禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

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第四章 百物語編

33話目 件の如し

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 事務所の窓から覗く木々は末枯うらがれ、孟冬もうとうがすぐ近くまでその足音を響かせていた。窓を開ければ空気は澄み渡り、ふと息を吸えば見藤の肺を冷やす。

 空を見上げれば、その蒼は絵具で大きく広げられたかのように薄く、淡い控えめな美しさを醸し出している。まるでここ最近の忙しさが嘘のようだ。
 しかし、ちらりと事務机へ視線を戻せば、送られて来た茶封筒の山。現実を目の当たりにし、見藤は深い溜め息をついた。


 斑鳩によって告げられた、怪異事件・調査に忙殺される日々の再来。
 久保は退院したものの。依然、自宅で療養中だ。東雲にも久保が回復するまで、無理に事務所に顔を出さなくともよいと伝えている。そうなれば、必然的に見藤の負担は大きくなる。ここ数日、見藤は事務机にうつ伏せて仮眠をととっている。

 調査による実働、そしてキヨへの報告書。その全てを見藤一人で担う。そうなれば、身の回りのことなどおざなりになるのは必然だ。短く切り揃えられていた髪は少しだけ襟足を伸ばし、前髪は目にかかるため、適当に掻き上げている。更に、顎には無精ひげが蓄えられていた。

 変化があった事と言えばそれだけではない。事務所内を浮遊する認知の残滓が異様に数を増やしたのだ。以前であれば、猫宮により残滓は食われ、猫宮の腹の中に納まっていたのだが――。

 見藤はちらり、とソファーに寝転がる猫宮を見やる。以前にも増して、腹回りが太くなっているような気がする。その体形は小太りな猫、というよりもまるで冬毛に身を包んだ狸のようだ。

(少し痩せさせるか……。流石に)

 見藤は密かに決意した。
 猫宮は腹が満たされたのだろう。ソファーで仰向けに眠りながら「ぷぅぷぅ……」と独特な寝息を立て始めたのであった。


 そうして、いつもの日課を終えると、見藤は再び事務机に向かう。積み上げられた茶封筒の一番上に置かれたもの。それは速達で送られてきたもので、急を要するのだろうか。しかし、この封筒。いつここに置いたのか記憶が定かではない。
 見藤は面倒くさそうな表情を浮かべ、封筒を開封する。そこには一枚の写真が同封され、依頼内容が書かれた書類が入っていた。

「……くだん

 ぽつり、と呟いた。その手に持った写真に写っていたのは、牛の体を持ちながらも、顔は人のそれだ。体は小さく、子牛のようにも見受けられる。

 見藤はこの封筒をいつ置いたのか曖昧だった。慌てて、封筒の消印を確認する。すると、そこには昨日の日付が記されていた。ほっと、息を吐く。

 くだんとは牛から生まれながら、人語を操る妖怪だ。時代によって予言の内容は様々だが、主に疫病の災厄を予言し、厄除招福の方法を教示するという伝承が数多く残っている。
 近代ともなれば、予言は作物の豊凶や流行病や干ばつ、戦争など重大なことに関するものとなり、そして、それは間違いなく起こる、とされた。
――件はいつの時代も生まれてから、三日後に生を終える。

 封筒が速達で送られてきたのは、恐らくこれが理由だろう。件がいつ現れたのか定かではないものの。大方、残り一日から一日半で件の命は終わりを迎える。
 通常であれば伝承に倣い予言を残し、その生を終える。だが、写真に写る件は存在、生まれが伝承と異なっていた。

 見藤は書類に目を通し、ぽつりと呟く。

「認知によって生まれた件……。また、珍しい事が起こったもんだな」

 そして、異なっていたのはそれだけではない。認知によって生まれた故に、この件は予言を持たない。

 見藤は写真を机に置き、書類の内容に細かく目を通していく。その内容に思わず眉を寄せた。

 怪異という存在が、以前よりも多くの人に認知された結果。その認知は底上げされ数多の怪異の力を増幅し、集団認知によって怪異を生み出す。
 怪異らによって引き起こされた事件や事故、問題を解決するためにキヨの元へ情報は集約される。そこから更に見藤のようなまじない師へと調査、問題解決を行うようにと依頼の振り分けが行なわれるのだが――。

 この一件。これは見藤へ振り当てるに然るべきだというキヨの判断力は、さしずめ達目の士と言ったところだ。
 見藤は溜め息をつくと神棚へと視線を向け、そこに住まう彼女を呼んだ。

「霧子さん、いるか?」
「ん、何よ?」

 見藤の問いに答えるように、霧子が姿を現す。神棚から降り立つようにふわりと、着地した彼女の動きは可憐だった。しかし、事務所の空気に触れると体を震わせ、自身の体を抱き寄せた。

 見藤はそんな霧子の様子を目にすると、ふと思い至る。――そう言えば、事務所の窓は解放したままであった。冷たい空気に晒された中で仕事をすれば頭も冴え作業が捗る、という訳だ。だが、見藤の中で優先すべきは霧子だ。

「ごめん、寒いな」
「へくちっ」

 可愛らしいくしゃみをする霧子に、申し訳なさから思わず眉が下がる。見藤は立ち上がると、窓を閉めるために背を向けた。

 霧子はもともと体温が低いということもあり、寒さが酷く苦手なのだ。見藤は少し厚手の長袖シャツ一枚という格好をしているが、霧子はニットにティアードスカートという厚着具合。
 霧子は窓を恨めしそうに睨みつけた後、ぶるっと大きく身震いをしたのだった。見藤は窓を閉め終えると、霧子を振り返り呼んだ理由を話し始めた。

「ここに怪異を今日、明日ほど居座らせたいんだが……」
「…………」
「ついでに言うと、できれば霧子さんの力でそいつを匿ってやって欲しい。まぁ、一応……俺も姿隠しの覆いは作っておこうと思うが、念のためだ」
「……どうしたの?」

 いつになく真剣な眼差しを向ける見藤、それを不思議に思った霧子が首を傾げる。
 霧子に協力を仰ぎ、さらには扱うまじないに関しても、ことの大きさを物語っていた。
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