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整形(2)流行りの顔
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遺体は、石黒さとみさん。1人住まいの自宅マンションの浴室で、腕の動脈を切って自殺していた。死後2日程度。
モデルとして事務所と契約していたが、なかなか売れず、この1年は仕事がほとんどなかったらしい。事務所の人に訊いたところ、
「華がないというのか」
「何か、地味で」
「同期のさゆみが売れっ子になっただけに、余計に持って行かれた感じでねえ」
という事だった。
本人も必死で、契約を切られる前は、
「どこが悪いんですか。どう直せばいいんですか。さゆみちゃんみたいにすれば売れますか」
と食い下がって来たらしかった。
「その結果が、これか」
石黒さんの顔は、整形でさゆみさんになっていた。
「そこまでしてでも、売れたかったのかねえ」
直もしんみりとして言った。
「さゆみが2人になったところで、売れるわけがないのに」
事務所の人も、溜め息をつく。
モデルやタレントを目指す人は大勢おり、その中の一握りがデビューにこぎつける。そしてその中の更に一握りがそれで生きて行け、人気が出て有名になれるのは、その中の更に一部だ。
それでも、必死に夢を追い、ノイローゼになるほどに追い詰められていたようだ。
「まあ、スタジオに現れたのは、石黒さんの霊で間違いないと考えていいでしょうね」
「良かった。じゃあ、損害賠償とか言われても大丈夫ですよね、もう石黒とは無関係ですから」
事務所の人は、あからさまにほっとした顔をした。
「でも、人気のタイプって時代で変わりますよねえ。今は丸顔が人気とかでしょ?でもほんの少し前は、細くて顎の尖った感じが人気だったしねえ」
「そう、そうなんですよ。目や唇の形もね、流行があるんです」
事務所の人は、嬉々として身を乗り出して来た。
「はあ」
「さゆみは丸顔で目がぱっちりで唇が厚くて小さいんですね。それで首から下は細めで――」
僕は、どこでストップをかけようかと迷い出した。
が、電話が彼の売り込み方の持論の熱弁をストップさせた。
「え、さゆみちゃん?どうしたの――はあ!?捻挫!?それで、ケガは!?――そうか、わかった。向こうにはこっちから連絡を入れておくから」
彼は難しい顔をしながら、電話を切った。
「どうかしたんですかねえ?」
直が訊くと、少し迷ってから言った。
「さゆみが現場に向かう途中、転んで足を捻挫したらしいんですよ。それで、遅れそうだと」
「それは大変でしたねえ」
「それがね、どうも誰かに足を掴まれたみたいだって言うんです。幽霊に」
僕と直は顔を見合わせた。
「とにかく、現場に連絡を……」
事務所の人はそう言って電話をかけはじめたが、事情を話し始めた途端、素っ頓狂な声をあげた。
「はあ!?さゆみが来ている!?」
僕と直とその事務所の人は、その撮影現場に急いで向かう事にした。
「本物のさゆみさんをケガさせて、代わりに仕事に行ったのか」
勤勉さゆえに、というわけではないだろうな。
「そう言えば、さっきのCMですが、どうしてそこに霊が現れたんでしょうね」
すると事務所の人は、
「ああ。最初あの仕事を狙ってたんですよ。でも、今から向かう仕事の方が先に決まったのと、こっちの方が大きいからこっちにしたんですけど、石黒が辞めた時には、さゆみはさっきのCM出演を狙う予定だって事になってたんだと思いますよ。
それに、石黒もCMのオーディションを受けてたんですよ、落ちましたけど」
とあっさりと答えた。
「石黒さんは、あのCMに出たかったんだろうねえ」
直がしんみりとしながら言う。
「気の毒ではあるが、ケガをさせたり暴れたりはやりすぎだ」
「そうだねえ」
穏便に済む事を願いながら、撮影現場に向かうのだった。
モデルとして事務所と契約していたが、なかなか売れず、この1年は仕事がほとんどなかったらしい。事務所の人に訊いたところ、
「華がないというのか」
「何か、地味で」
「同期のさゆみが売れっ子になっただけに、余計に持って行かれた感じでねえ」
という事だった。
本人も必死で、契約を切られる前は、
「どこが悪いんですか。どう直せばいいんですか。さゆみちゃんみたいにすれば売れますか」
と食い下がって来たらしかった。
「その結果が、これか」
石黒さんの顔は、整形でさゆみさんになっていた。
「そこまでしてでも、売れたかったのかねえ」
直もしんみりとして言った。
「さゆみが2人になったところで、売れるわけがないのに」
事務所の人も、溜め息をつく。
モデルやタレントを目指す人は大勢おり、その中の一握りがデビューにこぎつける。そしてその中の更に一握りがそれで生きて行け、人気が出て有名になれるのは、その中の更に一部だ。
それでも、必死に夢を追い、ノイローゼになるほどに追い詰められていたようだ。
「まあ、スタジオに現れたのは、石黒さんの霊で間違いないと考えていいでしょうね」
「良かった。じゃあ、損害賠償とか言われても大丈夫ですよね、もう石黒とは無関係ですから」
事務所の人は、あからさまにほっとした顔をした。
「でも、人気のタイプって時代で変わりますよねえ。今は丸顔が人気とかでしょ?でもほんの少し前は、細くて顎の尖った感じが人気だったしねえ」
「そう、そうなんですよ。目や唇の形もね、流行があるんです」
事務所の人は、嬉々として身を乗り出して来た。
「はあ」
「さゆみは丸顔で目がぱっちりで唇が厚くて小さいんですね。それで首から下は細めで――」
僕は、どこでストップをかけようかと迷い出した。
が、電話が彼の売り込み方の持論の熱弁をストップさせた。
「え、さゆみちゃん?どうしたの――はあ!?捻挫!?それで、ケガは!?――そうか、わかった。向こうにはこっちから連絡を入れておくから」
彼は難しい顔をしながら、電話を切った。
「どうかしたんですかねえ?」
直が訊くと、少し迷ってから言った。
「さゆみが現場に向かう途中、転んで足を捻挫したらしいんですよ。それで、遅れそうだと」
「それは大変でしたねえ」
「それがね、どうも誰かに足を掴まれたみたいだって言うんです。幽霊に」
僕と直は顔を見合わせた。
「とにかく、現場に連絡を……」
事務所の人はそう言って電話をかけはじめたが、事情を話し始めた途端、素っ頓狂な声をあげた。
「はあ!?さゆみが来ている!?」
僕と直とその事務所の人は、その撮影現場に急いで向かう事にした。
「本物のさゆみさんをケガさせて、代わりに仕事に行ったのか」
勤勉さゆえに、というわけではないだろうな。
「そう言えば、さっきのCMですが、どうしてそこに霊が現れたんでしょうね」
すると事務所の人は、
「ああ。最初あの仕事を狙ってたんですよ。でも、今から向かう仕事の方が先に決まったのと、こっちの方が大きいからこっちにしたんですけど、石黒が辞めた時には、さゆみはさっきのCM出演を狙う予定だって事になってたんだと思いますよ。
それに、石黒もCMのオーディションを受けてたんですよ、落ちましたけど」
とあっさりと答えた。
「石黒さんは、あのCMに出たかったんだろうねえ」
直がしんみりとしながら言う。
「気の毒ではあるが、ケガをさせたり暴れたりはやりすぎだ」
「そうだねえ」
穏便に済む事を願いながら、撮影現場に向かうのだった。
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