体質が変わったので

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七夕の短冊(4)成就

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 廊下には、冴子姉と京香さんがいた。
「あ、来た。仕事はもういいの?」
 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡い。
「祓って来た。美里は?」
「分娩室よ」
「あれ?千穂ちゃんはどこかねえ?」
 直の問いに、京香さんが答えた。
「分娩室よ」
 双龍院京香そうりゅういんきょうか。僕と直の師匠で、隣に住んでいる。大雑把でアルコール好きな残念な美人だが、面倒見のいい、頼れる存在だ。
「は?千穂ちゃんも?」
「おやつを食べてたら美里ちゃんの陣痛が始まってね。そばについて、さすったり、一緒に呼吸をしているうちに何か、千穂ちゃんまで産気付いちゃって」
「ある事らしいわよ。看護師さん、ケロリとしてたわ」
 冴子姉と京香さんはそう言って笑った。
「そうなのか」
「あの呼吸法をしてたら、それもありそうだねえ」
 一応納得だ。
 それで、ウロウロ、ソワソワとして、分娩室に人の出入りがある度に立ったり座ったりしていると、冴子姉と京香さんがしみじみと言った。
「これまでもそうやって待ってたのねえ」
「産んでないのに産んだ後みたいに疲労困憊してたわけが、やっとわかったわ……」
「だって、何もできないし、ここからだとわからないし。
 そうだ。今こそタルパを使う時――」
「怜君、やめなさい」
「札、札ですぐに痛みを止めて、子供を何とか出してねえ」
「直君も落ち着きなさい。
 本当にもう。霊を相手にしてる時とは大違いね」
「あ、敬と康介と優維ちゃんは?」
 訊くと、冴子姉が答えた。
「待合室の方で、司さんと康二さんとが見てくれてるわ」
「あの2人もこんな感じだったものね。これが4人になると、鬱陶しいし、病院に迷惑だわ」
「ええ。子供の方を頼んで正解だったわね、冴ちゃん」
「そうよね、京ちゃん」
 呆れた風に冴子姉と京香さんが言った時、兄達が現れた。
「あ、兄ちゃん!」
「怜、直君。まだ?」
 御崎 司みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「うん」
「お仕事ご苦労様!」
 甥の敬が飛びついて来、康介も来る。
「康二さんまで、すみません」
 京香さんの夫の康二さんはおっとりと笑った。
「気にしないで。ぼくだって気になって気になって」
「優維ちゃんのおしめを替えに行ったら2人が見えてな」
「ああ。すみませんねえ、司さん」
 直は優維ちゃんを抱き取ろうとしたが、その時、新生児の泣き声がした。
「え、どっちだ?」
「あ、待て」
 続いて、もう1つ声が重なる。
「あれえ?」
「でも、まあ、どっちも元気ってことじゃ?」
「そうだよねえ?」
 僕と直は、手を取り合って、誰か出て来るのをじっと待った。
 やがて、大きな嵌め殺しのガラス窓の向こうで、看護師が2人、各々新生児を抱いてこちらに見せた。細い手首にはビニールのベルトが巻いてあり、『御崎美里』『町田千穂』と母親の名前が書いてあった。
「おめでとう」
「うわあ、赤ちゃんだあ!」
 敬がガラスにへばりつく。
「優維ちゃんを思い出すなあ、敬。
 優維ちゃんもお姉ちゃんだな」
 康介がそう言って、優維ちゃんを見る。
「ああう?」
「あ、おめでとう、直」
「ありがとう。怜もねえ、おめでとう」
「うん、ありがとう」
「で、やっぱりこうなるのね」
 冴子姉が笑いをこらえるように言うが、仕方が無い。僕と直は、廊下にへたりこんでいた。

 どちらも母子共に健康で、どちらも男の子だった。
「美里。お疲れ様」
「ふふん。もっと労っていいのよ。桃のタルトとかで」
「元気そうで良かった。明日、作るよ」
 僕は笑って、美里を見た。
 何だかんだ言っても、疲れているはずだ。
「よく寝られるような札を用意しよう」
「いいわよ。大丈夫。本当に、聞いてた通りだわ」
「え?」
「何でもない」
 気になる。
「元気に凜が生まれて、怜も無事で、私も無事。お願いが効いたのかしらね」
「うん。あと、照姉とか神様皆にもお礼を言っておかないとな。安産祈願とか健康祈願とかいっぱいしてもらったから。それに凜にもしてもらうし」
「また、宴会しましょ。それに冴子姉達にもちゃんとお礼を言わなきゃ」
「そうだな」
 言いながら、美里の目が、トロンとしてくる。
「もう、寝たら」
「そう?そうね。そうしようかしら」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 凜も今頃は新生児室で、寝ている事だろう。もう家に帰った兄達も、今頃は寝ているだろうか。
 幸せそのものといった寝顔を見る。
 もう、迷わない。この幸せを守りたい。僕は、そう思った。



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