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秘密(2)呻くキーケース
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取調室に連れて来られたのは、貝原 健、21歳、無職。ずーっと大学浪人中らしいが、受験すらしていないのでは、ただの無職だ。
「被害者を最初から狙っていたのか」
「……」
「どうしてあの人を狙った」
「……」
枝毛を探したり、椅子にふんぞり返って退屈そうにしたり、ふざけた態度だ。
「奪ったカバンや中味はどうした」
これには、答えなかったが、少しムッとした顔をした。面白くない目にあったか。
「……やられたか」
「チッ」
黒井さんの問いに、舌打ちをする。
やられた。盗られた、取り上げられた、落とした、後は何があるだろう?
「ついてなかったなあ。せっかくひったくったのに、罪だけお前で儲け無しか。骨折り損のくたびれ儲けだな。あはははは!」
大笑いする黒井さんに、怒ったように噛みつく。
「笑いごっちゃねえよ!くそう。上司だからってでかい面しやがって」
「ほう。上司」
しまった、という顔をしてももう遅い。黒井さんが、身を乗り出している。
「誰だ、それ。言えよ。言わねえと、片っ端から接触のあった人物に総当たりすんぞ、こら」
「え!?いや、お、俺が強盗したのは間違いないからいいだろう、別に!」
何を慌てているのか。
「そういうわけにもいかねえよ。取り調べしてるのに、お前、全然協力的じゃねえし」
「言う!ええっと、何だっけ。ああ、銀行からバッグを抱えて出て来るのを見て、『金を下ろして来たんだな』と思ったから、隙を突こうとしてついて行ってた」
「ちゃんと言えるじゃねえか」
貝原は手も無く簡単に黒井さんの前に落ちた。
「バッグと中味は?」
「つ、使った」
「何にどれだけ使ったか言ってみろ」
「メシ!」
「ひったくって20分でか。何をどんだけ食えば使い切れるんだよ、あの辺りで100万も。いい加減な事を抜かしてるんじゃねえよ。温厚なおじさんも怒っちゃうぜ?」
温厚とは思えない笑みを見せつけ、黒井さんは取り調べを続けた。
Nシステムから逃走ルートを見付け、防犯カメラを見て、カバンは、チンピラ風の若い男に横取りされたことがわかった。
なのでその男に会いに行くと、知能犯係の刑事達が張り込んでいるのに遭遇した。訊くと、その防犯カメラの男は須野田満といい、特殊サギの容疑者としてマークしている最中だという。それで、邪魔をするわけにも行かないと、取り敢えず、行った五日市さんと益田さんは戻って来た。
「どうしますか」
「いつ踏み込む予定か訊いて来よう」
言って立ち上がった時、直の声がした。
「ああ、いたいた、怜」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、新人警察官でもある。
何か、霊の憑りついたものを持っている。
「直……それ、何だ?」
「いやあ、質屋の店主に泣きつかれてねえ。持ち込まれた本革のキーケースが、夜になると呻き声を上げるって。
それで行ったら、憑いているのが真中洋二さんでねえ。確か、真中さんに絡んだ事件、やってたなあと思って」
「直、サンキュ!助かったよ。いやあ、憑いてたなあ」
「いやあ、良かったよぉ。役に立って」
喜ぶ僕と直に、周りの皆は、
「霊が憑いていて喜ぶって、うちの係長達、おかしい」
とボソボソと言い合っていた。
だが、無視して、霊に訊く。
「真中洋二さんですか」
「そうだ。あんたも警察か。わしを殺した犯人を捕まえたのか」
霊が言う。
目を閉じ、白い杖をついている。
「申し訳ありません。ここは、隣の署です。
どうしてこのキーケースに?」
「この通り、わしは2年前に緑内障から失明した。犯人が誰だったかなんてわからん。それで、犯人がいきなりわしを刺して、金を奪って逃げようとしたから、亡き妻のくれたキーケースを犯人のカバンに何とか押し込んで、それに憑いたんだ」
「つまり、これを持っていたのが犯人か」
「そういう事じゃな。
それでわしは誰に殺されたんじゃい?」
直が、コピーを差し出す。
「これを買い取りに出した人だって」
そこには、須野田満の免許証がコピーされていた。
「これは……知能犯係にも話をしないとだめだな」
思いがけなく絡み合った事情に、
「面倒臭い」
と、言わずにはいられなかった。
「被害者を最初から狙っていたのか」
「……」
「どうしてあの人を狙った」
「……」
枝毛を探したり、椅子にふんぞり返って退屈そうにしたり、ふざけた態度だ。
「奪ったカバンや中味はどうした」
これには、答えなかったが、少しムッとした顔をした。面白くない目にあったか。
「……やられたか」
「チッ」
黒井さんの問いに、舌打ちをする。
やられた。盗られた、取り上げられた、落とした、後は何があるだろう?
「ついてなかったなあ。せっかくひったくったのに、罪だけお前で儲け無しか。骨折り損のくたびれ儲けだな。あはははは!」
大笑いする黒井さんに、怒ったように噛みつく。
「笑いごっちゃねえよ!くそう。上司だからってでかい面しやがって」
「ほう。上司」
しまった、という顔をしてももう遅い。黒井さんが、身を乗り出している。
「誰だ、それ。言えよ。言わねえと、片っ端から接触のあった人物に総当たりすんぞ、こら」
「え!?いや、お、俺が強盗したのは間違いないからいいだろう、別に!」
何を慌てているのか。
「そういうわけにもいかねえよ。取り調べしてるのに、お前、全然協力的じゃねえし」
「言う!ええっと、何だっけ。ああ、銀行からバッグを抱えて出て来るのを見て、『金を下ろして来たんだな』と思ったから、隙を突こうとしてついて行ってた」
「ちゃんと言えるじゃねえか」
貝原は手も無く簡単に黒井さんの前に落ちた。
「バッグと中味は?」
「つ、使った」
「何にどれだけ使ったか言ってみろ」
「メシ!」
「ひったくって20分でか。何をどんだけ食えば使い切れるんだよ、あの辺りで100万も。いい加減な事を抜かしてるんじゃねえよ。温厚なおじさんも怒っちゃうぜ?」
温厚とは思えない笑みを見せつけ、黒井さんは取り調べを続けた。
Nシステムから逃走ルートを見付け、防犯カメラを見て、カバンは、チンピラ風の若い男に横取りされたことがわかった。
なのでその男に会いに行くと、知能犯係の刑事達が張り込んでいるのに遭遇した。訊くと、その防犯カメラの男は須野田満といい、特殊サギの容疑者としてマークしている最中だという。それで、邪魔をするわけにも行かないと、取り敢えず、行った五日市さんと益田さんは戻って来た。
「どうしますか」
「いつ踏み込む予定か訊いて来よう」
言って立ち上がった時、直の声がした。
「ああ、いたいた、怜」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、新人警察官でもある。
何か、霊の憑りついたものを持っている。
「直……それ、何だ?」
「いやあ、質屋の店主に泣きつかれてねえ。持ち込まれた本革のキーケースが、夜になると呻き声を上げるって。
それで行ったら、憑いているのが真中洋二さんでねえ。確か、真中さんに絡んだ事件、やってたなあと思って」
「直、サンキュ!助かったよ。いやあ、憑いてたなあ」
「いやあ、良かったよぉ。役に立って」
喜ぶ僕と直に、周りの皆は、
「霊が憑いていて喜ぶって、うちの係長達、おかしい」
とボソボソと言い合っていた。
だが、無視して、霊に訊く。
「真中洋二さんですか」
「そうだ。あんたも警察か。わしを殺した犯人を捕まえたのか」
霊が言う。
目を閉じ、白い杖をついている。
「申し訳ありません。ここは、隣の署です。
どうしてこのキーケースに?」
「この通り、わしは2年前に緑内障から失明した。犯人が誰だったかなんてわからん。それで、犯人がいきなりわしを刺して、金を奪って逃げようとしたから、亡き妻のくれたキーケースを犯人のカバンに何とか押し込んで、それに憑いたんだ」
「つまり、これを持っていたのが犯人か」
「そういう事じゃな。
それでわしは誰に殺されたんじゃい?」
直が、コピーを差し出す。
「これを買い取りに出した人だって」
そこには、須野田満の免許証がコピーされていた。
「これは……知能犯係にも話をしないとだめだな」
思いがけなく絡み合った事情に、
「面倒臭い」
と、言わずにはいられなかった。
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