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第三章 夢の深淵編
28話目 二人、綻びを綴る
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残された久保と東雲、そして猫宮。どこを見渡しても霧子の姿どころか、見藤の姿も見当たらない。
その場に不釣り合いな霧の出る朝のような清々しい空気だけが漂い、それは異質な状況であることを示している。
――それはさながら、神隠しのようだ。
見藤が忽然と消える直前、猫宮は霧子の異変を感じ取ったのか。今なお全身の毛を逆立たせ、その尾はこれでもかと膨らんでいる。猫が警戒を示す仕草だ。
「な、なんだあれは……」
静寂が事務所を包み込む中、ようやく猫宮が声を発した。皆、何が起きたのか理解が追いついていない。
つい先程まで霧子は久保と東雲、そして、電話をしている見藤の後方で佇んでいたはずだった。霧子戸惑う声が聞こえたと思った途端、二人の間を縫うように彼女は見藤へ腕を伸ばしていた。
霧子の手が見藤に触れたかと思うと、共にその姿を消していたのだ。目で追って視た霧子の姿は、皆がよく知る彼女の様相とはまるで違っていた。
一瞬のうちの後ろ姿しか目にしていないが、背丈や髪の長さが明らかに異なる。それだけは分かった。
情況整理をしようにも、何も手掛かりがない。東雲が力なく呟く。
「どこに行ってしもうたの……」
その声に呆然と佇んでいた久保は、はっとして彼女の手に握られているスマートフォンを見る。
見藤は姿を消す直前まで電話をしていた。それならば、スマートフォンも握ったままなのではないか、そう考える。すかさず久保は自分のものを取り出し、急いで見藤へ電話を掛けるが――。
「……圏外」
無情にも、圏外もしくは電源が入っていないことを知らせる音声が流れるだけだった。
――久保が願った日常は奇しくも、ものの数分で終わりを迎えたのだった。
* * *
見藤は視界が暗転したのを認識したのとほぼ同時。体の浮遊感、次の瞬間には背中へ強烈な衝撃を受ける。
幸いなことに意識ははっきりしており、呼吸も問題なくできている。平衡感覚は機能しており、床だろうか、平坦な場所に体を打ち付けられたのだと即座に理解できた。
見藤は恐る恐る手を床の先へ這わせ、地続きであることを確認する。肘を付きながら上半身を起こした。手に触れる感覚は木の床だ。そうして、片膝をつきながらしゃがんだ姿勢をとると、少しだけ視界が広がる。
そこは辺り一面、濃霧。右も左も分からない。目の前を手で梳けば、流れる空気が霧の流れを教えてくれる。
見藤はゆっくり立ち上がると、一呼吸おいた。
(……落ち着け)
そう自分に言い聞かせる。心が逸れば、行き着く先は奈落。この場所はそう思わせるような空気だ。
そこでふと、先程まで斑鳩と電話をしていた事を思い出す。しかし、見藤の手に握っていたはずのスマートフォンはない。どうやら体を床に打ち付けた衝撃で手放してしまったようだ。ないものを嘆いても仕方がない、見藤は首を振ると前を見据えた。
ここがどこであるのか、おおよその想像はつく。
「霧子さんの社……」
見藤が呟くと、目の前の霧が渦を巻いたように見えた。
人の身でありながら、祀られている怪異の社へ赴くなど土台無理な話である。しかし、人が神隠しと呼ぶように、神域に誘われ現世から姿を消した者や、怪異自らがその領域に人を招き入れたとなれば話は別だろう。今の見藤が置かれている状況はまさに神隠しにあったその者だ。
立ち上がった見藤は、自身が置かれている状況を理解する。考えるような仕草をするが、こうしていては駄目だ、と歩き始めた。
ぎしぎしと、木材が張られた床が軋む音がする。幸い、床はどこまでも続いているようだ。一歩、一歩、確かめるように直線に歩いて行く。
その場に不釣り合いな霧の出る朝のような清々しい空気だけが漂い、それは異質な状況であることを示している。
――それはさながら、神隠しのようだ。
見藤が忽然と消える直前、猫宮は霧子の異変を感じ取ったのか。今なお全身の毛を逆立たせ、その尾はこれでもかと膨らんでいる。猫が警戒を示す仕草だ。
「な、なんだあれは……」
静寂が事務所を包み込む中、ようやく猫宮が声を発した。皆、何が起きたのか理解が追いついていない。
つい先程まで霧子は久保と東雲、そして、電話をしている見藤の後方で佇んでいたはずだった。霧子戸惑う声が聞こえたと思った途端、二人の間を縫うように彼女は見藤へ腕を伸ばしていた。
霧子の手が見藤に触れたかと思うと、共にその姿を消していたのだ。目で追って視た霧子の姿は、皆がよく知る彼女の様相とはまるで違っていた。
一瞬のうちの後ろ姿しか目にしていないが、背丈や髪の長さが明らかに異なる。それだけは分かった。
情況整理をしようにも、何も手掛かりがない。東雲が力なく呟く。
「どこに行ってしもうたの……」
その声に呆然と佇んでいた久保は、はっとして彼女の手に握られているスマートフォンを見る。
見藤は姿を消す直前まで電話をしていた。それならば、スマートフォンも握ったままなのではないか、そう考える。すかさず久保は自分のものを取り出し、急いで見藤へ電話を掛けるが――。
「……圏外」
無情にも、圏外もしくは電源が入っていないことを知らせる音声が流れるだけだった。
――久保が願った日常は奇しくも、ものの数分で終わりを迎えたのだった。
* * *
見藤は視界が暗転したのを認識したのとほぼ同時。体の浮遊感、次の瞬間には背中へ強烈な衝撃を受ける。
幸いなことに意識ははっきりしており、呼吸も問題なくできている。平衡感覚は機能しており、床だろうか、平坦な場所に体を打ち付けられたのだと即座に理解できた。
見藤は恐る恐る手を床の先へ這わせ、地続きであることを確認する。肘を付きながら上半身を起こした。手に触れる感覚は木の床だ。そうして、片膝をつきながらしゃがんだ姿勢をとると、少しだけ視界が広がる。
そこは辺り一面、濃霧。右も左も分からない。目の前を手で梳けば、流れる空気が霧の流れを教えてくれる。
見藤はゆっくり立ち上がると、一呼吸おいた。
(……落ち着け)
そう自分に言い聞かせる。心が逸れば、行き着く先は奈落。この場所はそう思わせるような空気だ。
そこでふと、先程まで斑鳩と電話をしていた事を思い出す。しかし、見藤の手に握っていたはずのスマートフォンはない。どうやら体を床に打ち付けた衝撃で手放してしまったようだ。ないものを嘆いても仕方がない、見藤は首を振ると前を見据えた。
ここがどこであるのか、おおよその想像はつく。
「霧子さんの社……」
見藤が呟くと、目の前の霧が渦を巻いたように見えた。
人の身でありながら、祀られている怪異の社へ赴くなど土台無理な話である。しかし、人が神隠しと呼ぶように、神域に誘われ現世から姿を消した者や、怪異自らがその領域に人を招き入れたとなれば話は別だろう。今の見藤が置かれている状況はまさに神隠しにあったその者だ。
立ち上がった見藤は、自身が置かれている状況を理解する。考えるような仕草をするが、こうしていては駄目だ、と歩き始めた。
ぎしぎしと、木材が張られた床が軋む音がする。幸い、床はどこまでも続いているようだ。一歩、一歩、確かめるように直線に歩いて行く。
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