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宅配便(2)クレームの多い女
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バス通りから一本入った所にある小さなマンション。築3年だけあって、まだきれいだ。1階の3戸は家族向けで、2LDK。2階、3階は全てワンルームで、各々6戸ずつ。
真ん中に階段と集合ポストがあり、血痕は、この階段に滴っているそうだ。
「毎朝、あるんですよ。だから、住民に見られる前に水で流していたんですけどね」
70代終わりの大家が言う。
「量はどのくらいでしたか」
「量?ポタポタッと、1段に5滴か6滴かな。それが、少しずつ上の段まで伸びて行って、今朝は2階踊り場まで行ってたよ」
「中からじゃなく、外からか」
「良かったぁ。住民にバラバラ殺人の犯人がいなくて」
大家はホッとしたように笑った。
「でも、何かがマンションのどこかに行こうとしているんですよねえ」
直が言うと、大家は笑顔を引っ込めた。
「それは困る。近所の子供からホーンテッドマンションとか呼ばれてるんだ」
「とにかく調査に入りますから。何かあればまたお伺いします」
「よろしく頼みますよ」
大家は言いながら、自宅へと帰って行った。
僕と直は、マンションを振り仰いだ。
「今は何も無いな」
「夜に出直さないとダメかねえ」
「夜にまた来よう」
僕達は、近くの交番に行って話を聞いてみる事にして、そこを離れた。
9時前にマンションに行くと、宅配のトラックが2台止まっていて、配達員が4人、話をしていた。
「血が階段に落ちてるマンションってここだろ」
「それも、あれ、3階に向かってただろ。どこかの部屋を目指してるんだよ、きっと」
「待て、待て。3階なら……?」
「……316?」
「恨みは買ってるよな、確実に」
「ああ。再配達はおろか、再々配達でも指定の時間に行ってもいない事が少なくないし」
「そのくせ、指定時間を3分でも外れたらクレームの電話をかけて来るし」
「あれは異常だよ」
「今日はどうかな。7時から9時って事だけど、取り敢えず今はいない」
「あと10分か」
揃って、腕時計を見て、溜め息をつく。
何だ、と、僕と直は顔を見合わせた。
その時、バス通りの方から、若い女性が歩いて来た。ヒールの高いサンダルとフワフワしたワンピース。メイクは濃い目だ。
「あ、孔雀運輸です。お荷物をお届けにあがりました」
「パンダ便です。お荷物です」
彼らは、ホッとしたように彼女に話しかけた。
その彼女はムッとしたような顔をした。
「……ハンコ、ありませんけど」
「サインで結構です」
「あ、うちも」
彼らは各々小さな箱と紙袋をボールペンと一緒に差し出して、送り状にサインを貰い、控えを取って、荷物を渡した。
「ありがとうございました」
彼女は不機嫌そうに荷物をバッグと一緒に持って、マンションの中に入って行った。
「へえ。部屋番号を確かめるまでもなく渡すとは、よっぽどよく宅配便を使うんだな」
思わず呟いているそばで、彼ら小声で笑っていた。
「今日はラッキーでしたね」
「お疲れさん」
どうも、今の女性は彼らの間では有名らしい。
各々のトラックに乗って去っていくのを、僕と直は何となく眺めた。
「色んな苦労があるんだな」
「そうだねえ」
「まあ、3階に行ってみようか」
「さっきの人が316の人なんだろうねえ。恨みを買っているとかいう」
言いながら、階段を上がって行く。
3階に着くと、さっきの人が端の部屋の前で、鍵をガチャガチャやっていた。
「ああ。やっぱりあの人だねえ」
近付いて行く。316号室。
「すみません。少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか」
言いながら、バッジを提示する。
「警視庁陰陽課の御崎です」
「同じく町田です」
彼女はギョッとしたようだが、とにかくドアを開け、
「どうぞ」
と言いながら玄関に入り、荷物を置いた。
「最近、身の回りに不審な事はありませんでしたか」
「最近?マンションの階段に、血が落ちてるらしいですけど。最初は一階だったのが、ちょっとずつ上に上がって来てるとか。
まさか3階に来るの?」
「それについて、何か心当たりはありませんか」
「無いわよ。
それより、荷物をどうにかしてよ。この前事故でバイク便のドライバーが私の荷物を持ったまま死だのよ。これ、弁償してもらえないの?」
僕と直は目を見交わした。
「ええっと、中身が破損したんですか」
「中身は壊れてはないけど、気持ち悪いじゃない」
ええーっ。
「まあ、それは運送会社と話し合ってみて」
「お祝いだったんですかねえ?」
「違うけど」
「じゃあ、良いんじゃないのかな?」
「うん。壊れてるわけじゃないなら、ねえ」
彼女は不機嫌そうに、口を尖らせた。
何となく、有名なのが分かる気がする。さっきの配達員の言う通り、困った客らしい。
恨みを買っている相手というのは、宅配業者に違いない。
僕と直はそう確信して、頷き合った。
と、その気配が近付いて来るのがわかった。
「ん?来たぞ」
「ちょっと待ってみるかねえ?」
「訪問先を知りたいな」
彼女は怪訝な顔をしながら、
「もういいですか」
と追い出しにかかった。
「ええっと、もう少し。今、血痕の主が近付いて来てますから」
「は!?」
待っていると、階段を上がって来たその気配は、3階に姿を見せた。
バイク便の配達員だった。
真ん中に階段と集合ポストがあり、血痕は、この階段に滴っているそうだ。
「毎朝、あるんですよ。だから、住民に見られる前に水で流していたんですけどね」
70代終わりの大家が言う。
「量はどのくらいでしたか」
「量?ポタポタッと、1段に5滴か6滴かな。それが、少しずつ上の段まで伸びて行って、今朝は2階踊り場まで行ってたよ」
「中からじゃなく、外からか」
「良かったぁ。住民にバラバラ殺人の犯人がいなくて」
大家はホッとしたように笑った。
「でも、何かがマンションのどこかに行こうとしているんですよねえ」
直が言うと、大家は笑顔を引っ込めた。
「それは困る。近所の子供からホーンテッドマンションとか呼ばれてるんだ」
「とにかく調査に入りますから。何かあればまたお伺いします」
「よろしく頼みますよ」
大家は言いながら、自宅へと帰って行った。
僕と直は、マンションを振り仰いだ。
「今は何も無いな」
「夜に出直さないとダメかねえ」
「夜にまた来よう」
僕達は、近くの交番に行って話を聞いてみる事にして、そこを離れた。
9時前にマンションに行くと、宅配のトラックが2台止まっていて、配達員が4人、話をしていた。
「血が階段に落ちてるマンションってここだろ」
「それも、あれ、3階に向かってただろ。どこかの部屋を目指してるんだよ、きっと」
「待て、待て。3階なら……?」
「……316?」
「恨みは買ってるよな、確実に」
「ああ。再配達はおろか、再々配達でも指定の時間に行ってもいない事が少なくないし」
「そのくせ、指定時間を3分でも外れたらクレームの電話をかけて来るし」
「あれは異常だよ」
「今日はどうかな。7時から9時って事だけど、取り敢えず今はいない」
「あと10分か」
揃って、腕時計を見て、溜め息をつく。
何だ、と、僕と直は顔を見合わせた。
その時、バス通りの方から、若い女性が歩いて来た。ヒールの高いサンダルとフワフワしたワンピース。メイクは濃い目だ。
「あ、孔雀運輸です。お荷物をお届けにあがりました」
「パンダ便です。お荷物です」
彼らは、ホッとしたように彼女に話しかけた。
その彼女はムッとしたような顔をした。
「……ハンコ、ありませんけど」
「サインで結構です」
「あ、うちも」
彼らは各々小さな箱と紙袋をボールペンと一緒に差し出して、送り状にサインを貰い、控えを取って、荷物を渡した。
「ありがとうございました」
彼女は不機嫌そうに荷物をバッグと一緒に持って、マンションの中に入って行った。
「へえ。部屋番号を確かめるまでもなく渡すとは、よっぽどよく宅配便を使うんだな」
思わず呟いているそばで、彼ら小声で笑っていた。
「今日はラッキーでしたね」
「お疲れさん」
どうも、今の女性は彼らの間では有名らしい。
各々のトラックに乗って去っていくのを、僕と直は何となく眺めた。
「色んな苦労があるんだな」
「そうだねえ」
「まあ、3階に行ってみようか」
「さっきの人が316の人なんだろうねえ。恨みを買っているとかいう」
言いながら、階段を上がって行く。
3階に着くと、さっきの人が端の部屋の前で、鍵をガチャガチャやっていた。
「ああ。やっぱりあの人だねえ」
近付いて行く。316号室。
「すみません。少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか」
言いながら、バッジを提示する。
「警視庁陰陽課の御崎です」
「同じく町田です」
彼女はギョッとしたようだが、とにかくドアを開け、
「どうぞ」
と言いながら玄関に入り、荷物を置いた。
「最近、身の回りに不審な事はありませんでしたか」
「最近?マンションの階段に、血が落ちてるらしいですけど。最初は一階だったのが、ちょっとずつ上に上がって来てるとか。
まさか3階に来るの?」
「それについて、何か心当たりはありませんか」
「無いわよ。
それより、荷物をどうにかしてよ。この前事故でバイク便のドライバーが私の荷物を持ったまま死だのよ。これ、弁償してもらえないの?」
僕と直は目を見交わした。
「ええっと、中身が破損したんですか」
「中身は壊れてはないけど、気持ち悪いじゃない」
ええーっ。
「まあ、それは運送会社と話し合ってみて」
「お祝いだったんですかねえ?」
「違うけど」
「じゃあ、良いんじゃないのかな?」
「うん。壊れてるわけじゃないなら、ねえ」
彼女は不機嫌そうに、口を尖らせた。
何となく、有名なのが分かる気がする。さっきの配達員の言う通り、困った客らしい。
恨みを買っている相手というのは、宅配業者に違いない。
僕と直はそう確信して、頷き合った。
と、その気配が近付いて来るのがわかった。
「ん?来たぞ」
「ちょっと待ってみるかねえ?」
「訪問先を知りたいな」
彼女は怪訝な顔をしながら、
「もういいですか」
と追い出しにかかった。
「ええっと、もう少し。今、血痕の主が近付いて来てますから」
「は!?」
待っていると、階段を上がって来たその気配は、3階に姿を見せた。
バイク便の配達員だった。
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