体質が変わったので

JUN

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宅配便(3)再々々配達

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 配達員はドアの前に来て、彼女に向かって言った。
「スズメ急配です。月本様にお荷物です」
「7時から9時って言ってたでしょ?今、9時4分よ」
 僕と直は、唖然とする思いで聞いていた。
「申し訳ありません。あの、サインかハンコを」
 そう言って、封筒を厚くしたようなものを差し出す。
「会社に電話ーーえ、なにこれ!?」
 その表に、何かのシミのようなものがあった。
「ちょっと!」
 彼女ーー月本さんは、声を張り上げた。
 配達員は焦ったように、
「申し訳ありません!どうしよう、どうしよう」
と、それを袖で拭こうとした。
 しかし、却ってそれは広がって行く。
「どういう事よ!どうしてくれるの!?」
「すみません!あれ、どうしてだろう!?」
 ますます配達員は焦り、ごしごしとこする。
 すると、ボタッと音がして、足元に何かが落ちた。血の塊だ。
「え?」
「どうしよう、どうしよう、どうしよう」
「ちょっと、ねえ」
 月本さんは後ずさり、玄関で尻もちをついた。
 僕は溜め息をついた。
「この人は、亡くなっています。この前事故に遭って亡くなった配達員の方でしょう」
「荷物をここに届けようと、死んでもまだ、思っていたんですかねえ」
 配達員の姿は、最初は普通だったのに、どんどんと事故後の姿になって行く。頭は割れ、右半身は血塗れで腕がぶらぶらとし、、足はあらぬ方向を向き、右の眼球が潰れている。
「ヒイッ!」
「こんばんわ。配達員さん。もう大丈夫ですよ」
 彼は、顔を上げた。
「え?」
「荷物は無事に、届きましたからねえ」
「届きましたか。良かった」
 彼は安心したように、溜め息をついた。
「急いでいたんですよ。もう、9時になりそうで。それなのに、そんな時に限って・・・あれ?どうしたんだったかな?隣のダンプが接触しそうになって・・・転んで・・・ええっと・・・」
 思い出そうと、頭を捻る。その拍子に、ボタッと血の塊が落ちた。
「そうだ。事故に遭ったんだ・・・」
 思い出したらしい。
「急いだんだ。月本さんは、時間を3分でも過ぎたらだめだし。時間内でも不在の事も多いのに。道の反対側の歩道で見かけたから、急がないといけないと・・・」
 ぶつぶつと言う彼から離れようとしていた月本さんだが、上手くいかず、玄関に座り込んだまま見上げているだけだった。
 と、その顔が引きつる。
「そうだ。いつもいつもいつも。再配達の時間に行っても、再々配達の時間に行っても、いない。部屋の電気が点いていても出て来ない時がある。それなのに、3分でも時間外だとクレームの電話が入る。
 どうしてですか?」
「ヒイイッ!?」
 配達員は、そこも思い出したらしい。
「配達員さん、落ち着いて下さい。
 ええっと、あなたのお名前は?」
「北川です」
「北川さん。あなたはもう、残念ですが、お亡くなりになりました」
「ですから、仕事の心配もいりません。安心して、逝きましょうかねえ」
「・・・あんなに急がなきゃ、事故に遭わなかったかも・・・」
「北川さん」
 北川さんは、恨みと悲しみと怒りの混じったような目を月本さんに向けていたが、ガックリと肩を落とした。
「・・・そうですね・・・」
「じゃあ、逝きましょうか」
 言って、浄力を当てる。それで北川さんは、静かに光になって立ち昇って行った。
 それを見て、月本さんは大きく息を吐いた。流石に懲りただろうか。
「何よ。死んでからも来るなんて。会社に文句言わなきゃ」
 凝りてなかった。床の上の血も血に濡れた配達物も消え去って、平気になったのだろうか。
「このマンションの大家も悪いわ。この前からあれが来ていたのに、ここへ来る前に何とかするべきでしょ。訴えてやる」
 僕と直は、顔を見合わせて嘆息した。

 駅に向かって歩いていると、宅配便のトラックを見かけた。
「ああいう人、多いのかなあ」
「勝手だよねえ。でも、少なくはないみたいだねえ」
「僕は、絶対に家にいる時間に頼むし、その時間はすぐに出られるようにしてるが・・・」
「ボクもだねえ。ちょっと、わからないねえ」
「あの考え方を変えないと、誰かに恨まれたままだな」
「反省する気は無さそうだったけどねえ」
 さっきの月本さんの様子を思うと、また、溜め息が出た。
「クレームの末にクビになった配達員から刺されない事を祈るくらいか」
 冗談を言って、駆け足で荷物を運ぶ配達員を見やる。
 どうか、受取人がすぐに出て来ますように。



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