101 / 193
第三章 夢の深淵編
27話目 異変(三)
しおりを挟む
そうして、久保はその日のうちに東雲に連絡をとり、必要な物はないか予め聞いておく。少し経ち、送られてきた東雲からの返信は遠慮がちに書かれていた。
(う~んと……。見藤さんからの軍資金。返す訳にもいかないし、折角のご厚意だからって書いて返信しよう……)
久保はスマートフォンをタップし、メッセージを送った。すると――、先程の遠慮は何だったのか。
東雲から返信されたのは、羅列された買い物リストだった。その画面を目にした久保は思わず笑ってしまった。
「あはは、それでこそ東雲だよ」
当然、スマートフォンに表示されるのは文字のみ。だが、彼女の心中を慮ると、久保はどうしてもやりきれない思いを抱く。
普段は明るく冗談を好んで言う彼女があの事件を受け、恐怖に震える様子は久保にとっても辛いものがあった。
(早く皆で過ごす、あの日に戻りたい……)
――そう願わずにはいられなかった。見藤と霧子。そして、猫宮や東雲。皆がいる事務所で過ごす、平凡とは少し違った日常。
久保はそっと目を伏せた。
◇
そうして、翌日。
久保は買い物リストの品々を買いそろえ、東雲の自宅前でインターホンを押していた。時刻は昼過ぎだというのに、久保は眠たそうに欠伸をしている。
インターホンから東雲の声がすると、どたどたと騒がしい足音が部屋の中から聞こえてきた。その力強い足音に少しだけ安心した。そして、扉が勢いよく開かれたと思うと、ひょっこり東雲が顔を覗かせた。
東雲は久保を見るや否や、鬱屈した様子など感じさせないほど軽快に挨拶を送った。
「お勤めご苦労さん」
「はいはい。調子は? これ、見藤さんから」
久保はひょうきんな東雲の挨拶にも慣れたものだ。両手に下げていた荷物を、ひとつずつ東雲に渡して行く。
見藤の名を聞くと東雲は嬉しそうな表情を見せ、その様子を見た久保もそれにつられる。
荷物を受け取りながら、東雲は口を開く。
「人混みを避ければ、外出はできるようになったかな」
「無理は禁物」
「はーい」
久保の問いかけに東雲はあっけらかんと答えた。だが、未遂だったとは言え、見ず知らずの人間から危害を加えらそうになったのだ。ただ外出するだけでも相当精神的負担は大きかったはずだ。
東雲の心の強さは一体どこからくるのだろうか、久保は頭が下がる思いでいっぱいだ。まぁ、見藤に関すること以外で、なのだが――。
「見藤さん、元気にしとった?」
「う、ん……!? あ、いや、何だか忙しそうで……」
「そう……」
東雲に対して若干失礼なことを思っていた久保は、彼女の口から見藤の名を聞き、思わずどきりと心臓が跳ね上がった。咄嗟に返事をしてしまい慌てて訂正し、見藤の様子を伝える。
東雲には、見藤が斑鳩から疑似的夢遊病の調査を依頼されている事を伝えていない。誰しもが皆、お互いに余計な心配はかけたくないものだ。
久保がどこまで見藤の様子を伝えようか悩んでいると、東雲は何かを思い出したかのように突然声を上げる。
「あ! そうやった、久保君!!!」
「うわ、何、どうしたの?」
「これ! これ見て!!!」
若干、興奮気味に話す東雲から見せられたもの。それはSNSに投稿された動画だった。
動画が終わると、東雲は久保に確認するように尋ねる。
「これ、霧子さん?」
「…………そうだと思う。あの時の見藤さん、慌てて霧子さんの名前を呼んでたような……」
「……これ、映り込んでしまってええの?」
「………………分からない」
その動画に映るのは、あの暴漢事件で見藤が犯人を取り押さえた後のこと。
見藤の背後に佇む、亭々たる身長の霧子の姿。その姿は一瞬にして消えてしまう。それは事情を知らぬ者が観れば、とてつもなく摩訶不思議な映像だろう。
久保は「怪異は認知によってその存在を左右される」という、猫宮から聞いた話を思い出していた。だが、それは消滅するか、否か。そんな話であったように記憶している。
そうだとすれば、この動画が世間に広まったとしても、霧子には直接関係のない話だと久保は考える。しかし、疑念がない訳ではなく――。見藤に連絡するか、どうか迷っていた。
「うーん、一応見藤さんに連絡を……」
「でも忙しそうにしてはったんやろう?」
「そうだけど……」
「近々、二人で見藤さんのとこへ行こう?うちならもう大丈夫やから」
「そっか……、そうだね」
久保は東雲からの申し出を断る理由がなかった。
確かに見藤は忙しそうであった。治ったような素振りであったが、少し前まで風邪をひいていたようで体調も心配だ。ここで横やりを入れるように余計な問題は持ち込みたくない。
久保と東雲の見藤を気遣う気持ちと、皆で過ごす日々を取り戻したいという思い。奇しくもその二つが重なり、この異変を見藤に知らせることを遅らせた。
依然、その動画の閲覧数は数を増やしている。そして、動画に映った存在は一体、何なのか。
世間の好奇心と認知は広まるばかりであった――。
(う~んと……。見藤さんからの軍資金。返す訳にもいかないし、折角のご厚意だからって書いて返信しよう……)
久保はスマートフォンをタップし、メッセージを送った。すると――、先程の遠慮は何だったのか。
東雲から返信されたのは、羅列された買い物リストだった。その画面を目にした久保は思わず笑ってしまった。
「あはは、それでこそ東雲だよ」
当然、スマートフォンに表示されるのは文字のみ。だが、彼女の心中を慮ると、久保はどうしてもやりきれない思いを抱く。
普段は明るく冗談を好んで言う彼女があの事件を受け、恐怖に震える様子は久保にとっても辛いものがあった。
(早く皆で過ごす、あの日に戻りたい……)
――そう願わずにはいられなかった。見藤と霧子。そして、猫宮や東雲。皆がいる事務所で過ごす、平凡とは少し違った日常。
久保はそっと目を伏せた。
◇
そうして、翌日。
久保は買い物リストの品々を買いそろえ、東雲の自宅前でインターホンを押していた。時刻は昼過ぎだというのに、久保は眠たそうに欠伸をしている。
インターホンから東雲の声がすると、どたどたと騒がしい足音が部屋の中から聞こえてきた。その力強い足音に少しだけ安心した。そして、扉が勢いよく開かれたと思うと、ひょっこり東雲が顔を覗かせた。
東雲は久保を見るや否や、鬱屈した様子など感じさせないほど軽快に挨拶を送った。
「お勤めご苦労さん」
「はいはい。調子は? これ、見藤さんから」
久保はひょうきんな東雲の挨拶にも慣れたものだ。両手に下げていた荷物を、ひとつずつ東雲に渡して行く。
見藤の名を聞くと東雲は嬉しそうな表情を見せ、その様子を見た久保もそれにつられる。
荷物を受け取りながら、東雲は口を開く。
「人混みを避ければ、外出はできるようになったかな」
「無理は禁物」
「はーい」
久保の問いかけに東雲はあっけらかんと答えた。だが、未遂だったとは言え、見ず知らずの人間から危害を加えらそうになったのだ。ただ外出するだけでも相当精神的負担は大きかったはずだ。
東雲の心の強さは一体どこからくるのだろうか、久保は頭が下がる思いでいっぱいだ。まぁ、見藤に関すること以外で、なのだが――。
「見藤さん、元気にしとった?」
「う、ん……!? あ、いや、何だか忙しそうで……」
「そう……」
東雲に対して若干失礼なことを思っていた久保は、彼女の口から見藤の名を聞き、思わずどきりと心臓が跳ね上がった。咄嗟に返事をしてしまい慌てて訂正し、見藤の様子を伝える。
東雲には、見藤が斑鳩から疑似的夢遊病の調査を依頼されている事を伝えていない。誰しもが皆、お互いに余計な心配はかけたくないものだ。
久保がどこまで見藤の様子を伝えようか悩んでいると、東雲は何かを思い出したかのように突然声を上げる。
「あ! そうやった、久保君!!!」
「うわ、何、どうしたの?」
「これ! これ見て!!!」
若干、興奮気味に話す東雲から見せられたもの。それはSNSに投稿された動画だった。
動画が終わると、東雲は久保に確認するように尋ねる。
「これ、霧子さん?」
「…………そうだと思う。あの時の見藤さん、慌てて霧子さんの名前を呼んでたような……」
「……これ、映り込んでしまってええの?」
「………………分からない」
その動画に映るのは、あの暴漢事件で見藤が犯人を取り押さえた後のこと。
見藤の背後に佇む、亭々たる身長の霧子の姿。その姿は一瞬にして消えてしまう。それは事情を知らぬ者が観れば、とてつもなく摩訶不思議な映像だろう。
久保は「怪異は認知によってその存在を左右される」という、猫宮から聞いた話を思い出していた。だが、それは消滅するか、否か。そんな話であったように記憶している。
そうだとすれば、この動画が世間に広まったとしても、霧子には直接関係のない話だと久保は考える。しかし、疑念がない訳ではなく――。見藤に連絡するか、どうか迷っていた。
「うーん、一応見藤さんに連絡を……」
「でも忙しそうにしてはったんやろう?」
「そうだけど……」
「近々、二人で見藤さんのとこへ行こう?うちならもう大丈夫やから」
「そっか……、そうだね」
久保は東雲からの申し出を断る理由がなかった。
確かに見藤は忙しそうであった。治ったような素振りであったが、少し前まで風邪をひいていたようで体調も心配だ。ここで横やりを入れるように余計な問題は持ち込みたくない。
久保と東雲の見藤を気遣う気持ちと、皆で過ごす日々を取り戻したいという思い。奇しくもその二つが重なり、この異変を見藤に知らせることを遅らせた。
依然、その動画の閲覧数は数を増やしている。そして、動画に映った存在は一体、何なのか。
世間の好奇心と認知は広まるばかりであった――。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる