体質が変わったので

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二度の死(2)消える気配

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 北関東の山の中の寒村。ただでさえ人が少なくて出歩く人を見かけないのに、鬼騒ぎで、余計に出歩く人がいなくなっている。
 目撃したのは高校生で、部活で遅くなって急いで帰っていると、道沿いの林の中で鳩の声がしたらしい。
「真っ暗だったし、追われてるような声だったし、何かと思って何となくそっちを見たんです。
 そうしたら、白い着物を着た鬼が、鳩の頭と足を持って、首に噛みついていたんですよ。ビックリしてたら目が合って、鬼はそのまま、林の中に逃げ込んで行ったんです。
 夢かなとか思ってそこへ近付いたら、白い羽が散ってて、赤い血が飛んでて、夢じゃなかったと思ったら震えて来て、駐在さんのところに駆け込んだんです」
 ショックから既に立ち直っているらしい彼はそう言った。
「あなたまで襲われなくて幸いでしたねえ」
 直に言われ、彼は頷きながらも、
「写真を撮っておけば良かったなあ」
と後悔したように言う。
「その場所に行ってみます」
「はっ。ご案内します」
 駐在さんはそう返事をして、高校生に、
「あんまり遅くならないように帰って来いよ。今は特に物騒で、おじさんもおばさんも心配してただろが」
「うん、まあ。でも」
「でもじゃないよ。間違えても、写真を撮ってやろうと探し回るのはもうやめろよ」
 探していたらしい。
「ええ?ユーチューブに――」
「死んでからじゃ遅いだろうが。婆さんも泣くぞ」
「……わかった」
 駐在さんは彼に写真撮影を断念させて、僕と直と3人で彼の家を出た。
「怖いもの知らずというか、考えなしで困ります」
 駐在さんは嘆息する。
「今はやたらと、ユーチューブにアップしたがるからねえ」
「ユーチューブも、いいのか悪いのか」
 そんな話をしながら村はずれに向かっていると、強く線香の匂いのする家があった。
 ちょうどその家から、若い父親と3つか4つくらいの男児が手をつないで出て来る。
「あ、お巡りさん!こんにちは!」
「こんにちは。
 阿武野あぶのさん。少しは落ち着かれましたか」
 駐在さんが話しかける。
「こんにちは。
 まだ、現実感がないというか……。今も、妻は病院に入院しているだけのような……」
 父親は気弱そうな笑顔で答える。
 そんな親子のかたわらに、若い女性の霊が佇んでいた。彼女が亡くなったという奥さんだろう。
「聞いていると思いますが、物騒な事件が起こっていますから、出掛ける時は気を付けて下さいね。
 利之君、一人で出かけないようにね」
「うん!」
 父親と息子は頭を下げて、歩き出した。その後を、霊もついて歩く。
「今の方は?」
阿武野久志あぶのひさしさんと利之としゆき君親子です。奥さんの昌恵まさえさんは長い事、腎臓と膵臓と肝臓と胃に癌があって闘病していまして。ほんのこの前、亡くなって葬式を出したところなんですわ。ずっと食べ物も飲み物もとれず、意識も混濁していて、会話はもうずっとできなかったそうですよ」
 駐在さんはしんみりとして言った。
「そうですか。お気の毒に……」
「まだ若そうなのにねえ」
 何となく、気になる親子だ。
 3人で親子を見送って、気を取り直して目撃現場に向かった。
「ここです」
 鳥の羽毛と乾いたどす黒い血液が、地面に残っていた。
 事件はこれまでに2度。最初は庭先に吊るしていた鳥かごの文鳥。次は鳩。
 文鳥は、朝になって家人が鳥かごが空になっているのに気付き、逃げたのかと思っていたら、庭の隅に食い散らかされた文鳥の死体が落ちているのを見付けた。
 鳩は、高校生に目撃されて逃げ出した後、林の奥で、血を啜り、貪り食ったようで、死体が少し入った所に落ちてあったという。
「鬼の気配はしないな。余程上手く隠形しているか、普段はこの辺りにいないのか」
「夜に食事をするらしいから、夜に注意だねえ」
「文鳥、鳩、か。
 鳥好きならいいが、人にターゲットを移して来たら厄介だ。夜は外出を控えてもらいたいな」
「はい。各家を回って、お願いして来ます」
「お願いします」
 駐在さんに頼み、僕と直は、昼のうちに村の中を見て歩き、近くの山の中を順に歩いてみる事にした。
「山を調べるのは、人手がいるな。人を出してもらおうか」
「そうだねえ」

 そしてC班が来て、一緒に山に調査に入り、近くには鬼が潜んでいる様子が無い事が確認された。
 そして夕方以降、村の中心地近くに位置している駐在所で待機していた。
「出ますかね」
 鍋島さんが心配そうに言う。
「鬼の1匹や2匹、任せとけ!まあ、うん、何とか」
 茜屋さんが言うのに、鍋島さんが、
「出た場合、まずは動きを止めさせるようにしてから近付きましょう。大丈夫。茜屋さんなら大丈夫ですから」
と言う。
「鬼なんて、凶暴そうだよ」
 八分さんが背を丸めて言うのには、
「大丈夫。皆で、まずは動きを止めるようにしてから近付きましょう。係長だっているんだし、気を抜かないでかかれば大丈夫ですよ、八分さん」
と言う。
 鍋島さんが上手く舵取りをしてくれているのでこの班は上手く行っているのだ。
 鍋島さん、ありがとう。
 心の中で鍋島さんに手を合わせていると、その気配がいきなり生じた。
「いきなり?村の中に?」
「召喚かねえ?」
 言いながら、飛び出して行く。
 気配がするのは農家らしい。母屋の脇の小屋のそばに、鬼がいた。白装束で、頭に小さな角が生え、振り向いた口元には牙が見え、少し離れた所で震えている住人を狙うように構えた両手の爪は長く伸びている。
 鬼は僕達に気付くとサッと身を翻し、裏の暗がりへ逃げ込んだ。
「待て――うわあ!?」
 追いかけようとした僕の足に住人がしがみつき、危なくつんのめった。
「お巡りさん、お巡りさん、お巡りさん!」
「あ、大丈夫ですから、ちょっと離して――」
「兎を貪り食っていたんですう!!もう、恐ろしくてぇ!」
「わかりましたから、逃げる!離して!」
 狭くなっている所なので、住人が邪魔で追えない。
「係長!?」
「横から回って!」
「はい!」
「おばあさん、大丈夫だから、ねえ?落ち着いて」
 直が優しく言って、住人のお婆さんに手を離すように言うが、お婆さんは怯えていて、足にしがみつきながら念仏を唱えている。
「逃げられました。済みません」
 鍋島さん達が戻って来る。仕方が無いだろう。
 頷いて見せて、追い付いて来た駐在さんにお婆さんを頼むと目で合図した。
「おばあちゃん、怖かったねえ。大丈夫だからね。家に入ろうか。ねえ」
 駐在さんが言いながらお婆さんを立たせ、玄関に誘導する。
 それを皆で恨めしく見送って、小声で言い合う。
「思わぬ邪魔が入りましたね」
「仕方ないよう。鬼なんて、お婆さんにしたら、本当に怖かったと思うよお?」
「だな。
 僕も驚いたがな。顔面から転ぶかと思った」
「もう少し広い所だったら良かったんですけどね。まあ、お婆さんは無事で良かったです」
 そして、食い散らかされた兎の死体を見た。
「文鳥、鳩、兎。今は人を狙ってた。獲物が大きくなって来たな」
 皆の表情が真剣なものになる。
「次は、確実に人を狙うでしょうか」
「そう思った方がいいねえ」
 八分さんが両肩を抱くようにして小さく体を震わせ、茜屋さんは視線を泳がせるようにしながら辺りを見回す。
「また、気配が消えたな」
「こうなると、山狩りも危険だねえ」
「単独行動は禁止だ。
 本当に、誰かが召喚でもしてるのか、もしくは、鬼化しかかっている途中か?面倒臭いな」
 鬼でない時にはわからないかもしれない。本当に面倒だ。




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