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第九章 まるで陽気な忘年会

CASE65 アヤセ・ナナミ④

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 季節は冬。
 地球世界とほぼ変わらない日数と四季を持つこの世界でも、そろそろチラホラと雪が降り始める時期である。
 今年も残り一月と少し。モンスター・ハント系のクエストが減少の一途をたどるこの時期は、冒険者ギルド関係者からすると閑散期に当たる。
 冒険者は事前に貯めたお金で自堕落に過ごし、ギルド事務職員たちは仕事納めに書類仕事を片付ける作業を行うのだ。
 
 そして本日。我々リール村冒険者ギルド職員一同は、営業を終了して酒場と化したギルドの中に集まっていた。

「我らがリール村にギルドが出来て半年。本当にゼロからのスタートだったが、みんなよく頑張ってくれた。いや、具体的に頑張っていたのは俺とルーンとアグニスぐらいだった気もしないではないが、それは置いておこう。ともかく、いろいろあったが無事に一年を終えられそうだ。あと少しでギルドも仕事納め。少し早いが、今日は忘年会だ。ギルド予算で思う存分飲んでくれ! 乾杯!!」
「「「「かんぱーい!!」」」」

 そう。我々ギルド職員は、一年の締めくくりとして忘年会を開いていた。しかもタダ酒。飲み食い自由のフリータイム制である。
 冒険者ギルドは、円滑な職務実行のために、職員同士の交友を推奨している。そのため、交遊費と言うものが一定額支給されており、忘年会や新年会などの際はそこからお金が引き落とされるのだ。
 素晴らしきかなタダ酒。しかも今までの忘年会とは違い、今年は参加者の中では俺がトップ。何の気兼ねもなくいつもどおりのテンションで参加できるので非常に気が楽だ。
 ちなみに小規模ギルドであるため、職員は完全に全員参加。ルーン、アグニス、アヤセ。そしてリンシュ直属ではあるが、冒険者ギルド護衛職のジュリアスだ。エクスカリバーだけ未だヴォルフの街から戻ってきていないが、途中参加は出来るそうなのでしばらくすれば来るだろう。

「いやぁ! 冒険者ギルドの制度は至れりつくせりッスねぇ! 前に働いてたブラック会社とは雲泥の差ッスよ!」

 そう言って酒を呷るアヤセ。呷ると言っても、実体がないゴーストである彼女は酒の入っている器を素手で持てないので、ポルターガイストを用いて口元へと運んでいる。そして酒から魔力だけを吸い取ることにより、ゴーストでも酒を楽しめるという具合だ。
 ちなみに魔力を吸い取った酒は、アルコール分と味が完全に抜けてただの水になるようだ。

「そういや、アヤセって会社務めの経験があるんだっけ? でも、最初に来た頃引きこもってたとも言ってた気がするんだが」
「どっちも正しいッスよ? 大学を卒業してブラック会社に就職。精神的に病んで退職後引きこもり、こっちに召喚された次第ッス」
「な、なるほど……色々苦労してたんだなぁ。けど、そんなに違うものなのか? 確かに冒険者ギルドは公務員って呼ばれるくらい待遇は良いんだけど」
「そりゃあもう、天国と言っても差し支えないッス! 安定した給料。社会保障制度。完全週休2日制に有給制度。同僚は優しくおおらかで、上司は気さくなお人ッスから!」

 そ、そこまで言われるとちょっとむず痒い気がするな。

「────一方でかつてのクソ会社は、給与未払いが当たり前。非正規雇用。完全週休0日制にサービス出勤。隙きあらば同僚を蹴落とそうとする仲間に、頭のおかしい上司。ホントあいつらくたばれッス」
「うわぁ……」
「ちなみに自分が辞めた後、会社が自分に対して契約不履行とか言って裁判を起こそうとしたのは腸が煮えくり返る思いでした! あいつらが今目の前に居たら確実に呪い殺す自信があるッス」
「実力的にまじで呪えるから洒落になってない。実際そうなっても同情はしないが」

 世の中には凄まじい会社があったものである。いや、こちらからすると異世界だから別段おかしな話でも無いのか?

 数多くの召喚者によって基礎が作られたこの世界は、先進国並みのシステムを誇っているというのは今更であるが、一方でブラック企業などが持つ負の遺産を引き継いでいないことも説明しておきたい。
 そもそも召喚者とは、大きく分けて召喚者と転生者に分けられる。
 地球世界の体がそのまま召喚されるのが召喚者。コースケやハルカがその例。
 地球世界で死に、この世界の人間として魂が転生するのが転生者。リンシュやエクスカリバーがその例である。
 さて、この大別される召喚者たちは、とある条件で仕分けすることができる。簡潔にまとめると、年齢と前世の幸運度の違いだろう。
 コースケやハルカなどの召喚者は大抵が十代。基本的には高校生あたりが召喚されることが多い。そのため、不幸な経験と言ってもたかがしれている。社会の荒波に揉まれる前にこちら側に来るわけだからな。
 一方の転生者は、二十代を超えた人間が多い。三十代四十代を超えることもさして珍しくなく、大抵は地球世界で爪弾きにされた不幸な連中だ。精神的に病んでいると言っても差し支えない。
 ここで逸れた話題をもとに戻すと、この世界の基礎を作った召喚者とは、圧倒的に転生者が多い。特別な女神特典を持ち、かつ召喚者体質と積み重ねた前世知識によるNAISEIを行う奴が多いからだ。
 つまり、前世で不幸な目に会い苦労した連中が、異世界にやって来てまでブラック企業を作ろうとは思わないだろうという話なのだ。

「でも、そう考えるとアヤセってかなり例外の召喚者だよな」
「? 何の話ッスか?」
「いやな? それだけ不幸だったならトラックに轢かれるなりして転生するのが普通なんだよ。アヤセが単に例外ってだけかもしれないが」
「ああ、いわゆるトラック転生ッスね。でも、さっき言ったとおり自分は召喚直前まで引きこもりでしたから。死に直面する状況なんて陥りようが無かったッス」
「引きこもり中に両親が他界して孤独死した召喚者とか聞いたことあるんだけど」
「自分で言うのはアレですが、引きこもり中も両親との仲は良好だったッスよ? 引きこもった経緯が経緯ですし、逆訴訟に勝って賠償金ふんだくったので、両親には金銭的な迷惑は一切かけてなかったと思います。むしろ同年代の中ではかなり金持ちの方だったッス」

 なんというブルジョワ引きこもり。まあ大変な目にあった対価と考えれば当然か。

「ま、召喚者の性質に関しては学会でも研究中らしいし、そんなに変な話でも無いのかもな」
「とはいえ、自分こっちの世界で死んじゃってますしねぇ。実質転生者と言えなくもないッスよ」
「あー、確かになぁ」

 順番が前後しただけで、実質アヤセは転生者枠なのかもしれない。そもそも、召喚者が死んで自意識を持つゴーストになるという話は聞いたこともないのだ。そのあたり、女神様の加護があったとしても驚きはすまい。

「死んではしまいましたが、結果オーライなのかもしれないッス。忘年会にしても、ブラック糞味噌変態会社の時は強制参加。しかも費用は個人持ちで仕事終わりに参加。飲み終わった後はまた仕事でしたから」
「真っ黒すぎて何も笑えない」
「あ、そう言えば話は変わるんスけど。リール村のギルド職員って、後一人居るんスよね?」
「ああ。エクスカリバーのことだな。少し前まで今季の有給を消化してヴォルフの街でエンジョイしてたんだよ。そう言えば面識がなかったんだな」

 エクスカリバーは夏祭りの後ヴォルフの街へ長期の出張に出ており、仕事が終わった後はそのまま有給を消化していた。祭り直後にギルド入りしたアヤセとは会っていなかったのである。

「うーん……エクスカリバーかぁ」
「なにか問題でも?」
「いえ────聖剣の名前ッスよね? でもその人事務職員なんでしょ? ちょっと意味が分からないッス」
「なんという常識的な思考」

 そうだよなぁ。常識的に考えて剣が事務職やってるって意味不明だよなぁ。ちょっと色々と麻痺してたのかもしれないな。
 だがしかし、あんなのでも一応同僚だ。彼が召喚者であることをアヤセに説明すると、更に眉をひそめてしまった。なぜだろう?

「エクスカリバー……オタク? ウザい──うーん……」
「さっきからどうした? まだ何か気になることでも?」
「えーっと……なんというか。その名前にはあんまり良い思い出が無いんスよ。ちょっと個人的に嫌な思い出が……」


 バンッ!!


 扉が勢いよく開く音がした。そして酒場の人間の視線が集まるその先に、リール村に置いては少し懐かしい面子の姿が見て取れた。

『ふわーっはっはっは!! 聖剣エクスカリバー! 只今堂々の帰還を果たしたでござる!』
「同じくリュカン・ヴォルフ・パーパルディア。我が来たからには安心するが良い。たちまちサトーの家の扉は修復されるであろう」
「そんなことより、早く家に帰るぞリュカン。戦利品の鑑賞会と洒落込みたい」

 リール村名物、オタクトリオが帰還したのである。

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