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第三章 夢の深淵編
27話目 異変(二)
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東雲と同様に、斑鳩からしばらくの間自宅待機を言い渡された久保。だが、それを義理堅く守る謂れもない、と度々外出していた。
数日ぶりに訪れた見藤の事務所は、その扉を目にしただけでも久保に安心感を与える。事務所は解錠されていて、どうやらやってはいるようだ。
「こんにちは。……見藤さん?」
事務所内へ足を踏み入れると、そこには事務机に向かい、椅子に座ったまま器用に眠る見藤の姿があった。
昔の刑事ものドラマでよく見るような、中年刑事が雑誌を顔に乗せ天を仰ぎながら眠っているシーン、まさにそれだ。そして、やはりというべきか、そこに霧子の姿はない。未だ喧嘩は継続中のようだ。
久保は大きく溜め息をつく。
(ほんとに、この人は……)
見藤は久保や東雲、そして怪異達の世話をよく焼くものの。自分のことになると、どうにもおざなりになるようだ。
久保は事務机の傍まで歩み寄ると、見藤を起こそうと肩に手を伸ばす。だが、肩へ伸ばされた久保の手が届く前に、見藤がその手を掴んだ。
「うわっ、びっくりした」
「……なんだ、久保くんか……。来てたのか」
「ちゃんと、声は掛けましたよ」
思わず驚きの声を上げる久保に、見藤はまだ少し眠たいのか寝ぼけ眼で彼を見やる。そして、彼の手を無意識に掴んでいたことを思い出し、謝罪と共にその手を解放した。
久保が不意に事務机へと視線を落とす。そこには疑似的な夢遊病が社会現象となっている続報を報じた新聞や週刊誌。そして、一部黒塗りされている資料のようなものが目に入った。
久保の視線に気付いたのか、さっと見藤に隠されてしまった。
「こら、これ以上は機密事項だ」
諫めるようにそう言われれば久保は黙るしかない。その次に、見藤は何かに気付いたように久保を見上げた。
「久保くん、君も斑鳩から自宅待機を言われていただろ」
「そうでしたっけ?」
とぼけた様子で首を傾げる久保。そんな彼の様子に、今度は見藤が溜め息をつく。
「………君は意外と強情なところがあるんだな」
「きっと誰かに似たんですよ」
「……………」
誰とは言わないが、明らかに見藤のことだ。今度は見藤の方が黙る他なかった。
そうして、久保は見藤が完全に目を覚ましたことを確認すると、机の前に回る。その位置からは、久保が事務所を訪れるまでの空白の数日間を表すかのように、また違った様子が窺える。
久保の目に留まったのは、風邪の市販薬だ。開封されているものの、あまり服用したような様子はない。
「あれ? 見藤さん、風邪でもひいたんですか?」
「ん? あぁ、少しな」
「じゃあ、その様子だと、もうすっかり治った感じですね」
久保の問いかけに、見藤はそう言えば面倒くさがってあまり薬を飲んでいなかったと思い出す。
久保に風邪をうつしてはいけない、そう思い少し離れるように言うおうか迷った。しかし気付くと、喉の痛みや違和感、倦怠感がすっかり消えている。自然治癒力とは有難い限りで、すっかり風邪は治ったようだ。目の前のことに夢中で、病気どころではなかったからなのかもしれない。
(そう言えば、体は丈夫な方だった……)
病気よりも怪我の回数が多いであろう見藤は、一人で納得していた。
しかし一方で、久保の目の下には薄っすらと隈ができていた。それに気付いた見藤は、心配そうな表情を浮かべる。
「ちゃんと休めているか……?」
「はい、大丈夫ですよ。まぁ、見藤さんにだけは言われたくないですけね」
「それは面目ない」
冗談っぽく返す久保に、見藤はそれ以上何も言えなかった。
「そうだ久保くん。君の親御さんは大丈夫か? さぞ心配しただろう」
「え、いや……その、別に……」
「ん?」
「大丈夫ですよ」
なんとも歯切れの悪い久保の返答に見藤は少し首を傾げる。
それを誤魔化すように、久保は壁に掛けられている時計の時刻を確認した。
「それじゃあ、僕はこれで失礼しますね。今日は様子を見に来ただけなので。近々、東雲の様子も見に行くんですけど……」
「そうか、彼女の様子はどうだ……?」
「調子はいつも通りですが、まだ外出は怖いみたいで……」
「……そうか」
「見藤さんが心配してたこと、伝えておきます」
「……それは、しなくていい」
久保の言葉を受け、見藤は斑鳩との会話を思い出した。余計な期待はさせない方が彼女の為だ、と考えている。それ故に、人の善意は難しい。
見藤と東雲は直接的な連絡手段を持っていない。それが二人の距離感を表している。
久保が困ったように首を捻っていると、見藤から目の前に茶封筒が差し出された。
「若い子の入り用な物は分からんからな。久保くんに任せる。東雲さんに届けてやってくれ」
そう言って、久保へ渡された茶封筒は差し入れの軍資金だ。
見藤は久保から、東雲の祖父は彼女の様子を見にこちらまで来ることは難しい、と聞いていた。見藤なりにできることを模索していたのだ。
久保は一瞬戸惑ったが、彼の善意を無下にはできないと思い、その茶封筒を受け取った。
数日ぶりに訪れた見藤の事務所は、その扉を目にしただけでも久保に安心感を与える。事務所は解錠されていて、どうやらやってはいるようだ。
「こんにちは。……見藤さん?」
事務所内へ足を踏み入れると、そこには事務机に向かい、椅子に座ったまま器用に眠る見藤の姿があった。
昔の刑事ものドラマでよく見るような、中年刑事が雑誌を顔に乗せ天を仰ぎながら眠っているシーン、まさにそれだ。そして、やはりというべきか、そこに霧子の姿はない。未だ喧嘩は継続中のようだ。
久保は大きく溜め息をつく。
(ほんとに、この人は……)
見藤は久保や東雲、そして怪異達の世話をよく焼くものの。自分のことになると、どうにもおざなりになるようだ。
久保は事務机の傍まで歩み寄ると、見藤を起こそうと肩に手を伸ばす。だが、肩へ伸ばされた久保の手が届く前に、見藤がその手を掴んだ。
「うわっ、びっくりした」
「……なんだ、久保くんか……。来てたのか」
「ちゃんと、声は掛けましたよ」
思わず驚きの声を上げる久保に、見藤はまだ少し眠たいのか寝ぼけ眼で彼を見やる。そして、彼の手を無意識に掴んでいたことを思い出し、謝罪と共にその手を解放した。
久保が不意に事務机へと視線を落とす。そこには疑似的な夢遊病が社会現象となっている続報を報じた新聞や週刊誌。そして、一部黒塗りされている資料のようなものが目に入った。
久保の視線に気付いたのか、さっと見藤に隠されてしまった。
「こら、これ以上は機密事項だ」
諫めるようにそう言われれば久保は黙るしかない。その次に、見藤は何かに気付いたように久保を見上げた。
「久保くん、君も斑鳩から自宅待機を言われていただろ」
「そうでしたっけ?」
とぼけた様子で首を傾げる久保。そんな彼の様子に、今度は見藤が溜め息をつく。
「………君は意外と強情なところがあるんだな」
「きっと誰かに似たんですよ」
「……………」
誰とは言わないが、明らかに見藤のことだ。今度は見藤の方が黙る他なかった。
そうして、久保は見藤が完全に目を覚ましたことを確認すると、机の前に回る。その位置からは、久保が事務所を訪れるまでの空白の数日間を表すかのように、また違った様子が窺える。
久保の目に留まったのは、風邪の市販薬だ。開封されているものの、あまり服用したような様子はない。
「あれ? 見藤さん、風邪でもひいたんですか?」
「ん? あぁ、少しな」
「じゃあ、その様子だと、もうすっかり治った感じですね」
久保の問いかけに、見藤はそう言えば面倒くさがってあまり薬を飲んでいなかったと思い出す。
久保に風邪をうつしてはいけない、そう思い少し離れるように言うおうか迷った。しかし気付くと、喉の痛みや違和感、倦怠感がすっかり消えている。自然治癒力とは有難い限りで、すっかり風邪は治ったようだ。目の前のことに夢中で、病気どころではなかったからなのかもしれない。
(そう言えば、体は丈夫な方だった……)
病気よりも怪我の回数が多いであろう見藤は、一人で納得していた。
しかし一方で、久保の目の下には薄っすらと隈ができていた。それに気付いた見藤は、心配そうな表情を浮かべる。
「ちゃんと休めているか……?」
「はい、大丈夫ですよ。まぁ、見藤さんにだけは言われたくないですけね」
「それは面目ない」
冗談っぽく返す久保に、見藤はそれ以上何も言えなかった。
「そうだ久保くん。君の親御さんは大丈夫か? さぞ心配しただろう」
「え、いや……その、別に……」
「ん?」
「大丈夫ですよ」
なんとも歯切れの悪い久保の返答に見藤は少し首を傾げる。
それを誤魔化すように、久保は壁に掛けられている時計の時刻を確認した。
「それじゃあ、僕はこれで失礼しますね。今日は様子を見に来ただけなので。近々、東雲の様子も見に行くんですけど……」
「そうか、彼女の様子はどうだ……?」
「調子はいつも通りですが、まだ外出は怖いみたいで……」
「……そうか」
「見藤さんが心配してたこと、伝えておきます」
「……それは、しなくていい」
久保の言葉を受け、見藤は斑鳩との会話を思い出した。余計な期待はさせない方が彼女の為だ、と考えている。それ故に、人の善意は難しい。
見藤と東雲は直接的な連絡手段を持っていない。それが二人の距離感を表している。
久保が困ったように首を捻っていると、見藤から目の前に茶封筒が差し出された。
「若い子の入り用な物は分からんからな。久保くんに任せる。東雲さんに届けてやってくれ」
そう言って、久保へ渡された茶封筒は差し入れの軍資金だ。
見藤は久保から、東雲の祖父は彼女の様子を見にこちらまで来ることは難しい、と聞いていた。見藤なりにできることを模索していたのだ。
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