体質が変わったので

JUN

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脱落(2)疑惑の兆し

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 相談があると言って来たのは、同期の相馬だった。
「何だろうねえ」
 直が首を傾ける。
 町田 直まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
 退庁時間を過ぎてしばらく待っていると、相馬が現れた。
「ごめんなさいね」
 相変わらず、色気のある美人だ。しかし今日は、表情が硬い。
「いや、気にするな」
「借金とかでも無さそうだしねえ」
 直の冗談にクスリと笑って、相馬は抱えて来たモバイルをテーブルに置いた。
「コーヒー、紅茶、ココア、緑茶、生姜湯、柚子茶。何にする?」
「随分色々と揃えてるのね」
「ここで待機している時くらい、リラックスしないとな」
「ついでに、うちにはマスコット代わりの癒し担当、アオもいるねえ」
 アオはポケットから出されて、相馬を見上げると首を傾けて、
「ピイ」
と鳴いた。
「可愛い。小学生の頃から高校の頃まで、インコを飼ってたわ。
 アオね。よろしく」
「チッ!」
 ホット柚子茶を飲みながら、話に入る。
「ジャーナリスト――というか、週刊誌の記者なんだけど、事故で亡くなったの。野際正高のぎわまさたか、33歳」
 モバイルで写真を出す。
「上谷川議員に貼り付いて追っかけてたらしいんだけど、どうも、ね」
「ただの事故ではなさそう?」
 それに相馬は頷く。
「きな臭いものがあると言って、追ってたらしいわ。で、事故なんだけど。見通しの良い山の緩いカーブのある道路で、後ろからノーブレーキで突っ込まれて、そのまま崖下に押し出されて全身を強く打って死亡。
 居眠りにしてはおかしいし、調査の必要があると思うのに、『いつまで1つの事故に関わってる気だ』ってストップをかけられてね」
 僕と直も、ふうんと考え込んだ。
「ぶつけた車の運転手は?」
「まるで面識も関係も見つからない人。高岡 健たかおか けん、37歳。進行がんで、現在は無職。妻と7歳の娘と5歳の息子がいるわ。
 考え事をしていたら、前方不注意になってたと供述してるの」
「つまり頼みと言うのは、事故現場なりに野際さんの霊が残っていないかを視て、いれば、心当たりを訊くという事でいいのか?」
「そうよ。どうかしら。詳しい事は知らない、私にただ連れて来られただけって言ってくれればいいから」
 相馬が言うのを遮る。
「待った。僕達は上の意向とかに興味はない」
「成仏できない人がいるかも知れないと聞けば、行くのは当然だしねえ」
「ああ。それに疑問の残る事件を放って置くのは警察官のする事じゃない」
「ましてや同期の頼みとあらばねえ」
「ありがとう」
 相馬はホッとしたように肩の力を抜くと、柚子茶を啜った。

 現場は、緩いカーブの続く山道で、居眠りはあり得ない。それに、カーブを曲がってすぐのところに前の車がいた、というのもおかしい。見えていた筈だ。
 そんな道を通って着いた現場には、途切れたガードレールに花束が供えられていた。
 覗き込むと、岩がゴロゴロとしており、車が落ちたと一目でわかるところには、車の燃えた痕があった。
「ガソリンが漏れて引火したのかねえ」
「大事故だな」
「で、どう?」
「ここにはいないな」
「高岡に憑いているかも知れないねえ」
「ドライブレコーダーとかは?」
「付けてなかったの」
「じゃあ、防犯カメラとかはどうかねえ?」
 少し先のカーブに設置してある。
「調べたはずよ」
「……もみ消しとか、無いだろうねえ」
 相馬は少し考えて、
「私が調べてみるわ」
と言った。
 
 しかし結果から言うと、『事故に関するものは映っていなかった』として、もう上から録画が重ねられていた。
 そして視に行くと、高岡に憑いているわけでもなかった。
「成仏してるのか?」
「職場にも自宅にもいなかったしねえ」 
 僕と直は、ほかにどこか無いかと考え込んだ。
「怜、直!」
 相馬が駈け込んで来る。
 テープが残っていなくて気落ちしていたはずが、妙に元気だ。
「何を見付けた?」
「手前のカーブの所に家があったのを覚えている?」
「ああ、あったな。目撃者か?」
「ええ。あそこはある実業家の別荘でね、あの日、いたんですって。それで、窓から流星群を撮ろうと思って、カメラを回しっぱなしにしていたらしいの。
 とにかく見て」
 僕達3人は、ドキドキしながら、テープを再生し始めた。
 最初はただの、暗い山道と星空だった。
 そう。この日、この方角に流星群が多数観測されると、テレビで言っていた。それで僕も、家から見えないかと一晩中窓の外を眺めていた。
 時々、山道を車やバイクが通る。
「ここよ」
 山道に、車が3台、間隔を開けながら走って来るのが映っていた。やがて最後部の車がスピードを上げて真ん中の車に突っ込み、ガードレールの向こうに押し出すようにして、止まった。
 それから、前の車からスーツ姿の男が出て来て、崖下を覗き込む。
 続いて、ぶつけた車から降りて来た男がフラフラと崖下を覗き込む。その時、崖下で爆発が起こったらしく、明かりが2人を照らした。
 そして2人は何かを二言三言話した様子で、お互いの車に戻り、前の車は走り去った。
「小さくて、顔とかは見えないな。でも、拡大鮮明化はできるだろ」
「それが、これよ」
 写真を出す。それは明かりに照らされた時のもので、片方は高岡、もう1人は、確か――。
「これ、上谷川議員の秘書じゃないかねえ」
「事故ももみ消しも、議員の思惑じゃないのかしら」
 3人で、しばし考える。
「どう攻める?」
 相談を始めた。
 




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