240 / 1,046
守る(2)タイムスリップ戦時中
しおりを挟む
壕から出て、その家にお邪魔した。
住んでいるのはさっきの20歳前後の嶋田はなさんと、はなさんの息子さんの映一君。夫の勝久さんは、招集されて海軍にいるらしい。
初めは僕達の身なりに警戒もしていた様子だったが、
「スパイにしては目立ちすぎて間抜けすぎる。訳ありの、どこか良い所のお坊ちゃんかしらね」
と、勝手に納得してくれた。
憲兵に見つかったら面倒だからと、勝久さんの服も借りた。生地がやはり、今のものではない。家具、髪形、その辺を歩く人の服装。
「間違いない。戦中だな」
「はあ。どうしたもんかねえ」
溜め息をついて視線を巡らせば、真先輩は嬉々として本や新聞などに目を落とし、智史は映一君とキャッキャと遊びまわっている。
「2人が異様に溶け込んでるねえ」
「……心配だ……」
再び、揃って嘆息した。
「はいはい。ご飯にしますよう」
鍋を持って、はなさんがリビング――というより、居間に入って来る。
さつま芋が入った雑穀の2分がゆ、という感じだった。
話としては知っていたが、本当にこれだけ?と内心で思いながら、なけなしの食糧をふるまってくれたことに感謝して頂く事にした。
「いただきます」
いつもお弁当の時などに僕と直がするので、智史と真先輩も、今では手を合わせて言うのが習慣になっている。
「美味しいね!」
嬉しそうに、映一君がはなさんを見上げて笑う。
そうか。お父さんが出征していて家にいないから、年の近い、大人に見える僕達がいるのが嬉しいんだな。そうとなれば、智史が一緒に遊んでいた事も、悪い事ではないか。
そして食事は、感謝はしても、満腹にはならなかった……。
映一君は寝かせ、窓に厚手の黒い暗幕を引いて薄暗い電球の傘の下に座る。はなさんは繕い物だ。
「器用やなあ」
「こんなの当たり前でしょ。よっぽどのお坊ちゃま?」
滋賀のホテル経営者の息子だ。まあ、否定はしない。
「今、昭和20年の7月ですよね」
昼間、新聞を見ていた真先輩が、一応確認した。
「そうよ」
「ご主人は出征されて、今、どちらに」
「それは機密だから、教えてもらえないじゃない。ハガキに書いても、検閲で黒く塗りつぶされるだけだし」
ああ、本で読んだな。だからそこがどこかわからないように、そこの気候とかも書けなくて、ただ家族の無事を案じる内容になっていた。
「勝久さんはどこにいるかわからないけど、きっとそこの景色を見て、どんな映画のどんな場面に合うか、考えてるに決まってるわ」
と、ころころと笑う。
「映画がお好きなんですか」
「ええ。だから、息子の名前も映画の映。皆、勝とか利とか栄とかをつけたがるんだけどね。そんな勝久さんが、大好きよ。戦争が終わったら、きっと必要になるからって、カメラとフィルムを地下に隠してあるの。私は勝久さんが帰って来るまで、それと映一とこの家を、守っていないといけないの。がんばらなくちゃ」
はなさんはそう言ってガッツポーズをした。
ああ、そうか。わかった。この家に憑いているのはこのはなさんだ。ずっと、ずーっと、守り続けているんだなあ。
切なくて、泣きそうだ。
智史は既に泣いている。
「何、泣くの」
「いや、ええ話や。ホンマに」
「そうだねえ。勝久さんが無事に帰って来て、親子3人で映画を楽しめる日が、早く来たらいいねえ」
「うん、そうだよ。映画かあ。どんな内容なんだろうね」
「会ってみたいな。勝久さんにも」
しみじみとしたいい雰囲気を破ったのは、空襲警報だった。
はなさんは流石にこの時代の人で、危機管理ができている。防空頭巾を被り、電気を消し、隣の部屋で寝ている映一君を起こして防空頭巾を被せる。
そして僕達は、庭の防空壕に入った。
振動が響き、土がパラパラと落ちる。外の様子がわからないので、余計に不安だ。
どうも僕達の思い描くシェルターとは、耐久度が違い過ぎる気がするのは、気のせいだと思いたい。
「大丈夫か?この上に爆弾落ちたりせえへんの?」
「運ね」
「運……」
呆然と、はなさんの言葉に聞き入った。
と、近くでドーンという音がし、一際揺れが激しくなった。
「だめだ、外を確認しよう」
一番入り口側にいた真先輩が、そうっと壕の戸を開く。広がっていたのは一面の炎だった。付近の人が、バケツを運んだり逃げ惑ったりしている。
「焼夷弾!大変!」
飛び出したはなさんが、防火用水の水をザブザブと家にかける。どう見ても、消せない。焼夷弾なら化学燃料なので、水をかけて消せるものではない。
「はなさん、だめだ。逃げよう。映一君を連れて、逃げよう」
「だめよ!アレを守らなきゃ!」
「命より!?勝久さんは死んでも守れなんて言わないだろ!」
「――!」
「はなさん!」
「映一」
はなさんが映一君に手を伸ばしたその時、上から、ヒュウウン……という音がした。
何かと皆で見上げると、ずんぐりとした、ニュースで見たことのあるシルエットのものが飛行機から落とされて来ていた。
「不発弾の、アレや」
「1トン爆弾」
兄ちゃん――!!
住んでいるのはさっきの20歳前後の嶋田はなさんと、はなさんの息子さんの映一君。夫の勝久さんは、招集されて海軍にいるらしい。
初めは僕達の身なりに警戒もしていた様子だったが、
「スパイにしては目立ちすぎて間抜けすぎる。訳ありの、どこか良い所のお坊ちゃんかしらね」
と、勝手に納得してくれた。
憲兵に見つかったら面倒だからと、勝久さんの服も借りた。生地がやはり、今のものではない。家具、髪形、その辺を歩く人の服装。
「間違いない。戦中だな」
「はあ。どうしたもんかねえ」
溜め息をついて視線を巡らせば、真先輩は嬉々として本や新聞などに目を落とし、智史は映一君とキャッキャと遊びまわっている。
「2人が異様に溶け込んでるねえ」
「……心配だ……」
再び、揃って嘆息した。
「はいはい。ご飯にしますよう」
鍋を持って、はなさんがリビング――というより、居間に入って来る。
さつま芋が入った雑穀の2分がゆ、という感じだった。
話としては知っていたが、本当にこれだけ?と内心で思いながら、なけなしの食糧をふるまってくれたことに感謝して頂く事にした。
「いただきます」
いつもお弁当の時などに僕と直がするので、智史と真先輩も、今では手を合わせて言うのが習慣になっている。
「美味しいね!」
嬉しそうに、映一君がはなさんを見上げて笑う。
そうか。お父さんが出征していて家にいないから、年の近い、大人に見える僕達がいるのが嬉しいんだな。そうとなれば、智史が一緒に遊んでいた事も、悪い事ではないか。
そして食事は、感謝はしても、満腹にはならなかった……。
映一君は寝かせ、窓に厚手の黒い暗幕を引いて薄暗い電球の傘の下に座る。はなさんは繕い物だ。
「器用やなあ」
「こんなの当たり前でしょ。よっぽどのお坊ちゃま?」
滋賀のホテル経営者の息子だ。まあ、否定はしない。
「今、昭和20年の7月ですよね」
昼間、新聞を見ていた真先輩が、一応確認した。
「そうよ」
「ご主人は出征されて、今、どちらに」
「それは機密だから、教えてもらえないじゃない。ハガキに書いても、検閲で黒く塗りつぶされるだけだし」
ああ、本で読んだな。だからそこがどこかわからないように、そこの気候とかも書けなくて、ただ家族の無事を案じる内容になっていた。
「勝久さんはどこにいるかわからないけど、きっとそこの景色を見て、どんな映画のどんな場面に合うか、考えてるに決まってるわ」
と、ころころと笑う。
「映画がお好きなんですか」
「ええ。だから、息子の名前も映画の映。皆、勝とか利とか栄とかをつけたがるんだけどね。そんな勝久さんが、大好きよ。戦争が終わったら、きっと必要になるからって、カメラとフィルムを地下に隠してあるの。私は勝久さんが帰って来るまで、それと映一とこの家を、守っていないといけないの。がんばらなくちゃ」
はなさんはそう言ってガッツポーズをした。
ああ、そうか。わかった。この家に憑いているのはこのはなさんだ。ずっと、ずーっと、守り続けているんだなあ。
切なくて、泣きそうだ。
智史は既に泣いている。
「何、泣くの」
「いや、ええ話や。ホンマに」
「そうだねえ。勝久さんが無事に帰って来て、親子3人で映画を楽しめる日が、早く来たらいいねえ」
「うん、そうだよ。映画かあ。どんな内容なんだろうね」
「会ってみたいな。勝久さんにも」
しみじみとしたいい雰囲気を破ったのは、空襲警報だった。
はなさんは流石にこの時代の人で、危機管理ができている。防空頭巾を被り、電気を消し、隣の部屋で寝ている映一君を起こして防空頭巾を被せる。
そして僕達は、庭の防空壕に入った。
振動が響き、土がパラパラと落ちる。外の様子がわからないので、余計に不安だ。
どうも僕達の思い描くシェルターとは、耐久度が違い過ぎる気がするのは、気のせいだと思いたい。
「大丈夫か?この上に爆弾落ちたりせえへんの?」
「運ね」
「運……」
呆然と、はなさんの言葉に聞き入った。
と、近くでドーンという音がし、一際揺れが激しくなった。
「だめだ、外を確認しよう」
一番入り口側にいた真先輩が、そうっと壕の戸を開く。広がっていたのは一面の炎だった。付近の人が、バケツを運んだり逃げ惑ったりしている。
「焼夷弾!大変!」
飛び出したはなさんが、防火用水の水をザブザブと家にかける。どう見ても、消せない。焼夷弾なら化学燃料なので、水をかけて消せるものではない。
「はなさん、だめだ。逃げよう。映一君を連れて、逃げよう」
「だめよ!アレを守らなきゃ!」
「命より!?勝久さんは死んでも守れなんて言わないだろ!」
「――!」
「はなさん!」
「映一」
はなさんが映一君に手を伸ばしたその時、上から、ヒュウウン……という音がした。
何かと皆で見上げると、ずんぐりとした、ニュースで見たことのあるシルエットのものが飛行機から落とされて来ていた。
「不発弾の、アレや」
「1トン爆弾」
兄ちゃん――!!
10
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる