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第三章 夢の深淵編
26話目 悪友との邂逅、そして類が及ぶ(四)
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そうして見藤は、斑鳩から久保と東雲との関係性を尋ねられ、雇い主と助手のようなものだと答える。
すると、斑鳩は一瞬驚いた表情を見せたが、その次には豪快に笑ったのだ。
「それにしてもお前が助手を雇うとはなぁ。人間、歳をとると丸くなるってのは本当だな」
「……やかましい」
斑鳩のからかうような言葉と視線に、見藤は辟易とした表情を浮かべる。しかし、和やかな雰囲気はそこまでだった。斑鳩の視線が突如、鋭くなったのだ。
鋭い眼光で見藤を射抜いた斑鳩は、そっと口を開く。
「で? 何があった」
「はぁ……」
斑鳩にそう問われれば、見藤は答えるしかない。これは事情聴取だ。
見藤は思い出せる限り、状況を斑鳩に伝えた。何せ違和感を抱いた瞬間、考えるよりも先に体が動いたのだ。その時の状況を事細かに説明するには、頭で処理ができない事象が多すぎた。
――すれ違い様に刃物を持ち出した男、狙われた東雲、その凶行に抵抗した見藤。
見藤が一通り説明し終えると、斑鳩は溜め息をついた。その様子を目にした見藤は不服そうに眉を寄せている。
その次には、斑鳩の鋭い眼光はなりを潜め、悪友の表情に戻ったのだった。深く息を吸うと、大きな溜め息を付く。ぽつりと溢した言葉は見藤の身を案じたものだった。
「はぁ……お前。昔、俺と色々やっててよかったな」
「……今になって、そう思う」
「一歩間違えれば、刺されて病院送りだ」
「……」
斑鳩の言葉に見藤は黙り込んでしまった。
久保は「もっと言ってやってくれ」と言わんばかりに、見藤を横目で見ている。
見藤と斑鳩。偶然が重なり、二人は学生の時分に出会った。その名と、同じく呪いを扱う家に生まれた境遇が、二人を悪友たらしめた。
斑鳩家は、警官や検察といった司法の職に就く者が多い。裏では呪いを生業としながらも、司法に入り込み、怪異事件や事故に目を光らせている。
そして、他の名家が良からぬことを企んでいないか監視する役目を持つ、と見藤は学生時代、斑鳩から教示を受けた。
その折に「将来は警察になるのだから」と斑鳩の練習相手になったのは見藤だ。
幼い頃より、柔道など必要な武術を叩きこまれていた斑鳩。未経験者の見藤では、話にならないような練習風景だったが、いい経験になったようだ。
そして、護身術を見藤に教え込んだのは斑鳩だ。その経験が大いに生かされた結果、見藤は病院送りにならずに済んだ。
斑鳩から説教を受ける見藤は、抗議する素振りすら見せない。依然、仏頂面のまま氷嚢を頬にあてている。
不意に、部屋の扉が数回ノックされた。斑鳩が短く返事をすると、扉の隙間から例の若い警官が遠慮がちに顔を覗かせた。
「斑鳩警部。被疑者の治療、応急措置ですが完了しました。これで少しは話が聞けるかと」
「分かった、すぐに向かう」
警部、そう呼ばれた斑鳩に見藤は目を丸くする。本来であればこう言った事件現場に直接赴くことはないはずだ。見藤は思わず「あいつ相当出世したな」と、悪友の姿に呟いた。
そうして、斑鳩が退室し、残された見藤と久保。しばらくの間は待機となる。
見藤は思い出したかのように久保に向き直り、口を開く。
「久保くん、いいか。ああいう危険な人間は立ち向かうな、逃げろ。これ一択だからな。……今回は抵抗しなければ東雲さんが怪我をしていたから――」
「……いや、見藤さんに言われたくないですよ」
「あぁ、そうだよな……。…………本音を言うと、二度と御免だ」
「……そう思ってるなら、もう二度とあんなことしないで下さい」
久保の見藤への罵倒は止まらない。寧ろ、それほどまでに彼の身を案じたということだ。
――暴漢に立ち向かう、常識的に考えればとてつもなく危険な行為。人より恵まれた体格を持つ見藤だからこそ、できたことだろう。そして、それは結果論でしかない。
久保と東雲という、見藤からすれば守るべき対象と共にいたことがそうさせた。
久保が悔しそうに呟く。
「僕と東雲がどんな思いで……っ」
「すまない」
見藤は頬に当てていた氷嚢を置くと、今度は久保の頭に手を置いた。
久保は少しだけ目を伏せる。見藤の手の重みが、無事であるという実感を抱かせる。少し雑に髪を乱されるのは頂けないが、少しの間だけ、その重みを享受していた。
すると、斑鳩は一瞬驚いた表情を見せたが、その次には豪快に笑ったのだ。
「それにしてもお前が助手を雇うとはなぁ。人間、歳をとると丸くなるってのは本当だな」
「……やかましい」
斑鳩のからかうような言葉と視線に、見藤は辟易とした表情を浮かべる。しかし、和やかな雰囲気はそこまでだった。斑鳩の視線が突如、鋭くなったのだ。
鋭い眼光で見藤を射抜いた斑鳩は、そっと口を開く。
「で? 何があった」
「はぁ……」
斑鳩にそう問われれば、見藤は答えるしかない。これは事情聴取だ。
見藤は思い出せる限り、状況を斑鳩に伝えた。何せ違和感を抱いた瞬間、考えるよりも先に体が動いたのだ。その時の状況を事細かに説明するには、頭で処理ができない事象が多すぎた。
――すれ違い様に刃物を持ち出した男、狙われた東雲、その凶行に抵抗した見藤。
見藤が一通り説明し終えると、斑鳩は溜め息をついた。その様子を目にした見藤は不服そうに眉を寄せている。
その次には、斑鳩の鋭い眼光はなりを潜め、悪友の表情に戻ったのだった。深く息を吸うと、大きな溜め息を付く。ぽつりと溢した言葉は見藤の身を案じたものだった。
「はぁ……お前。昔、俺と色々やっててよかったな」
「……今になって、そう思う」
「一歩間違えれば、刺されて病院送りだ」
「……」
斑鳩の言葉に見藤は黙り込んでしまった。
久保は「もっと言ってやってくれ」と言わんばかりに、見藤を横目で見ている。
見藤と斑鳩。偶然が重なり、二人は学生の時分に出会った。その名と、同じく呪いを扱う家に生まれた境遇が、二人を悪友たらしめた。
斑鳩家は、警官や検察といった司法の職に就く者が多い。裏では呪いを生業としながらも、司法に入り込み、怪異事件や事故に目を光らせている。
そして、他の名家が良からぬことを企んでいないか監視する役目を持つ、と見藤は学生時代、斑鳩から教示を受けた。
その折に「将来は警察になるのだから」と斑鳩の練習相手になったのは見藤だ。
幼い頃より、柔道など必要な武術を叩きこまれていた斑鳩。未経験者の見藤では、話にならないような練習風景だったが、いい経験になったようだ。
そして、護身術を見藤に教え込んだのは斑鳩だ。その経験が大いに生かされた結果、見藤は病院送りにならずに済んだ。
斑鳩から説教を受ける見藤は、抗議する素振りすら見せない。依然、仏頂面のまま氷嚢を頬にあてている。
不意に、部屋の扉が数回ノックされた。斑鳩が短く返事をすると、扉の隙間から例の若い警官が遠慮がちに顔を覗かせた。
「斑鳩警部。被疑者の治療、応急措置ですが完了しました。これで少しは話が聞けるかと」
「分かった、すぐに向かう」
警部、そう呼ばれた斑鳩に見藤は目を丸くする。本来であればこう言った事件現場に直接赴くことはないはずだ。見藤は思わず「あいつ相当出世したな」と、悪友の姿に呟いた。
そうして、斑鳩が退室し、残された見藤と久保。しばらくの間は待機となる。
見藤は思い出したかのように久保に向き直り、口を開く。
「久保くん、いいか。ああいう危険な人間は立ち向かうな、逃げろ。これ一択だからな。……今回は抵抗しなければ東雲さんが怪我をしていたから――」
「……いや、見藤さんに言われたくないですよ」
「あぁ、そうだよな……。…………本音を言うと、二度と御免だ」
「……そう思ってるなら、もう二度とあんなことしないで下さい」
久保の見藤への罵倒は止まらない。寧ろ、それほどまでに彼の身を案じたということだ。
――暴漢に立ち向かう、常識的に考えればとてつもなく危険な行為。人より恵まれた体格を持つ見藤だからこそ、できたことだろう。そして、それは結果論でしかない。
久保と東雲という、見藤からすれば守るべき対象と共にいたことがそうさせた。
久保が悔しそうに呟く。
「僕と東雲がどんな思いで……っ」
「すまない」
見藤は頬に当てていた氷嚢を置くと、今度は久保の頭に手を置いた。
久保は少しだけ目を伏せる。見藤の手の重みが、無事であるという実感を抱かせる。少し雑に髪を乱されるのは頂けないが、少しの間だけ、その重みを享受していた。
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