たましいの救済を求めて

手塚エマ

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第六章 警告

第二話 四人目と五人目

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 交代人格が脱いだコートを丸めて腿の上に置く。ジーンズの足元が、きゅっとした内股になる。

 リュックサックをごそごそ漁り、何かを取り出す。

 癖のない黒髪を耳にかけ、小首を傾げてピアスをする。
 一粒タイプのカーネリアンレッドのピアス。
 羽藤の可もなく不可もなくといった服装に、自然に溶け込む赤いピアス。
 中性的な顔立ちで横顔の輪郭が美しく、十七歳にしては華奢な 体躯たいくの彼だからこそ調和が保てるアクセサリー。

 羽藤はいつも髪で耳が隠れていたため、気づけずにいたピアスのホール。
 彼女はそれを見せつけた。

「びっくりした?」

 肩越しに振り向いた彼女に茶化される。してやったりといった目つきだ。
 子供っぽい。
 麻子の脳裏に浮かんだ熟語は子供っぽい、だ。
 
 第三の交代人格ほど闇深くはない、天邪鬼。つまりは小者だ。

「先生って、ここには多重人格の治療ができる人がいないから、押しつけられちゃったんでしょ? かわいそう」
「押しつけられたりしてないわ」

 麻子は落ち着いて答えると、テーブルに戻り、席に着く。
 彼女は気弱な彼の、何に対して腹を立て、出現したのか。どういう意味で使えないのか。

 そして、その感情と考えは、他の交代人格の総意でもあるのか。訊ねるべきは三点だ。

 彼女はリュックから出したガムを、くちゃくちゃ噛み始めている。
 椅子を引いて背もたれにだらしなくもたれかかり、足を組み、リュックから携帯も抜き出そうとしていたが、麻子はそれを軽く とがめる。

「面談中は携帯をマナーモードにして下さい。あと、飲食も禁止です」
「あー、そうなんだ。言ってたっけ? そんなこと」
「わざわざ言わなくてもいいことまでは、言いません」

 同性同士がカチ合うと、どうしてもどちらか一方が、マウントを取りたがる。
 カウンセラーがクライアントにマウントされたら、面談が成り立たない。

 規制線を張るのは態度ではなく、言葉で行う。
 面談中にムキになったり、顔つきや口調に感情を含ませたりなどしない訓練は受けている。
 
 当然のことを当然だと言うまでのこと。
 それ以上でも以下でもない。

「恐っ! 先生、マジで恐っ!」
「そうですか。よく言われますよ。恐いって」

 和やかに微笑む麻子を、彼女は疑い深い目で凝視する。
 誰の許しもなく、気まぐれに触ろうとする人間を、野良猫が警戒する目だ。  

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