体質が変わったので

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鬼の棲む家(3)家守

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 住宅街の中の一角に、小石川家はあった。広い庭には雑木林かというくらい木々が生い茂り、見るからに古そうな大きな木造家屋が立っていた。由緒正しいというより、陰鬱と言った方がいい雰囲気だ。
「益田さんがいたら、ビクついて仕事にならないだろうな」
 ポツリと下井さんが言う。
 小さな部屋くらいありそうな玄関から上がり、笑子さんの部屋を見たいと言ったのだが、父親が待っているからと、まずは客間に通される。
 どこもかしこも何となく薄暗く、空気自体が重く、粘性を持っているようだ。
 床の間を背に座る男がいた。ギロリと僕達を見ると、
「小石川孝一、参議院議員だ。代表者は?」
と僕達を睨みつける。
「麹町警察署強行犯係係長、御崎です。いくつかお話をお伺いさせて下さい」
「忙しいんだ。手短にしてくれ」
 黒井さんは反抗的な笑みを浮かべ、ドカッと座った。僕達も、小石川氏の対面に座る。
 桂さんが質問を始めた。
「小石川笑子さんは、長女で間違いないですね。お父さんは孝一さん、お母さんは雅子さん、弟さんは孝信君。ご家族は4人」
「ああ」
「最後に笑子さんをご覧になったのは」
「私は……いつだったかな。覚えていない」
「何か変わった事は」
「そういうのは妻に訊いてくれ。
 私は仕事があるんだ。後は任せた。くれぐれも、小石川の家名に傷が付かないようにしろ」
 そう言って、さっさと立ち上がる。
「娘が死んだって言うのに、冷たいなあ」
 黒井さんが言うのに、ジロリと目を向けてフンと鼻を鳴らし、
「そこらの平民にはわからんだろうな」
と言い捨て、出て行った。
「うわあ……」
「結局、俺達を待ってたのって……」
「自分は国会議員だから、それなりに忖度しろよ、と言いたかったんだろうな」
「係長。身も蓋も無い」 
 僕は肩を竦めた。
「小石川さん。お話をお伺いさせて下さい。それと、笑子さんの部屋を見せて頂きたいんですが」
 玄関から戻って来た小石川夫人に言い、くっついていた幼稚園児程度の年の孝信君に先導されて、下井さん、五日市さん、大島さんが客間を出て笑子さんの部屋へ行く。向こうで孝信君への聴取をすることになっている。
「さて」
 桂さんが、聴取を始めた。

 聴取を済ませ、家の中を見させてもらう。薬の類なども要チェックだ。
 そして僕は、家宝の壺だ。
「仏間ですか」
「はい」
 鴨居の上にはグルリと先祖の白黒写真が並び、大きな据え付けの仏壇の横には、壺が置いてあった。
 その壺からは、重く澱んだような昏い気配が漂っている。
「あの壺は」
「家宝ですわ」
「いつ頃からのものとか、謂れなどは残っていますか」
 小石川夫人はうっすらと笑った。
「平安時代にはあったようです。小石川は昔から、辺りを代表する家でしたから」
「……霊が、憑いていますよね」
 小石川夫人は答えず、小さく笑った。

 下井さん達と合流して、情報を交換する。
「孝信君が言うには、笑子さんは両親ともよそよそしく、孝信君も小石川夫人から、喋るなと言われていたそうです」
「薬やタバコなどは一切ありませんでした。持ち物に、特に高価な物もありません」
 キッチンに立って小声でヒソヒソとしていた。
「じゃあ、時々変に眠そうな時があったというのは、これかな」
 下井さんが差すのは病院でもらう薬の小袋で、表に『小石川雅子様』と書かれており、中には、良く知られる睡眠薬が入っていた。
「登校直後って事は、朝食に入っていたんですかね。何で?」
 五日市さんが首を捻り、
「登校途中に、眠くて事故とかにあうかも知れないからか」
と自分で気付いた。
「いつもこのテーブルの上に置いてあったのかな」
 大島さんが言うと、僕達を興味深そうに見ていた孝信君が、
「違うよ」
と廊下から言う。
「へえ。いつもはどこにあったんだ?」
 黒井さんが訊くと、孝信君は流しの上の吊戸棚を指さした。
「水道の上のところのやつの、上の段だよ。お母さんが、いつもイスに乗ってそこから出してた」
 立ってみると、僕でも届かない。イスがいるな。
「お姉ちゃんも、ここからこれを取って飲んでたか?」
「お姉ちゃんは無理だよ。だって、高い所が怖いんだって。イスの上にも立てないから、壁の時計も直せないんだよ。僕は平気だけどね」
 得意そうに言う孝信君に、僕達の目は光った。
「へえ。そうなのかあ」
 その後孝信君は小石川夫人に呼ばれて客間に行き、僕達はヒソヒソと相談した。
「薬は母親が事故を狙って飲ませた可能性が高いですね。後は鬼か。いるのは確実なんだけどな」
「鬼が殺したと証明できますか?」
「鬼じゃ、逮捕できませんよねえ」
「でも、鬼に命じたなら別だしな。
 よし。ちょっと、ひっかけて鬼に襲ってもらおう。強行犯劇団の再演だな」
「は?」
 全員ポカンとして、スマホを取り出した僕に注目した。


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