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第二章 怪異変異編
12話目 百足の虫は死して僵れず(三)
しおりを挟む久保が慣れない手つきで手袋をはめていると、二人は既に玄関前まで到達していた。慌てて追いかける久保は玄関先へ向かう途中、視線を感じ振り返る。
――しかし、特に何かがいる訳ではなかった。気のせいか、と息を吐き、見藤と来栖の元へ向かった。
がちゃり、と鍵の開く重い音がする。昔ながらの玄関扉を開けると、生前使用していたであろう荷物は遺品整理もされず、そのままの状態であった。
「お邪魔します」
見藤が誰に向けて言う訳でもなく挨拶をする。それに倣い、久保と来栖も続いた。すると、少しだけ空気が和らいだと感じるのは気のせいだろうか。
こちらです、と言う来栖の案内に続き、二階へ上がる。二階へ続く階段脇にも荷物が積み上げられていた。ここの元々の持ち主は物が捨てられない性分の人だったのだろうか――、そんな事を考えながら見藤と来栖の後をついていく久保。
「ここです。前回、ここが少し気になって……許可を得たので、今日は来たんです」
来栖はそう言うと、二階の一部屋で足を止めた。
畳には所々痛んだ個所が見られ、生活用品が無造作に転がっている。部屋の脇には昔ながらの妙な和風の置物が置かれていた。そして、奥には戸がある。戸と言っても人の腰の位置に設置されており、それは埋め込み収納の扉だろうか。
しかし、扉の周囲の壁には何やら釘を打ち付けた痕が残っていて、床には板が放置されている。床に転がる板は収納戸を塞ぐように取り付けられていたのだろうか。
来栖は収納戸を目にすると、訝しむように眉を寄せた。
「あれ……前に来たときは、ここは塞がれていたはずじゃ……」
彼の言葉に間違いがなければ、なんとも不気味な話だ。見藤と久保は奇々怪々な現象に理解がある。もはや何も言うまいと口を閉ざした。
そして、来栖はその戸に手を掛けた。
「少し崩れるかもしれないので下がっていてください」
「ん」
来栖の言葉に見藤は短く返事をすると、久保を背に庇うような形で足を一歩引く。
来栖がゆっくり戸を引くと、中から大量の写真立てが転がり落ちてきた。予想外の多さに久保と来栖は思わず後退り、見藤がその写真立てを覗く。
それらは、はなかなかに古い物らしく色褪せているものがほとんどだ。時代はばらばらで、中には着物姿の写真や白黒写真まで混ざっている。
重なる写真立てを眺めていた見藤はしゃがみ込み、じっと何かを凝視している。それに倣い、来栖も見藤の隣にしゃがんだ。そして、来栖は見藤に疑問を投げかける。
「親族の方々の写真でしょうか?」
「いや、恐らく血縁関係はないな……。だが、ここで亡くなった人の写真を集めているんだろう。……悪趣味だ」
「どうして言い切れるんです?」
「まぁ、目がいいんでな」
見藤はそう言うと、更に何かを凝視している。――確かに、高齢親族が若い頃にこの物件を購入していたとしても、ここまで時代の異なる写真を集めるだろうか。だとしてもなぜ、この収納に押し込んでいるのか。誰がそれを行っていたのか、なんとも疑問は尽きない。
そもそも何故、見藤はそう言い切れるのだろうか。久保は不思議に思い、ふと見藤を見た。すると、日の光に反射して見藤の紫黒色の瞳が、少しだけ深い紫色に見えたのだ。見間違いかと思い瞬きをし、もう一度見藤を見るといつもの瞳の色に戻っていた。
(見間違いか……)
久保はそう思い、写真立ての山に視線を戻す。
すると、見藤は大量の写真立ての中に混じる物を指差した。写真立てに埋もれた中に、黒く光るものがあった。それは位牌だ。
「それも一本じゃないぞ」
見藤が言うようによく見ると、床に散らばる写真立ての下敷きになった位牌が数本あった。ということは、この埋め込み収納は元々仏壇を収納する場所だったのだろう。
皆がふと、視線を収納戸へ戻すとやはりと言うべきか、長年放置されていたであろう仏壇が鎮座していた。その仏壇の隙間という隙間にも写真立てが詰め込まれている。
その光景に眉を寄せ、口を開いたのは来栖だ。
「仏壇を仕舞う場所にこんなに写真を入れて……」
気味が悪い――、その場にいる皆が得も言われぬ不快感を抱いた。一体何故、何の目的でそうしているのか、なんとも不可解だ。
見藤は床に散らばった写真立てを避けながら、仏壇に近付て行く。収納戸まで来ると、内部の天井を見上げたり、仏壇の内陣や外陣を開閉したり。更には、その裏を覗き込み、壁を見ている。
そんな見藤の様子に、久保は背中越しに声を掛けた。
「何してるんですか……?」
「ん? ……あ、あった。来栖の見立ては当たりだな」
見藤はそう呟くと、手招きをする。
久保と来栖は、見藤に指示された個所を見やった。天井に貼られたリノベーション素材だろうか、木目のシートが少しだけ剥がれている。その剥がれた個所から覗くのは、赤褐色に黒く変色した文字だ。これは何の文字で、何を意味しているのかは分からない。
見藤はその文字を目にして、何か思い当たることがあったのだろうか。
「来栖、この件は一旦持ち帰る。大方見当はつくが……下手をすれば俺でも対処は無理だ。この物件は諦めたほうがいいかもしれない」
「そうですか……。この地域の物件はほとんど売りに出されることがなくて、珍しかったんですけどね」
「そうなのか?」
「はい。なんでもここは気候もよく、大きな川が近くにあるのですが水害もない、住みやすい地域だそうで。ほとんどの方は昔からこの地域に住み続けている方々が多いと」
「ふーん……」
来栖の言葉に見藤は間の抜けた返事をしたが、その眼光は鋭く思考を巡らせるように腕を組んでいる。
来栖はふと腕時計に目を落とすと「そろそろ」と声を掛ける。どうやら、時間のようだ。三人は屋外へと移動しようとしたが、見藤は殿に立つと後ろを振り返った。
「来栖、二人で先に行っておいてくれ。少し様子を見ておきたい。立会い人不在でここに残っても大丈夫か?」
「それは、大丈夫ですが……」
「そうか」
「見藤さん」
「大丈夫だ」
心配そうに見藤を見る来栖を安心させるように、見藤は困ったように笑う。
見藤がこの笑い方をするときは、大抵何かある時だと久保は経験則で理解していた。そして、怪異から自分たちを遠ざけようとしていることも。
見藤の申し出により、久保と来栖は先に外へ移動することになった。
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