは態度ではなく、言葉で行う。
面談中にムキになったり、顔つきや口調に感情を含ませたりなどしない訓練は受けている。
当然のことを当然だと言うまでのこと。
それ以上でも以下でもない。
「恐っ! 先生、マジで恐っ!」
「そうですか。よく言われますよ。恐いって」
和やかに微笑む麻子を、彼女は疑い深い目で凝視する。
誰の許しもなく、気まぐれに触ろうとする人間を、野良猫が警戒する目だ。
リュックサックをごそごそ漁り、何かを取り出す。
癖のない黒髪を耳にかけ、小首を傾げてピアスをする。
一粒タイプのカーネリアンレッドのピアス。
羽藤の可もなく不可もなくといった服装に、自然に溶け込む赤いピアス。
中性的な顔立ちで横顔の輪郭が美しく、十七歳にしては華奢な 体躯の彼だからこそ調和が保てるアクセサリー。
羽藤はいつも髪で耳が隠れていたため、気づけずにいたピアスのホール。
彼女はそれを見せつけた。
「びっくりした?」
肩越しに振り向いた彼女に茶化される。してやったりといった目つきだ。
子供っぽい。
麻子の脳裏に浮かんだ熟語は子供っぽい、だ。
第三の交代人格ほど闇深くはない、天邪鬼。つまりは小者だ。
「先生って、ここには多重人格の治療ができる人がいないから、押しつけられちゃったんでしょ? かわいそう」
「押しつけられたりしてないわ」
麻子は落ち着いて答えると、テーブルに戻り、席に着く。
彼女は気弱な彼の、何に対して腹を立て、出現したのか。どういう意味で使えないのか。
そして、その感情と考えは、他の交代人格の総意でもあるのか。訊ねるべきは三点だ。
彼女はリュックから出したガムを、くちゃくちゃ噛み始めている。
椅子を引いて背もたれにだらしなくもたれかかり、足を組み、リュックから携帯も抜き出そうとしていたが、麻子はそれを軽く 咎める。
「面談中は携帯をマナーモードにして下さい。あと、飲食も禁止です」
「あー、そうなんだ。言ってたっけ? そんなこと」
「わざわざ言わなくてもいいことまでは、言いません」
同性同士がカチ合うと、どうしてもどちらか一方が、マウントを取りたがる。
カウンセラーがクライアントにマウントされたら、面談が成り立たない。
規制線を張るのは態度ではなく、言葉で行う。
面談中にムキになったり、顔つきや口調に感情を含ませたりなどしない訓練は受けている。
当然のことを当然だと言うまでのこと。
それ以上でも以下でもない。
「恐っ! 先生、マジで恐っ!」
「そうですか。よく言われますよ。恐いって」
和やかに微笑む麻子を、彼女は疑い深い目で凝視する。
誰の許しもなく、気まぐれに触ろうとする人間を、野良猫が警戒する目だ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる