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第二章 怪異変異編
12話目 百足の虫は死して僵れず(二)
しおりを挟むそうして、久保は約束の明後日を迎えた。
見藤の話を聞くに今回の依頼人は不動産会社の職員らしいのだが、事故物件を好き好んで担当しているらしい。「事故物件を好んで」というからには、霊や怪異といった人ならざる存在に理解のある人物のようだ。
久保は、怪異に心を砕く見藤がその人物からの依頼を受ける理由を悟った。
久保からすれば、奇々怪々なものに自ら近付くなど、到底理解が及ばないようで驚きのあまり目を見開いている。
「え、事故物件担当……?」
「言ったろ、変わった奴だって」
「でも、見藤さん。霊は見えないんじゃ……」
「そうだ。だが、どういう訳か……あいつが寄こす依頼は怪異絡みである場合が多くてな」
「へ、へぇ……」
見藤と久保はそんな会話をしつつ。事務所から数駅離れた場所で、件の人物と待ち合わせをしていた。
待ち合わせ場所となった駅周辺は閑散としていて、都会からほど近いという割にベットタウンを謳うにはかけ離れているような土地だった。その分、住宅が多く古い外観の家も多く見られる。
すると、突然。見藤と久保の目の前に一台の車が急ブレーキを掛け、止まった。その光景を目にした見藤は眉を下げて、蚊の鳴くような声で呟く。
「最悪だな……。移動は車か……」
「え?」
久保は見藤が呟いたその意味を尋ねようとしたが、車から男が降りてきたためそれは遮られる。
男は体格こそ標準だが、少し癖のある髪質。髪は清潔感のある長さで切り揃えられており、黒縁眼鏡が印象的だ。その顔は精悍な顔立ちをしており、見藤よりも年下だと分かる。そして、なんとも掴みどころのない雰囲気を醸し出していた。
久保はすぐさま思ったことを口にした。
「イケメンだ」
「まぁ、否定はしない」
久保の率直な感想に、珍しく見藤が同意した。
その男は不動産屋の営業らしくスーツ姿だ。しかしながら、なんともネクタイが個性的。可愛らしくデフォルメされた幽霊が散りばめられたイラストが描かれている。
そんな男は満面の笑みを浮かべながら、陽気に話し掛けてきた。
「わぁ! 見藤さん、ご無沙汰しています。今回は助手さんもご一緒なんですね」
「お前……、車移動なら事前に言っておけ……。現地集合にした方がマシだ」
「まぁ、そう言わずに」
見藤と親しげに話す男は、隣に立つ久保に視線を向けると右手を差し出した。
「どうも、助手さん。僕、来栖と言います」
「あ、ありがとうございます。久保です」
お互いに簡単な挨拶を交わし握手を終え、三人は車に乗り込む。もちろん、運転は来栖だ。見藤は後部座席に座ると、顔を青くしている。
久保は心配になり声を掛けるが、見藤は視線を合わせない。
「大丈夫ですか、見藤さん?」
「いや、こいつの運転技術を考えるとな……今から吐きそうだ」
「え?」
それから、見藤の言葉通り、目的に到着するまでの三十分間。久保が今までに経験したことのないドライブだった。大学の講義がある平日は、毎朝満員電車に揺られている久保でも耐えかねるような運転技術だった。走行中左右の揺れは大きく、突然前のめりになることもしばしば。
見藤は車酔いを起こしているのか、目を閉じて天を仰いでいる。彼の手はアシストグリップをしっかりと握っていた。そんな見藤の様子をバックミラー越しに目にしたであろう来栖は――。
「いやぁ、あはは。僕、運転は苦手なんですよ。にしても、弱っている見藤さんなんて新鮮ですね」
「その口塞ぐぞ……。うっ……」
来栖の軽口を心底嫌そうに返す見藤に、久保も同意したくなった。
◇
そうしてやっと到着したその場所はさらに閑散とした住宅街。その一角、平凡な一軒家の前に車は停まった。外観からは特に何かが起きたとは到底思えず、最近まで人が住んでいたような雰囲気だった。
「この物件の買取査定依頼があったのですが、この物件は心理的瑕疵物件でして――」
「心理的瑕疵物件?」
聞き馴染みのない言葉に久保は首を傾げる。来栖の説明を引き継ぐような流れで見藤が久保の疑問に答えた。
「要するに、物件内外で事件・事故による死者が出たか、近隣に嫌悪施設がある――、とかだな」
「おおよそ、そのような感じです。相談者の申告では、ここに住まわれていた高齢親族の孤独死だと。その人が亡くなったことで、この物件を相続するかどうか、悩まれていて……査定次第では、売りに出すと。その昔は家族向けの売り物件だったようです。当時それを買われたのがその亡くなった親族の方だと――」
そこで来栖は一度言葉を切り、考え込むような仕草をした。
「と言っても、僕が聞く限り、高齢と言ってもそこまで高齢という年齢ではなかったんですよ。自然死と言うには少しおかしな点が……」
そして、来栖は神妙な面持ちで後部座席に座る見藤を振り返った。
「僕としては、何かあるような気がして」
「と、言うと?」
「中に入って見てもらった方がいいかと」
見藤の問いに来栖はそう答える。
来栖は鞄から、持ち主から預かっているのだろう、家の鍵と白い布手袋を取り出す。その手袋は見藤と久保にも手渡された。
「では、行きましょう」
来栖の言葉を皮切りに、三人は車を降りて玄関先に向かった。
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