117 / 193
第三章 夢の深淵編
30話目 夢の深淵(四)
しおりを挟む
白沢が口にした、妖怪の先祖返り。それは妖怪として、より強力な力を持つことだろう。心を読む妖怪、覚が夢を覗く、というのも不可能ではないようだ。
見藤はふと、霧子との仲違いの発端を思い出した。もしかすると、彼女は本能的に沙織の先祖返りを感じ取っていたのかもしれない。それ故に見藤に害を成す者として、極端に拒絶していたのだとすれば――。今更ながらに申し訳なく思い、眉を下げた。
そこで更に、見藤は思い至る。久保の異変を知らせに来た白沢についてだ。こうも現世の状況を把握しているとなると、常に監視されている気分になるというもの。久保のプライバシーなど、漏れなく筒抜けだろう。
見藤は少し考える素振りをして、白沢に話し掛ける。
「……その眼、封印しておくか?」
「それは絶対イヤや。アイデンティティが無くなる。勘弁シテ下サイ」
「それは残念だ」
鼻を鳴らしながら、言い放つ見藤。
白沢は身震いした。彼は神獣をも封じる術を持つ。千里眼の封印など簡単にやってのけるに違いない、と――。白沢は人知れず、これを最後に覗き見は止めようと誓ったのだった。
束の間の談笑はさておき。現状を打破するには白沢の言う通りにする他ない。すると、白沢は更に言葉を続けた。
「ひとまず、夢の深淵には辿り着いていない。猶予は残されとる。その隙に、はようあの子を呼んで来てほしい」
「夢の深淵……」
「せや。そこまで堕ちてしまうと……獏に夢ごと、人格も魂も喰われてしまうで。今、あいつはそうして力をつけとるみたいや」
夢の深淵、なんとも哲学的な呼び名だ。そして、白沢から出た言葉に見藤は目を見開く。
神獣の一柱、獏。一説によれば、白澤と同一視される神獣だ。
見藤はおおよその見当をつけていた。しかし、聞き捨てならない事を聞いてしまったものだ。――聞きたいことは山ほどある。しかし、今は久保が最優先だ、と思考を振り払うように首を振った。
見藤はポケットからスマートフォンを取り出し、沙織に連絡を取る。幸いにもすぐに電話は繋がり、見藤は矢継ぎ早に事情を説明した。すると、沙織の反応は意外にも冷静だった。
『やっぱりお兄ちゃんは運がいいね。ちょうど近くにいるから、すぐに行くね』
「すまない」
『大丈夫、なんとなく……そんな気がしてたから』
沙織の意味深な言葉に、見藤は思わず眉を顰める。
「それは、どういう――」
『視たの。お兄ちゃん、孤独を抱えてたから。何かを抱えている人ほど、悪夢をみやすいから』
「………………」
沙織の言葉に、見藤は何も言えなかった。そうして静かに「頼む」と呟くと、通話を終えた。
そして、見藤は白沢を見下ろす。沙織が到着するまで、ここからは尋問の時間だ。
「で、どうしてお前が獏の仕業だと知っている?」
「いやぁ……そのぉ……」
「もう一発食らうか?」
なんとも歯切れが悪く、言葉を濁している白沢。見せつけるように、見藤は目の前で拳を力強く握る。すると、拳骨の痛さを思い出したのか、白沢は慌てて白状した。
「えらい、すんません!! 俺がいろいろやらかしてる最中に、獏に頼んで人に夢を見せて操ってたことがあってな。あのぉ、ほら……おっさんに怪我させたあいつとか……」
「……………………」
――思い出した。
白沢の言葉に、見藤は眉をこれでもかと寄せた。
夏が過ぎ去った、秋の始め頃。怪異達の異変、摂理への介入、神獣 白沢の悪戯と呼ぶには影響が大きすぎた例の事件。
そこで見藤を襲った男。あの男は白沢に操られていたとばかり思っていた。と言っても、あのような状況で冷静に分析などできる訳はなかった。
あの男が夢現に操られていたのは、獏によるものだと白沢は言う。
――ということは、社会現象にまで発展した夢による事象。元を辿れば、やはりこの白沢の仕業である、ということに他ならない。
見藤が白沢に制約を結ばせるまでに、彼は獏と共謀し、怪異達の異変や人攫いを画策していたのだとすれば――。片割れである白沢が片棒を降りたが故に、獏は好き勝手にことを起こしている、という結論に辿り着く。
「はぁ…………」
ひと際大きな溜め息が部屋に響いた。見藤は額に手を当て、項垂れている。
見藤の様子に、縮こまりながら冷や汗を垂らしている白沢。これでは最早、神獣の威厳など皆無だ。
見藤は静かな怒りを抱えながら、こんこんと現在起こっている事象について白沢が知っている事を聞き出した。
見藤はふと、霧子との仲違いの発端を思い出した。もしかすると、彼女は本能的に沙織の先祖返りを感じ取っていたのかもしれない。それ故に見藤に害を成す者として、極端に拒絶していたのだとすれば――。今更ながらに申し訳なく思い、眉を下げた。
そこで更に、見藤は思い至る。久保の異変を知らせに来た白沢についてだ。こうも現世の状況を把握しているとなると、常に監視されている気分になるというもの。久保のプライバシーなど、漏れなく筒抜けだろう。
見藤は少し考える素振りをして、白沢に話し掛ける。
「……その眼、封印しておくか?」
「それは絶対イヤや。アイデンティティが無くなる。勘弁シテ下サイ」
「それは残念だ」
鼻を鳴らしながら、言い放つ見藤。
白沢は身震いした。彼は神獣をも封じる術を持つ。千里眼の封印など簡単にやってのけるに違いない、と――。白沢は人知れず、これを最後に覗き見は止めようと誓ったのだった。
束の間の談笑はさておき。現状を打破するには白沢の言う通りにする他ない。すると、白沢は更に言葉を続けた。
「ひとまず、夢の深淵には辿り着いていない。猶予は残されとる。その隙に、はようあの子を呼んで来てほしい」
「夢の深淵……」
「せや。そこまで堕ちてしまうと……獏に夢ごと、人格も魂も喰われてしまうで。今、あいつはそうして力をつけとるみたいや」
夢の深淵、なんとも哲学的な呼び名だ。そして、白沢から出た言葉に見藤は目を見開く。
神獣の一柱、獏。一説によれば、白澤と同一視される神獣だ。
見藤はおおよその見当をつけていた。しかし、聞き捨てならない事を聞いてしまったものだ。――聞きたいことは山ほどある。しかし、今は久保が最優先だ、と思考を振り払うように首を振った。
見藤はポケットからスマートフォンを取り出し、沙織に連絡を取る。幸いにもすぐに電話は繋がり、見藤は矢継ぎ早に事情を説明した。すると、沙織の反応は意外にも冷静だった。
『やっぱりお兄ちゃんは運がいいね。ちょうど近くにいるから、すぐに行くね』
「すまない」
『大丈夫、なんとなく……そんな気がしてたから』
沙織の意味深な言葉に、見藤は思わず眉を顰める。
「それは、どういう――」
『視たの。お兄ちゃん、孤独を抱えてたから。何かを抱えている人ほど、悪夢をみやすいから』
「………………」
沙織の言葉に、見藤は何も言えなかった。そうして静かに「頼む」と呟くと、通話を終えた。
そして、見藤は白沢を見下ろす。沙織が到着するまで、ここからは尋問の時間だ。
「で、どうしてお前が獏の仕業だと知っている?」
「いやぁ……そのぉ……」
「もう一発食らうか?」
なんとも歯切れが悪く、言葉を濁している白沢。見せつけるように、見藤は目の前で拳を力強く握る。すると、拳骨の痛さを思い出したのか、白沢は慌てて白状した。
「えらい、すんません!! 俺がいろいろやらかしてる最中に、獏に頼んで人に夢を見せて操ってたことがあってな。あのぉ、ほら……おっさんに怪我させたあいつとか……」
「……………………」
――思い出した。
白沢の言葉に、見藤は眉をこれでもかと寄せた。
夏が過ぎ去った、秋の始め頃。怪異達の異変、摂理への介入、神獣 白沢の悪戯と呼ぶには影響が大きすぎた例の事件。
そこで見藤を襲った男。あの男は白沢に操られていたとばかり思っていた。と言っても、あのような状況で冷静に分析などできる訳はなかった。
あの男が夢現に操られていたのは、獏によるものだと白沢は言う。
――ということは、社会現象にまで発展した夢による事象。元を辿れば、やはりこの白沢の仕業である、ということに他ならない。
見藤が白沢に制約を結ばせるまでに、彼は獏と共謀し、怪異達の異変や人攫いを画策していたのだとすれば――。片割れである白沢が片棒を降りたが故に、獏は好き勝手にことを起こしている、という結論に辿り着く。
「はぁ…………」
ひと際大きな溜め息が部屋に響いた。見藤は額に手を当て、項垂れている。
見藤の様子に、縮こまりながら冷や汗を垂らしている白沢。これでは最早、神獣の威厳など皆無だ。
見藤は静かな怒りを抱えながら、こんこんと現在起こっている事象について白沢が知っている事を聞き出した。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる