思いがけず聖女になってしまったので、吸血鬼の義兄には黙っていようと思います

薄影メガネ

文字の大きさ
22 / 32
本編

20 セオドア様のモノ

しおりを挟む
 アヒルちゃんをスピアリング卿に連れて行かれて、小屋に二人きりにされたここ数日、私とセオドア様はまるで本当の恋人のように過ごしていた。

 一日に何度も性交を繰り返していたため、簡易的な寝床ねどこでは事足ことたりなくなり……私たちは自室のベッドをダイニングに移動させることにした。暖炉だんろの前にベッドを置き、そうして最終的にはベッドをソファー代わりに、私たちはそこでまったりくつろぐようになっていた。

 セオドア様に抱かれ過ぎて、替えのお洋服が間に合わなくなった今の私は、セオドア様のシャツを着させられている。ぶかぶかのシャツからは、香油こうゆの良いにおいがした。

 セオドア様の体から時折ふわりとかおる、貴族特有の高価な香油こうゆかおり。
 その匂いを嗅いでいると酷く心が落ち着いて、全身をセオドア様の匂いでつつまれている安心感が眠気を誘う。そうしてぶかぶかのシャツを着ているだけで幸せな気持ちになったのに、私は更にあることに気が付いた。
 自らの腕に鼻を近付け、スンスン嗅いでみる。やっぱり体からも、セオドア様の匂いがした。
 行為ののこだと、こんなにちゃんと分かるくらい、人間のセオドア様に愛されている……。セオドア様の匂いが自分の体にも移っているのを感じて、嬉しさと恥ずかしさに襲われた。

 幸せすぎて怖い。これがずっと続かない、夢の一時ひとときだと分かっている。でも、だからこそ、胸を時折よぎる切ない痛みがあっても、一緒にいられるこの瞬間がいとしいと思えた。私にとっては一生思い出に残る、大切な時間だった。

 セオドア様が私の代わりに家事をこなしている間に、こっそり隠れてシャツの匂いを嗅いでしまったり、セオドア様が作ってくれるご飯を待つ生活。
 もうすっかり、体のだるさは抜けたのに、セオドア様は黙々と家事を続けてくれて……代わりますと言っても、「体を休めていてください」と何度も断られてしまった。

 やることがなくて手持ち無沙汰ぶさたにベッドでゴロゴロしている私を、セオドア様は手がくと必ずかまってくれる。
 胸元に抱いて、優しくキスをしてくれたり、ただ抱き締めて一緒に眠ってくれたり……。セオドア様に甘えて、構ってもらうのを、ゴロゴロベッドで待つ生活。
 それもセオドア様は、私が彼を欲しがっているときが分かるのか、必ず応えて体を重ねてくれる。毎晩深くあそこにセオドア様を受け入れながら、沢山愛されて今にいたるのだが……
 あれ? これって何だか私……すごく、セオドア様に甘やかされている……?

 毎日、絶え間なくセックスをされているから、私の体にはセオドア様に触れられたときの感触がいつも残っている。残された感触と、セオドア様の匂いに包まれて、何だか完全にセオドア様のモノになったような気がした。

「セオドア様……あの、先日もそれ読んでいらっしゃいましたよね?」

 今私たちはベッドの上に一緒に座りながら、のんびり各々好きな事をして過ごしている。ちなみに私はアヒルちゃんの抜け羽が入ったもこもこの外套がいとう修繕しゅうぜんしていて、隣に座るセオドア様は書簡しょかんを手に黙々と目を通してお仕事モード──だったのだが、セオドア様は私に話し掛けられると、書簡をたたんでサイドテーブルに置いてしまった。

「何を読んでらしたのですか?」
「スピアリング卿から頂いた書簡を読んでいたんです。状況はある程度把握はあくしておきたいですから」

 お仕事の邪魔をしてしまったかな? と、気にしていると、頭をポンポンでられた。

「……それって、セオドア様もスピアリング卿とクルポッポでやり取りをしていらっしゃるということですか?」
「ええ、エリカが預かっている伝書どりとは別の鳥を、僕もスピアリング卿から預かっていたんです。おかげでだいたいのことは分かりました」

 セオドア様に丁寧に頭をでられて、気持ち良すぎて目をつむると……壊れ物を扱うように優しく抱き上げられて、セオドア様はその美しい体に私を抱き込んだ。
 女の私より白くなめらかな肌。そのうるわしい胸元で、彼の長い銀髪を指にからめてくるくる遊びながら彼を見上げると、柔らかい笑みを浮かべて見られていた。
 遊んでいたことを誤魔化ごまかすように、そろそろと銀髪を指からはずすと、セオドア様はくすりと笑って私のほほに触れた。その整った唇に、しっとりと深く、唇を重ねられる。

「んっ……」

 最初のディープキスは呼吸困難になりかけて、受け入れるだけで精一杯だったのに……。セオドア様にキスされることに私が大分だいぶ慣れてきたことを、セオドア様も感じているようだ。段々とキスの時間が長くなっている気がする。
 そうして舌をからめて、甘いキスをされている合間あいまに、ふと思った。そう言えばセオドア様、エッチをしているときはもっと年相応としそうおうの青年……少年のような口調をされるのに……
 セオドア様はこうして普段、私と話をするときは、元の丁寧な口調に戻られてしまう。エッチのときの、あの話し方が、本来のセオドア様なのかもしれない。それを私に少しでも見せてくれたことが、たまらなく嬉しい。

「もしかして小屋に来て最初の頃、ご飯のときにいなくなっていたのは……クルポッポでやり取りをしていたからですか?」
「はい。すみません、話すのが遅れてしまいましたね。……それに、どうということもないのですが、あの時の僕はジッとしているよりも、多少歩いている方が落ち着いたようなので……」
「……!」

 記憶を失っているのに、セオドア様はいつも全然動じたふうを見せないから、平気なのだと勝手に思い込んでいた。けれど……そんなわけなかった。お散歩はセオドア様なりの対処法だったらしい。
 いくらしっかりしていても、不安がないなんてこと、あるはずがなかったのに……

 罪悪感に申し訳なくなって、セオドア様の手を取る。私の好きな彼の手からは、やはり人間と同じぬくもりは感じられなくて、でも……
 どうしようもないくらい、すごく好き。

「大丈夫ですよ、セオドア様。スピアリング卿が動いてくれています。それに私も……必ずセオドア様を家族の元へお返し致しますから」
「家族……」

 記憶が戻って、セオドア様が私の事を忘れてしまったら、そのときは……セオドア様はリアードの元へ戻る。そして私はもう、セオドア様の視界には入れてもらえなくなる。

 寂しいなと、思ってしまった。
 でも覚悟はできている。それを承知の上で私は抱かれたのだから。
 本来のセオドア様は私のことを妹だなんて思ってもいないし、認めてもいないはず。
 そして、本来のセオドア様は私のことなど愛していない。
 でも今の、記憶を失っている人間のセオドア様に優しくされて、嬉しいと思ってしまった。
 
 バカだなと思う。私を視界に入れてくれる人間のセオドア様は、記憶が戻ったら私を愛してくれたことなど、綺麗さっぱり忘れてしまうのに…………私は彼を、愛してしまった。

 セオドア様の記憶が戻ったとき、記憶喪失のときのことは覚えていない。忘れてしまうという院長先生から聞かされていたお話。
 もし何かのタイミングで記憶を取り戻したなら、リアードの元にセオドア様をお返ししなければ。私はセオドア様に、家族の元に戻すとお約束したのだもの。

 そしてこのセオドア様と過ごした時間は夢の一時ひとときとしてかたらず、私はずっと……セオドア様とリアードを遠くから見守っていよう。
 でもその前に、どうやって彼から離れようか、そればかりが頭をよぎぎる。
 しかしそうして、セオドア様の腕に抱かれながら、彼の胸元で思案しあんしていたら……セオドア様が私の腰に回していた腕に力を入れて、優しく私を引き寄せた。

「今回の件が片付いた後も、僕は君を離すつもりはありませんよ」
「っ!」

 ドキッと心臓が跳ね上がる。
 まるで心を読まれているような、隠し事に気付いているような言葉に、セオドア様はもしかしたら記憶が戻っているのでは? という不安にられて、私は思いきって聞いてしまった。

「セオドア様……もしかして記憶が戻っては……」
「残念ながら僕の心は人間のそれです」

 ……そうよね。記憶が戻っていたら、本来のセオドア様は私を離すつもりはないなんて言わないわ。でも、あんなに沢山エッチしたのに……やっぱり私みたいに半端な聖女では、効果は薄いのかもしれない。スピアリング卿、ごめんなさい……
 少し落ち込んでいると、セオドア様がうつむきがちな私のほほに手を添え上向かせた。

「静かですね。先程からいったい何を考えているのですか?」

 少し心配しているようなセオドア様の顔。けれど私はその疑問に答えず、にっこり笑って彼の胸元にほほ頬を寄せる。甘えると、セオドア様が怪訝けげんに眉をひそめながらも、頭を優しくでてチュッとひたいにキスをしてくれた。

 そういえば、悩ましいことがもう一つあった。私は彼を前にすると、彼に少し触れられたり優しくされただけで、行為中のことを思い出してしまうのだ。まるで守られているような、それでいて生々なまなましい、彼をあそこに受け入れているときの感覚が鮮明によみがえり、いつも私は顔が熱くなってしまう。
 話の途中なのに、抱かれたときの感触を思い出して赤面せきめんしたのを気づかれたくなくて、私はセオドア様の胸元に顔をうずめた。

「どうしました? どこか具合でも……」

 こちらは先程から動揺しっぱなしなのに、セオドア様はそれを微塵みじんも感じさせない。精神年齢は一緒のはずなのに、少しも慌てふためいたり、動揺した素振そぶりを見せない。器が違い過ぎるのだ。でも、ここまで違うと少し落ち込む。
 そもそも、存在自体が高貴なお方だ。自然と周りから人が寄って来ただろうし、人間だった頃も取り巻きは多かったはず。チヤホヤされない方がおかしいというか……

 だから本来のセオドア様に戻ったとき、私もその他大勢の内の一人としてカウントされるだろうことは、容易よういに想像がつく。
 そう考えると、この御璽みじんも動揺を感じさせない落ち着きっぷりも納得できる。こんな事態が起こらなければ、本来なら私は、眼中がんちゅうにない相手ということも。

「私は……セオドア様の基準を満たしてはいないのです。そしてリアード様の本当の家族ではありません。だから本当はこうして一緒にいることも許されない……」
「エリカ……?」

 これを言ってしまったら、セオドア様と肌を合わせるのはこれで最後になるかもしれない……
 でも、記憶を失っているセオドア様と、ずっとこの関係を続けていける訳がなかった。ゆっくりと、セオドア様の胸元に預けていた体を起こし、セオドア様と目の高さを合わせる。私の様子をさぐる、美しいアイスブルーの瞳が、まっすぐに私だけをとらえている。人間のセオドア様に愛されていると分かるのに。ずっと一緒にはいられない。

 本当はセオドア様から離れたくない。でも、ちゃんと言わなくちゃ……
 さびしさに、胸元で手をぎゅっとする。そして──

「……セオドア様。これが終わったら、また……お義兄様とお呼びしてもいいですか?」

 私の告げた別れの言葉に、一瞬、ハッとするようにセオドア様が止まったように見えた。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...