体質が変わったので

JUN

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赤い靴(2)踊るひと

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 昼間は何も異常が見られなかったので、夜に出直す。
「ああ。いたな」
 若い女性が、熱心に踊っている。ただし、泣きながらだ。
 この女性は、松沢藍香まつざわあいか、19歳。バレエ団の新人で、発表会で初めて大きな役を貰って張り切っていた矢先の事故だったらしい。
 運転していたのは21歳の専門学校生で、スピードが出過ぎていたところに雨上がりで路面がスリップし、歩道の端を歩いていた松沢さんにぶつかったようだ。
 僕と直は、松沢さんに近付き、話しかけた。
「こんばんは」
 変化なし。
「松沢藍香さんですよねえ」
 全く、変わらない。松沢さんは、泣きながら踊り続けるのみだ。
 僕と直は、どうしたものかと顔を見合わせた。聞いてくれない相手に説得もできない。
「松沢さん、ちょっとよろしいでしょうか」
 言った時、松沢さんが小声で呟いているのが聞こえた。

     止まらない 幕が下りない
     赤い靴が やめる事を許してくれない

 その時ヘッドライトが松沢さんを照らし、松沢さんの姿は消えた。今夜の舞台はこれで終わりのようだった。

 アンデルセンの童話に『赤い靴』というのがある。貧しい少女だったカーレンは、赤い靴を手に入れ、大事な養母の世話もせず、葬儀にも出ずに舞踏会へ出かけて行った事で、日夜踊り続けるという呪いにかかってしまう。そして苦しんだカーレンは、首きり役人に足を斬り落としてもらい、義足となるが、赤い靴を履いた切り落とした足は踊りながらどこかへ行ってしまう。
 改心したカーレンだったが、教会に入ろうとするとどこからか現れた赤い靴が入るのを邪魔し、まだ許されていないのだと己の罪を自覚する。ボランティアをし、孤児やシスターの信頼を得たある日、懺悔の祈りを捧げていたカーレンの前に天使が現れ、カーレンは罪を許された事を知って、天に召されて行く。
 バレエにもなっている。
「踊り続ける呪いの赤い靴かあ」
「松沢さんは、責められる事はしていないのにねえ」
「自分で自分に呪をかけたのかな。もっと踊りたい、から、踊り続けなくてはならないって」
「それは、何とかしてあげたいねえ」
 僕と直は、考えた。
「足を斬ったところで解決するとは思えないしな」
「そうだねえ。
 緑色の車は、どうなんだろうねえ?」
 車の前に飛び込んで、車内を覗き込んで睨みつけるという行為は、何を意味しているのか。
「犯人を捜しているとしか思えないけどな」
「死んだことを教えて、もうこの世にいないと言えば、納得するかねえ?」
 僕と直はよく考え、交通課の協力を仰ぎたいと徳川さんにお願いする事にした。





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