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序章〜観測者

21. 7 to 3 ratio (7対3の割合)

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 辺りがまだ真っ暗の中、マイクロバスとその横に月斗たちの乗っているバスが停まっている。

 小型とはいえ全長が10m近くあるバスがすっぽりと収まるほど巨大な髑髏どくろは、上顎の部分から入れるの様な状態になっていて、目の位置にあたる穴からは灰色の月が見える以外に夜空には星が全く見当たらない。

 とても静かだった。そして異変があった。

 バスの横に停まっていたはずの赤いクーペと共に一緒にこの世界へとやって来たたちばな 妃音ひめのの姿が見当たらない。

 静寂の中、誰かしらが車のエンジン音で外の様子に気づきそうなものだったが、皆みんな、天道てんどう 京華きょうか能力のうりょくによってぐっすり眠っていたからだろう、橘 妃音と共にマイクロバスに乗っていた園児の1人がその場に居ない事に気付いたのは、ずいぶんと時間が経ってからだった。

 子どもが1人居ない事に気付き取り乱した様子の幼稚園教員の泉 穂波に堂島が声を掛ける。

「泉先生!落ち着いてください!連れられた子は誰かわかりますか?」

「えっ、ええ…」

 偶然なのか?何もわからないこの世界に辿り着いた女性が子どもを誘拐するだろうか?一体何が目的だ?

 堂島 海里は目の前で取り乱す泉 穂波の肩に手を置きながら考えを巡らせていた。

「あの子…の…名前は…えっと…」泉が頭を押さえながらその場にうずくまる。

「名前が…思い出せないんですか…?」

「そんな…いえ、そんな事は…」

「泉先生!とにかく落ち着きましょう」

 3時間程前に、夜になって全員が一斉にバスの中に集まって休息を取った。

 交代で見張りの為にチーム毎で休息を取ることをせずにみんながひとところに集まったのがまずかった。

 天道 京華の魔法のうりょくが上がっていたのもあり、ほんの少しの時間でバスの中に甘い香りが漂うとみんなが一斉に意識を失う様に眠りについた。

 1年の梶曰く、自分自身の魔法のうりょくにかからない術者の天道 京華自身も、魔力を使い果たして意識を失っていたと言うことらしい。魔法を使い過ぎて魔力を失うと意識を失うというのは意外だったが仮に戦闘中にその様な事態が起きた場合、命取りになる可能性がある。自身の魔力量を把握しておく必要があるという事だ。

 京華きょうかの場合、バスの中にいた全員を一瞬で眠りにいざなう強力な魔法のうりょくの為、魔力の消費も激しいと言う事だった。

 それにしても、橘 妃音も同様にバスの中で眠りについていたはずだが、1人だけ魔法のうりょくにかからずにみんなが寝静まるのを見計らって園児を連れ去ったのだろうか?一体何の為に?

「あの?泉先生!その子は最初から幼稚園バスに乗っていたんですか?」

 日向 月斗が泉 穂波に問いかけた。

「???」

「俺、昨日の朝、吹田市の幼稚園児5人を含む7人が行方不明になって10年って言うニュースを見たんです…」

「!!!」

「でもこのマイクロバスには園児が6人いた!」

「ええ!あの時、俺も堂島先生もその事に違和感がありました…」

「ああ、確かにニュースでも何度も消えた7人!といっていたし、週刊誌やネットニュースでもそう伝えられていた。」

「居なくなった子って、黒髪のオカッパ頭の子………ですよね?」

「ええ…」

「やっぱり…」月斗はそう言うと少し黙り込んだあと
「俺と妃音さんが車に乗ってた時、その子が俺たちに近づいて来たんです。」

「!!!」

「そして俺の方を向いていた妃音さんに向かって『ヤットミツケタ』って言ってたような…」

「聞こえたのか?」

「いえ…唇の動きで…そう言ってたような…」

「なるほど…読唇術か…」

「独身術?」

「ああ、唇の動きで喋っている言葉を読み取る方法だ。」

「独身者にそんな能力が?堂島先生もそんな事が出来るんですか?」

「いや、俺は出来ない。」

「独身なのに?」

「独身関係無いだろ!」

「独身術なのに?」

「…少し黙ってろ!」

 堂島は鏡の様なサングラスをクイッとした。

「もしかしたら…逆に妃音さんが連れ去られたって事は無いですか?」

「園児が?大人の女性を誘拐したってのか?」

「いえ…そもそも、あの子ってほんとに、子どもだったんでしょうか?なんていうか、他の園児たちとは雰囲気が違っていて…妙に落ち着いてるっていうか…不思議な感じの…魔法が使えるこの世界なので、子どもに姿を変えた何者かが紛れ込んでいたって事は考えられないですか?」

「……」堂島が黙り込んでいる。

「梶!そういった類の魔法って無いのか?」

「姿を変える魔法ですか…?」

 梶が考えてると運転手の三原が

「シェイプシフター………ほらSFなんかでよく出てくる…スナッチャーとか!」

「???」

「宇宙人なんかが、人間の姿に化けてその人間になりすますやつですよ!」

「宇宙人…?ですか…確かにこの世界が異世界というよりも別の星って考えられなくも無い…」

「堂島先生!こんなに真っ暗なのに星が一つも出て無いのっておかしな事では無いんですか?」

 空は真っ暗で灰色の月だけがぼんやりと輝いている。

「重力も、太陽が昇る周期も地球とは全く違う」

「えっ!異世界転移じゃなくてSFモノなんですか?」

「SFモノって!」

「それこそ宇宙人が紛れ込んでいて妃音さんを拐ったんだとしたら早く助けないと!」

「いや、もしかしたらまだ、この中に姿を変えて紛れ込んでるかもしれません!」

 三原はそういうと被っていた帽子を脱いで自分の髪の毛を抜いてみせた。

「スナッチャーが変身してるか確かめる方法として髪の毛を抜くってのがよくあります!ホラ!私は大丈夫です。」

 皆が周りにいる相手の様子を伺っていると堂島が

「近くにいる人間の髪の毛をお互いに抜いて確かめよう」と提案した。

「いやいや!ちょっと待って下さい!もし髪の毛を抜いた途端に宇宙人が姿をあらわして攻撃されたらどうするんですか?」

「めちゃくちゃ危険だな…」

「大体…映画だと、正体に気付いた人間は真っ先に殺されるしな!」

「いやいや!登場人物が多すぎるなぁーって思ってたんですよ!大体、小説や漫画なんかだと登場人物がたくさんいる場合は次々と死人が出る展開が鉄板なんですから!それが大して進展もないままダラダラと話をしてるだけだったので大丈夫かな?って!」

「登場人物って!」

「堂島先生!多分…ですけど…大丈夫なんじゃ無いですか?」

「???」

「もし死人が出る展開だったとしたら、もうすでに何人か死んでるはずですし…」

「堂島先生!それこそ俺の魔法のうりょくの出番じゃ無いですか?」

 心の声が周りのみんなに伝わってしまう今橋が堂島の肩に手を置いた。

『いや、お前の魔法のうりょくはお前の考えが周りに聞こえるだけやないかい!』

 今橋に肩に手を置かれた堂島の心の声がみんなに聞こえた。

『フフフ!魔法のうりょくがレベルアップしたんですよ!』

 今橋が得意げに周りを見渡す。

『コイツに触れられると心の声が周りに筒抜けになるなんて!なんて恐ろしい魔法のうりょくなんだ!』

 不意をつかれて今橋に肩を叩かれた本庄 陸の心の声が漏れる。

「確かに恐ろしい!何の躊躇も無くスナッチャーかも知れない相手にポンポンと触れられる今橋コイツ自身も恐ろしい!」

「勇者!かも知れん!」

 さらに今橋は、泉を含めた女性3人ににじり寄った。

「ちょっ、ちょっと待って!」

「いや!気持ち悪い!この子!近寄らないで欲しい!」

「変態ですわ!寄らないで欲しいですわ!」

 触れてもいないのに心の声が筒抜けになっている!

「すごい異性にこんな事を言われて尚も向かって行く精神メンタルがすごい!」

「普通の高校生なら精神メンタルが持たず、生まれてこんかったら良かったのに!ってなるはずなのに…」

「ちょっと待って!園児の中に透視能力のある子がいるんです!その子に透視してもらったら!」

「!!!!」陸と月斗以外の男子の動きが一斉に止まった!

『透視ですと⁉︎そんな夢の様な能力が!透視と時間を止める能力は男子が欲しい能力の1位と2位!』

「そして、今橋の能力は誰もが欲しく無い能力のダントツ1位!」

「すごい、考えてる事がだだ漏れでも全く臆さない!」

 そこに月斗が割って入って来た。

「あの!泉いずみ先生!園児にそんな事をさせて危険ではないですか?」

「確かに!」

 月斗の意見がごもっともすぎて、そんな危険な事を園児にさせるわけにはいかない!という意見と自分の心の声を他人にさらけ出されるのを避けたいという意見に別れるが高校生男子にとって透視能力というモノを間近で体験したいという願望が反対意見を押し切ってしまう。

 この選択によって、今橋と太子橋が結果として辱めを受ける形となるのだが…

――――――――――――――――――――――――

 透視能力があるとされる園児の前に生徒達が横一列に並び順番に透視が開始された。

 丁度男子生徒の下腹部辺りをその子が凝視して、横並びになった生徒達を透視していく。

 するとその子は

「みぎカメ、みぎカメ、みぎぞう、ひだりカメ、みぎカメ、みぎぞう…」

「ちょっ、チョット待って!カメ、カメ、ぞうって何?」

 梶がその子に尋ねると今橋と太子橋を指さして

「ぞう、ぞう」と伝えた。

「先生!カメとぞうって何でしょうか?」

「分からん…何かの暗号かも知れん…」

 更にその子は、月斗、陸、堂島を指さして

「みぎカメ、みぎカメ、みぎカメ」と伝えた。

 続いて女性陣3人が順番に並び、順番に凝視し始めた。

「タワシ、逆三角おにぎり、オシリ!」

「???」

「コレってどういう意味なの?」

 するとその子が泉いずみに耳打ちをすると泉は顔を赤らめた。

 南 千里もその子に耳打ちしてもらうと、顔を赤らめながら天道 京華にも耳打ちで伝えた。

「まぁ、私わたくし、毎月専属のエステで無駄毛の処理をしてますから!お姉さまも是非ご一緒に!」

「ヤダっ!京華ちゃん!」

 その会話を聞いた今橋の思考が周りに漏れ伝わった

『タワシ、逆三角おにぎり…オシリ…無駄毛処理…みぎゾウ…って、ほーけーとチンポジやないかい!』

「フム…なるほど、一般的に高校生男子の包茎率は約7割と言われている…が割とウチの部員たちはその率が低いようだな!さすがだ!」

「イヤ!何が!」

「おそらく、その子から見て右、左という事は左右が逆であると考えて、ポジションの事だろう。日本人の平均は「右」が3割、「左」が7割と言われている。更に左右に曲がっている理由は「腕」や「足」などと同じで、人間の体は左右対称では無いと言う事。微妙にずれている事が要因だという。それによって左右のポジションが決まる」

「しかしだ!一方で精巣は左右に1個ずつ存在していて高さが同じだった場合、アメリカンクラッカーの様になっていれば、動いている時にぶつかり合ってしまうので、とても歩き難くなってしまう。アメリカンクラッカーみたいに歩くたびカンッ、カンッ、カンッ、カンッってぶつかってるととてもイヤだ。その為、微妙に高さが異なるように体が長さを調節しているんだそうだ。月が地球の引力に引っぱられて一定の距離を保つように、この精巣に引っ張られる形で、「右」または「左」に引っ張られるためにどちらかに曲がっていると言う事だ」

「なんかカッコよく月と地球の話っぽく言ってますけど!」

「俗説だが利腕ききうで、利き足の反対側に曲がると言う説がある。日本人の多くは右利きが多く、その為右手でマスターベーションをする人数が多い為、左に曲がるという説だが…実にこの統計は9割が該当していると言う事だ。陸は右利きのLBレフトバックなので左、月斗はRBライトバックだが本来は右利きなので左…という事か…」

「もらい事故、来たー!」

「統計的には左曲がり7割、右曲がり3割だそうだな。なので今橋、太子橋!お前たちは本来多数派だから気にすんな!」

 運転手の三原のミスリードが招いた疑心暗鬼が引き起こした不幸な時間だった。

 短い夜が終わり、陽の光が2台のバスを明るく照らし始めた。
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