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第三章~新妻扱編~

079 マタタビの正体と……

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 フェルディナンに無理矢理セックスを強要されて。それもものの数分でダウンしてしまったことがショックで、私は自分の夫がマタタビを手に戻ってきた今も顔を見たくないと怒ってベッドに突っ伏していた。
 
「フェルディナンのバカッ! 嫌い!」
「悪いとは思っているが、俺は謝らないぞ?」
「嫌いだもの! 近づかないで!」
「それは出来ない相談だな」
「――っ! 嫌いなの!」
「そうか」
「だからこないでっ!」
「断る」
「断るじゃないの――っ!」

 何故だろう? 最近はやけにこのコントのようなやり取りが多くなってきた気がする。けれど私は本気で怒っていた。
 何が腹立つって。強引すぎる行為だったのに耐えられずに気絶する位、始終気持ち良すぎたことだ。快楽に飲まれて身体中が総毛立そうけだつなんて。それも今までのエッチだって相当だったのに、あれでフェルディナンがまだ本気を出していない状態だったとは知らなかった。と違う方向に段々とズレていく怒りに私は身体を震わせた。

 なるほど、流石さすがBLボーイズラブが主流の世界。ようは男同士でするエッチと、男女のものとは根本的に体力が違うってことね。

 と、何だか酷く間抜けな結論を出して。それからフェルディナンをチラッと見たら目が合った。――そしてフェルディナンはすかさず口を出してきた。

「月瑠、出てきなさい」
「やだっ!」
「何時までそこにもっている気だ?」
「ず~っと。フェルディナンがいなくなるまで出ない!」
「月瑠!」
「いやっ!」
「……まったく」
 
 意識を失ってから数時間はっていたし、目を覚ましてからもだいぶ時間は経っているけれど、未だに怒りの衝動が収まらない。フェルディナンが私の目覚めるタイミングを見計らって部屋に戻ってきた時には既に、ベッドの上で籠城ろうじょうてっしてふて寝する妻のテリトリーが出来上がっていた。
 なのに、フェルディナンは遠慮することなくずかずかと私のテリトリーに侵入してきた。

「……月瑠」
「やっ!」

 深いため息と共にベッドがギシッときしんだ。

「出てきなさい」
「絶対にいやっ!」

 隣から聞こえてくる声を拒絶して被っている毛布を一層深く引き寄せる。何が何でも出るもんか! と意気込んで小さくまとまっていたらポンポンと毛布越しに上から優しく叩かれた。

「月瑠」
「…………」
「今度は返事もしないのか?」
「…………」
「ああでもしないと君は無理矢理にでも付いてきただろう?」
「どうして? なんでついて行っちゃいけないの?」 
「君は自分の姿がどんなだったか自覚していないようだが……」
「姿って……いったい何のこと?」

 口ごもるフェルディナンの様子が気になって思わずヒョコッと毛布から顔を出す。そうしたら見事に捕まってしまった。

「きゃっ! やだってば~っ! 離してフェルディナン!」

 毛布ごと抱き締められて動けなくされるから顔を隠すことが出来ない。う~と悔しそうにうなってもフェルディナンはくすりと笑って頬をキスしてそれから唇を軽く重ねてくる。これでは完全にフェルディナンの玩具おもちゃだ。

「俺が抱いた後だと、君は妙に色っぽいんだ」
「……それって何かのまちが……」
「間違えではない。それと嘘でもないしご機嫌取りを仕掛けている訳でもない」
「…………」

 私がこれから疑って掛かる予定の単語を全部先に言われてしまった。

「あんなあられもない姿をした妻を他人に見せる義理はないからな」
「……あられもない姿って」

 何の冗談だ? と思ってフェルディナンを見返しても反応は薄い。嘘は付いていないというのは本当で、フェルディナンは本気でそう思っているようだった。

「じゃあわたしはフェルディナンとエッチした後は人と会っちゃいけないの?」
「そうだな。時間を置いてからでないととても他人には会わせられない」
「そ、そんなに? あの、みっともないってことなの?」
「違う。逆だ」
 
 そう言うとフェルディナンは私の身体に巻き付いた毛布をほどいてしまった。スルリと取られた毛布から出てきた私の身体は、薄布一枚を軽く引っかけているだけであとは何も身に付けていない。意識を取り戻してから怒りで頭の中が一杯で服装などに気を遣っている余裕が無かった。とりあえず適当に下着を引っかけて恨み言を延々と考えていたらフェルディナンが戻って来てしまったのだ。

「君は可愛すぎるんだ。他国の、それも仮にも国王だった者に・・・・・・・・・・惚れられては困る」

 フェルディナンは私を強く抱き締め胸元に唇を寄せて優しく口づけてから、そのままの流れで私をヒョイッと軽く持ち上げて自身の膝上に下ろした。

「あの、ちょっと待って。惚れられるわけがないし。そもそもそんなことあるわけ……ってフェルディナン? いますごく大変なこと言わなかった?」

 そう、確かにフェルディナンは今ツェザーリのことを”仮にも国王だった者に”と言った。ツェザーリは全ての獣人の王で獣王として獣人の国を統治している。それを過去の出来事のように話された。

「フェルディナン……?」

 不安に目を細めて顔に暗く影を落とすと、フェルディナンが手慣れた仕草しぐさであやすように背中を優しくでた。

「マタタビをもらう条件を飲んだらそうなっただけだ」
「えっとぉ~フェルディナン? そうなっただけって……そんな簡単にツェザーリ様が王様を退任するようなことにどうしてなるの?」
「獣人達には独自のおきてがある」
「掟?」
「欲しいものは力で奪い取る――それが彼等かれらの掟だ」
「それってつまり、フェルディナンはツェザーリ様と戦ったってこと?」
「……まあな」
「それで勝ったからマタタビを貰って戻って来たんだよね? それがどうしてそうなるの?」

 何がどうなってツェザーリの退任に繋がるのか、どうしても分からない。そう思いながら勝ち取ってきた割にはぞんざいに扱われ、ベッドの上に放り投げるようにして放置されている真っ白な大輪に目をやった。
 今までフェルディナンとの喧嘩ばかりに気を取られて全く視界に入れていなかったそれは、とても綺麗な花で元の世界にある百合ゆりに似た形状のとても大きくて立派な、純白の光り輝く美しい花だった。そして何とも不思議なことに花びら一枚一枚から何故か湯気のようなものがモクモクと上っている。

「持って見るか?」
「うん」

 フェルディナンに渡されたその真っ白な大輪にそっと触れてみる。

「これが、国宝級マタタビ……? それにしても何で花びらから湯気が?」

 不思議そうに数度まばたいて、それから鼻を近づけてみる。

「んっ? それに何だかこの匂いって……――っ!」

 クンクンと匂いを嗅いだ瞬間、衝動的な感覚に襲われて思わず口元を押さえた。

「月瑠!?」

 どうしたんだ!? と普段冷静であまり動じることのないフェルディナンの焦った声が聞こえてくる。突然みまわれた吐き気に耐えられなくて涙目になりながら私は必死にフェルディナンの胸ぐらをつかんだ。

「きっ……気持ち悪っ……吐いちゃ……ぅ」

 それ以上言葉を発すると本当にフェルディナンの胸元で吐いてしまう。代わりに何か受ける物が欲しいと目で訴えると、フェルディナンは私を抱えて早足に部屋を出た。



*******



 フェルディナンの機転でどうにか夫の胸元に嘔吐物を吐き出すという痴態ちたいまぬがれたものの、食堂に置かれている調理用のボールを片手に私は自室のベッドに横たわっていた。
 隣にはフェルディナンが付き添っていてずっと手を握ってくれている。そのベッドの向かい側には私を診療している医師の姿がある。それも少し離れた場所からはイリヤとバートランドがこちらの様子をうかがっているしで。何だか大事おおごとになってしまった。

 今私を診療している医師は突然具合を悪くした私を心配してフェルディナンが急ぎ呼び寄せたのだが。ただ花の匂いを嗅いでちょっと吐き気がしただけだし心配する程のことじゃないと言ったのにフェルディナンはがんとして聞いてくれず。受診するにいたったわけだが。

「これは……」

 妙に深刻そうな顔をして言葉をつむいだお医者様に、実は重度の重い病ですと告げられそうな気がして怖くなった。

「あ、の……?」
「おめでとうございます。ご懐妊です」
「……は?」

 お医者様は先程までの重々しい表情を取り払って晴れやかな笑顔を私に向けた。

 いえ、あの、悪くないならどうしてあんな怖い顔してたんですか? とちょっと八つ当たり気味なことを思いながら。告げられた内容の唐突さに私はついていけなかった。

「お子様がいらっしゃいます」
「…………」
「この様子ですと3ヶ月といったところでしょうか」
「…………」
「マタタビを嗅がれた時に吐き気をもよおされたということですが、それもお腹のお子による影響でしょう。個人差はありますが、妊娠すると匂いに敏感になることはよくあることですので心配はいりませんよ。陛下」

 医師はくすくすと笑ってフェルディナンを見ている。何故かというと医師が私を診断している最中にもフェルディナンは矢継やつばやに「大丈夫なのか?」と狼狽うろたえた様子を見せて質問攻めにしていたからだ。

 王位継承の際に見せた冷酷無慈悲な王の顔。なんの迷いもなくユーリーに手を掛けた一族を諸共もろともに滅ぼしたフェルディナン。怖いという噂ばかりが先に立ち、はたから見ると綺麗で怖い冷徹れいてつな印象ばかりが目立つフェルディナンだけに。その人間性を垣間見かいまみることが出来て医師も驚いたのだろう。そして親しみすら抱いたようだ。この人も人間なのだと。

大事だいじないということか?」
「はい、月瑠様には妊娠の自覚が全く無かったようですが、お腹のお子様も母体も健やかであらせられます。今後も定期的に診断は必要になりますが」
「……そうか。分かった。今後はお前にそれは一任しよう。ご苦労だったもう下がっていい」
「はい」
「それとお前達もだ……」

 フェルディナンは部屋の壁際に待機していたイリヤとバートランドにも指示を出した。

「そうだね。月瑠もフェルディナンもしばらく二人でゆっくりするといいよ。この部屋にはいいと言うまで当面誰も近寄らないように通達は出しておくからさ。とにかく二人ともおめでとう」
「姫様おめでとうございます。今は身体をいたわり無茶はしないで下さいね。あと、今回ばかりはクロス将軍の言うことをちゃんと聞くようにして下さいね」

 放心した頭でボーッとしながらも、イリヤとバートランドに掛けられたお祝いの言葉に何とかコクコクと頷いて返すと、私とフェルディナンだけを残して皆部屋を出て行った。



*******



 白い湯気をモクモクと上らせているマタタビの花びらからは、きたてのご飯の匂いがした。それを嗅いだら急に気持ちが悪くなったのは妊娠のせいだと知らされて、未だに私は自分の身体をどうしたらいいのか。どう反応すればいいのか分からなかった。

 そうして微妙な反応をしてキョドキョドしている私を見ながら、フェルディナンは先程からずっと黙っていた。皆が出て行った時と同じ、隣で私と手を繋いだままの格好で、穏やかな表情を浮かべている。混乱して挙動不審になっている小動物を温かく見守っているようなフェルディナンの視線を感じながらも。私には妊娠しているという実感がどうしても湧いてこない。
 落ち着かない様子で私はチラッとマタタビが置かれている机を見た。もう少し別のことを考えるべきなのに。他人事のような感覚がどうしても抜けず、私は先程と変わらずに白い湯気を出しているマタタビがどうにも気になっていた。

「……フェルディナンお願いがあるの」
「どうした? また気持ちが悪くなったのか?」
「ううん、違うの。あのね、マタタビをもう一度見せて欲しいの」
「しかしあれは……」
「大丈夫! 匂いはなるべく嗅がないようにするから」

 お願い。と、もう一度お願いすると。フェルディナンは私と繋いでいる手を離して、机からマタタビを取ってきてくれた。

「それをどうする気なんだ?」
「うん、これって食べられるんだよね?」
「そうだが……まさか食べる気か?」
「ちょっとだけ! ちょっとだけならいいでしょ?」
「……少しだけだぞ」
「うん!」

 どうやらフェルディナンは私が妊娠しているから身体にあまり刺激を与えたくないらしい。けれども駄目だと規制して私と喧嘩する事態になるのも避けたかったようで。渋々と顔をしかめて承諾してくれた。

 許可が降りて、私はマタタビの花びらのほんの先っちょをちょっぴりちぎって口の中に放り込んだ。
 そして口の中に入れると、ものすごく覚えのある味が口の中に広がった。

「お味噌汁……」
「……月瑠?」
 
 そうか成程。と、私は不思議そうな顔をしているフェルディナンを置いて一人納得してしまった。白い湯気がモクモクと出てくる不思議な花びら。そして匂いは炊きたてのご飯。食べるとお味噌汁の味。つまり国宝級マタタビの正体は”猫まんま”だった。

「フェルディナン、これ……」
「ククル・リリーホワイトに増殖を頼みたいのか?」

 流石さすが私の夫。最後まで言わなくてもフェルディナンは私の考えをしっかり読んでいた。
 駄目かな? と様子をうかがうとフェルディナンに優しく頭をでられる。

「君が望むならそうしよう」
「いいの?」
「ああ、そうしないと君がまた暴走しないとも限らないからな」
「な、何もしないよ?」

 多分、という言葉は飲み込んで誤魔化し笑いを浮かべたものの。きっとその飲み込んだ言葉すらもフェルディナンにはバレている。
 それにしてもだ。子供が出来たと聞いた後の、このフェルディナンの過保護っぷりは……前々から甘いと思っていたけれど、前よりもまた一段と私を甘やかすのに磨きがかかりそうな予感がしてきた。

「……バートランドも言っていたが。そんな身体で無理だけはしないでくれないか? 約束してくれ」

 先程まで散々心配を掛けていた身としては「はい」としか言いようがない。それもとても真剣な表情で言われるとちょっとだけ罪悪感で胸が痛くなる。フェルディナンの心労を思うと申し訳ないとは常々思うものの。好奇心にはどうしても勝てない。だけど今回ばかりは本当に言うことを聞かないといけない気がした。

「約束する。だけど、もう1つお願いがあるの」
「何だ?」
「わたし、フェルディナンが政務に勤しんでいる時もなるべく近くにいたいの。構ってくれなくてもいいの。一緒にいるだけでいいから。傍にいさせてほしいの。フェルディナンのそばにいると安心するし。そうして私がフェルディナンと一緒にいれば、その間は無茶したりしてフェルディナンに心配かけることもないでしょ?」

 お互い安心できるという提案――もとい急に甘えだした私の申し出にフェルディナンは紫混じった青い宝石のような瞳を細めてふっと穏やかに笑った。

「分かった……だから君は身体をいたわってもう寝た方がいい」
「うん、でもフェルディナンは?」
「俺は君が眠るまでここにいる」
「一緒に寝てくれないの?」

 ちょっと寂しくてそう言うと、苦笑したフェルディナンが毛布を押し上げて隣に入ってきた。フェルディナンがそっと身体に手を回した。酷く優しく抱き締められて。何だかやっと、お腹に赤ちゃんがいるという実感がちょっとずつ湧いてくる。

「月瑠……」
「なに?」
「ありがとう」
「……うん」

 私が子供を宿したことを喜んでいるのがその優しすぎる抱擁ほうようから伝わってくる。ちょっと照れくさくてキュッとフェルディナンに抱きつくと背中を優しくトントンされて、その心地よいフェルディナンの腕の中で私は静かに眠りに付いた。
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