体質が変わったので

JUN

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カーマニア(3)そこにいた

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 再捜査を始め、僕と直は、英介の様子を見に会社へ行った。憑いていないかの確認だ。
「憑いてないな」
「憑いてないねえ」
「でも、部屋に憑いてなかったんだよな?後はどこだろう?」
「ううーん。何か、部屋にその時はあった小物とかかねえ?でも、ううーん」
 何が幽霊の幻覚を見せたのか。それに結理さんが憑いていれば、話は早いのだが。
「まあ、仕方ないな。本来はこういう面倒臭い、地道な作業の積み重ねだもんな」
「そうだねえ。楽ばかり覚えちゃあ、いけないよねえ」
 僕と直は少しだけ反省した。

 英介は、どこにでもいる普通の人、という感じだった。
「お仕事中に申し訳ありません」
 直が言うと、英介は苦笑した。
「いえ、そちらもお仕事でしょうから」
「空き巣は、被害がなくて良かったですねえ。でも、鍵は変えた方がいいですよ。それと、2つにした方がやっぱり防犯にはなりますねえ」
「2つですか。面倒臭いけど、泥棒に入られるよりはましかあ」
「はい。あと、マンションの上の階でも、ベランダからの侵入は少なくないですからねえ。窓の鍵も、忘れずにかけて下さいねえ」
「はい。どうもお手数をおかけしました」
 にこやかに、軽く頭を下げる。
「聞いたんですけど、凄い車に乗ってらっしゃるんだとか。ボクの彼女は車が好きで、聞いたら間違いなく、羨ましがりますねえ」
 その車が早ければだが。
 しかし英介は相好を崩して、喋り始めた。
「彼女さん、車に理解があるんですか。いいなあ。大概の人は、車を買いたい、そんな高い物はダメ、この争いになりますからねえ」
「岩宮さんのところもそうだったんですかねえ?」
「え、あ……まあ、ね」
 認めないわけにはいかないと思ったのだろうか。
「亡くなった妻は、『そんな車、いるの?燃費だって悪いんでしょ?それよりも旅行とかに行きたいわ』と言っては、口喧嘩になりました。
 納車の夜に飛び降りたんですが、1回ドライブに連れて行ってたら、もしかしたら気が変わっていたかも知れないと思うと……」
 そう言って、沈鬱な表情をする。
「まあ、ちょっとしたタイミングだったんでしょうねえ。お気の毒様ですぅ」
 僕と直は殊勝に頭を下げながら英介の表情を観察していた。

 夜になって、報告会をする。
 英介に霊は憑いておらず、部屋にも憑いていない。結理さんの死は『墜落死』であり、書類を見返して見ても、他殺を積極的に疑う要素はない。遺体は足から落ちており、これは自殺に共通しやすい所見になる。
 ただし、車の購入を巡っては夫婦でかなりケンカをしていたという証言もあるし、疑わしくない事もない。
 薬とアルコールを飲んでの自殺という事になったが、血液検査の結果から相当フラフラになっていたらしく、そんな状態でベランダの手すりを超え、飛び降りられたのか、という疑問も、なくはない。
 事故というのも、手すりの高さなどから考えにくい。
「通院していた心療内科の先生は自殺はあり得ると言うし、解剖した先生も自殺って言うから、他に何も出なかったので自殺で片が付いたんですよ」
 桂さんが言う。
「反対に、これが殺人だとしたら、どうなるのかな。薬とアルコールを飲ませて、ベランダから、足を下にして落としたんだよな」
 僕は言いながら、想像してみた。
「小柄で痩せた女性とはいえ、簡単ではないよねえ」
 直が言う。
「目撃者はいないのか」
 資料を見ながら春日さんが言うと、
「夜中で、裏は会社で、誰も見ていませんでした」
と大島さんが答える。
「矢代の話では、奥さんの遺品もほとんどなかったそうだね」
 大池さんが言い、
「薄情です」
と中条さんが憤慨していた。
「もし殺人だったとして、それをどうやって証明しますか?」
 下井さんの問いに、全員が唸る。
 その時、交通課の課員が話しながら廊下を足早に歩いて行った。
「凄い外車だったぞ。それもクラシックカー」
「へえ。それが事故ねえ。見に行こうっと」
 僕達は、何となく顔を見合わせた。
「誰だろ?」
「まさか、ねえ」
「そんなに頻繁にクラシックカーなんて走ってないけど、さあ」
「……」
 一斉に、僕達は立ち上がって、裏の、事故車両を引っ張って来るスペースを目指した。
 レッカー車で持って来られた車のそばには、英介がいた。
「あ、岩宮……さん」
 五日市さんが、辛うじてさんを付けた。
 僕と直は、車に目が釘付けだ。
 ボンネットがクシャッと潰れている。そして車の上に、女の霊が寝ころんでいた。
「……岩宮結理さんですか」
 英介が、ギョッとしたように僕を見た。
 そして霊は、気配を濃くしていって実体化し、顔を上げると車を睨みつけた。
「こんな車、要らないのに」
「え!?」
 英介はその声に振り返り、そして、
「結理!?」
と叫ぶや、後ずさって、足をもつれさせて尻もちをついた。



 
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