体質が変わったので

JUN

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赤い靴(3)終幕

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 松沢さんが現れる時間帯、そこを封鎖する。そして、待つ。
「来た」
 松沢さんが現れた。今日も、苦しい顔で踊り続けている。
「さあ、逝こうか」
 合図を送ると、向こうから緑色の車が走って来る。
 すると松沢さんは、やはり、ハッとしたように車道に飛び込み、車の中を覗き込んで、ハンドルを握る運転手を睨みつけた。
 あらかじめ知っていた交通課員でも、体を固くしてブレーキを思い切り踏みこみ、車はキキキーッという耳障りな音を立てて止まった。
 いつもと違う展開に、松沢さんは車の中を覗き込んだままで、運転席で硬直する交通課員と目を合わせていた。
「あなたをはねた人ではないでしょう?あなたを跳ねた人は、その後車をぶつけて、亡くなっています」
 松沢さんは、やっと僕と直の方を見た。
 直が、そっと札をきる。

     ああ じゃあ どうすれば終わるの
     赤い靴の呪いが解けないわ

 ボンネットの上から、トンと降りる。そして、札を踏む。
「足元を」
 松沢さんは下を向いた。

     靴が……!

 赤い靴は、真っ白なトゥシューズになっていた。
「わあ……!」
 直が札に仕込んだのは靴の色を変えるだけだったが、そこでもっと変化が起こった。いつの間にか、黒いパンツと黒いシャツだったのが、ふわりとしたバレエの衣装になっていた。
 そして松沢さんは泣いてはおらず、きれいに結い上げた頭を上に向け、微笑みを浮かべている。
「はああ……」
 溜め息のような声が、見ていた交通課員達からもれる。
 その中を、松沢さんが、軽やかに踊り出す。呪いの踊りではない。ふわり、ふわりと、羽のように舞う。
 どのくらいそうしていただろうか。松沢さんはきれいにスッと立つと、片足を引いてお辞儀をし、キラキラと光り、形を崩し、上って行った。
 それを僕達は見上げていたが、誰からともなく、拍手が沸き起こった。

 不思議で幻想的な一幕は、犯人の死亡により怒りのやり場が無くなってしまって、未だ悲しみの癒えないでいた遺族の元に届けられた。それで遺族は、松沢さんが無事に成仏したと知り、
「これで楽になりました」
と涙した。
「しかし、凄かったなあ」
 僕が言うと直も頷いた。
「だよねえ。呪いの解ける劇的な瞬間だったよねえ」
「直の札は、やっぱり天下一品だよなあ」
「えへへぇ。照れるねえ。
 でも、靴の色しか、札では変えられなかったんだけどねえ」
「良かったよなあ。
 でも、血で靴が赤く染まっているのを見て、赤い靴を連想して呪を掛けてしまうのは、バレエダンサーならではなのかな」
「あと、本番に向けて練習しなくちゃ、というのも、たぶん直前に考えていただろうからねえ」
「無事に解けて良かったよ」
 僕と直は、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「でも、童話って、意外と大人になってから読んでも面白いよな」
「だよねえ。見方が変わるのかねえ」
「何か、気になって来たな。凜のお土産にもなるし、買って帰ろうかな」
「ボクもそうしようかねえ」
 通りすがりの本屋に僕達は入って行った。
「でも、人魚姫とか眠り姫とか童話シリーズ、もういいからな。面倒臭い」
「だねえ」


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