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守る(3)カメラとフィルムと不発弾
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傾きかけた太陽が見えた。どこかで兄弟げんかの声と、それを叱る母親の声がする。
「間に合った……」
思わずしゃがみ込んだら、最初に着ていた服を着ていた。庭に防空壕は無く、車が留まっている。
「あれって、夢なんか?」
「いや……芋がゆの味も、炎の熱も、しっかりしてる」
揃って、じっと手を見た。
地面を掘り返す。
「何か出てきましたね」
作業員が、穴の中を覗き込んだ。
「箱?」
南雲社長が言う。金属の箱で、幾重にも油紙でくるまれていた。穴から引っ張り上げてさび付いた蓋をどうにか開ける。
「カメラとフィルムですね。どっちも、もうダメにはなってるけど」
作業員は言って、箱から1歩離れた。
途端に、フィルムが光り出し、カメラがカタカタと音を立てる。すると、フィルムからフワリと浮かび上がるように、白い砂浜と打ち寄せる波が現れる。
そこに、若い女性と小さな子供が映る。はなさんと映一君だ。
はなさんは少し恥ずかしそうにしていて、映一君は無邪気に貝殻を拾っている。そして、「はい」とこちらに差し出した。このカメラを回している、勝久さんに差し出したんだろう。ここでカメラは揺れて、手を伸ばすはなさんが映ると、画面がグルンと回って、勝久さんらしき青年と映一君が映る。
音声は無いが、笑い声が聞こえて来るような、いい笑顔だ。
するとそこで映像はぼんやりと薄れて行き、やがて、カタカタという音も止まる。
代わりに現れたのは寄り添って立つその3人の親子で、幸せそうに笑っていた。
「ああ。帰ってこられたんですね」
笑って、しかし、悲し気に穴の方を指す。
「まだ何かあるんですか?」
言うと、作業員が慎重に穴の周囲を調べ、ギャアッと叫ぶ。
「ば、爆弾です!不発弾!自衛隊に連絡しないと!」
「ああ。はなさんは、このカメラとフィルムを守りたいだけでなく、火の熱で、不発弾が爆発するかも知れないと思って、水をかけつづけていたんですね」
はなさんが頷く。
「長い間、ありがとうございます。それと、お疲れ様でした。もう後は、3人で、ゆっくりとして下さい」
勝久さんとはなさんは笑って頭を下げ、映一君は笑って手を振って、3人は光る粒子のようになって、静かに消えて行った。
誰かが、
「ああ」
と溜め息のような声を漏らし、誰からともなく、手を合わせた。
陸上自衛隊による不発弾処理が無事に済み、本格的に暑い真夏がやって来た。
ついでに、天照大御神も十二神将を引き連れてやって来た。暑いから納涼の宴会だと言う。
「大変だったなあ」
「戦時中に行ったと気付いた時は、本当にマズイと思いましたよ」
「無事に戻って来て良かった、良かった。パスをつなぐのも、随分慣れたな。ウチとつないだら、怜からも毎日来れるのに。そうしろ。な」
「照姉は、毎日飲みたいだけなんじゃ」
「ははは、いいじゃないかぁ、怜」
持参した御神酒、伊勢海老、ホタテなどのアテを、兄も含めて楽しく飲んで食べて騒いで、来た時と同じように唐突に帰って行った。
僕、直、兄は慣れていたので親類が来た程度の感覚だったのだが、来合わせた風間さんが硬直し、次に、むくれて面倒臭い事を言い出した。
「どうしてあっちが照姉で、私が風間さんなの?」
「え?いやあ、あっちは命令されてそうなって……」
「冴姉――はちょっとアレね。冴子姉。うん。冴子姉にしなさい」
「あ……うん」
冴子姉は上機嫌で、兄と乾杯しては飲み直していた。
今年の夏は、にぎやかになりそうだ。
「間に合った……」
思わずしゃがみ込んだら、最初に着ていた服を着ていた。庭に防空壕は無く、車が留まっている。
「あれって、夢なんか?」
「いや……芋がゆの味も、炎の熱も、しっかりしてる」
揃って、じっと手を見た。
地面を掘り返す。
「何か出てきましたね」
作業員が、穴の中を覗き込んだ。
「箱?」
南雲社長が言う。金属の箱で、幾重にも油紙でくるまれていた。穴から引っ張り上げてさび付いた蓋をどうにか開ける。
「カメラとフィルムですね。どっちも、もうダメにはなってるけど」
作業員は言って、箱から1歩離れた。
途端に、フィルムが光り出し、カメラがカタカタと音を立てる。すると、フィルムからフワリと浮かび上がるように、白い砂浜と打ち寄せる波が現れる。
そこに、若い女性と小さな子供が映る。はなさんと映一君だ。
はなさんは少し恥ずかしそうにしていて、映一君は無邪気に貝殻を拾っている。そして、「はい」とこちらに差し出した。このカメラを回している、勝久さんに差し出したんだろう。ここでカメラは揺れて、手を伸ばすはなさんが映ると、画面がグルンと回って、勝久さんらしき青年と映一君が映る。
音声は無いが、笑い声が聞こえて来るような、いい笑顔だ。
するとそこで映像はぼんやりと薄れて行き、やがて、カタカタという音も止まる。
代わりに現れたのは寄り添って立つその3人の親子で、幸せそうに笑っていた。
「ああ。帰ってこられたんですね」
笑って、しかし、悲し気に穴の方を指す。
「まだ何かあるんですか?」
言うと、作業員が慎重に穴の周囲を調べ、ギャアッと叫ぶ。
「ば、爆弾です!不発弾!自衛隊に連絡しないと!」
「ああ。はなさんは、このカメラとフィルムを守りたいだけでなく、火の熱で、不発弾が爆発するかも知れないと思って、水をかけつづけていたんですね」
はなさんが頷く。
「長い間、ありがとうございます。それと、お疲れ様でした。もう後は、3人で、ゆっくりとして下さい」
勝久さんとはなさんは笑って頭を下げ、映一君は笑って手を振って、3人は光る粒子のようになって、静かに消えて行った。
誰かが、
「ああ」
と溜め息のような声を漏らし、誰からともなく、手を合わせた。
陸上自衛隊による不発弾処理が無事に済み、本格的に暑い真夏がやって来た。
ついでに、天照大御神も十二神将を引き連れてやって来た。暑いから納涼の宴会だと言う。
「大変だったなあ」
「戦時中に行ったと気付いた時は、本当にマズイと思いましたよ」
「無事に戻って来て良かった、良かった。パスをつなぐのも、随分慣れたな。ウチとつないだら、怜からも毎日来れるのに。そうしろ。な」
「照姉は、毎日飲みたいだけなんじゃ」
「ははは、いいじゃないかぁ、怜」
持参した御神酒、伊勢海老、ホタテなどのアテを、兄も含めて楽しく飲んで食べて騒いで、来た時と同じように唐突に帰って行った。
僕、直、兄は慣れていたので親類が来た程度の感覚だったのだが、来合わせた風間さんが硬直し、次に、むくれて面倒臭い事を言い出した。
「どうしてあっちが照姉で、私が風間さんなの?」
「え?いやあ、あっちは命令されてそうなって……」
「冴姉――はちょっとアレね。冴子姉。うん。冴子姉にしなさい」
「あ……うん」
冴子姉は上機嫌で、兄と乾杯しては飲み直していた。
今年の夏は、にぎやかになりそうだ。
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