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第一章 劈頭編
5話目 東雲あかり
しおりを挟む彼女は思い出す。幼い頃に、祖父から貰ったお守り。
いつの頃だったか、肌身離さず持ち歩いていたお守りをなくしてしまった。それから、黒い靄のようなものが話しかけてくるようになった。祖父から聞いた「あれの類とは会話をしてはいけない」と。だが、見知らぬ振りをするには幼過ぎたのだ。
ついにその日、彼女は恐怖心が勝り、小さな悲鳴を上げてしまった。すると途端に、黒い靄は形を変えた。人の姿をしたナニカ、その顔はおどろおどろしかった。
ナニカが少女へ手を伸ばそうとしたとき ――――。
「お嬢ちゃん、このお守りは君の?」
「あ……、」
少女の目線に合わせてしゃがみ、お守りを差し出す青年がいた。そのお守りは少女が見慣れたものだった。
少女はこくこくと頷き、お守りを受け取った。すると、いつの間にか人の姿をしたナニカは消えていた。
「そうか、よかった。じゃあね」
そう言って青年は立ち去ってしまった。
彼の優しげな目元と心地よい声が少女の記憶に焼き付いた。少女はぎゅっとお守りを握りしめて、お礼を言えなかった事を後悔した。
(また会えたら、ちゃんとお礼言わんと)
その日から、少女は黒い靄を視ることはなくなった。そして、少女は拝殿に向かい、お守りを拾ってくれた青年に再び会えるよう、祈ることが日課になった。
危機的状況の中で、幼い思い出というものは美化される。それは次第に初恋という病に修正されたのだが、それは後の話。
* * *
(と、いうこともあったけどなぁ……! 最近、またお守りをなくしてしまうし。また、黒いもやもやが視えるし、どうしたんやろう……)
女子大学生、東雲あかりは自らの霊感体質に悪態をついていた。
実家が神社ということもあり、幼い頃より祖父から神道、人魂や悪霊、そう言った類の話は聞かされていた。だが、聞くのと目で視えるのとは違う。怖いものは怖い、と肩を震わせる。
そして、最近になり、お守りを持っていたとしても黒い靄が視えるようになっていた。ついには、お守りを紛失させてしまう事態。
東雲は肩まで伸ばされた明るいグレージュの髪をなびかせながら、大学構内を闊歩していた。
(最悪や、あぁもう……怖い。もう一度、来た道を探すしか……!)
東雲は人生最大の危機を迎えているように感じた。思い出すのは幼い日に視た、この世のものとは思えない恐ろしい光景。握り締めた手に力が籠る。
そうして、東雲は目的の場所へ辿り着く。そこにいたのは男子学生ふたり。どうやら、落し物を拾ったようで東雲の耳に会話が聞こえてきた。
「なんや? 落し物?」
「そうみたいだけど……。お守りだ。持ち主に返してあげた方がいいよな」
「えぇ~。なんかそのお守り、気味悪いわ……。はよう、落し物ですよ~言うて学生支援にでも届け ――」
お守りと聞いて東雲は、はっとする。東雲はそっと男子学生を見やる。お守りを手にしている男子学生は至って平凡だ、もうひとりは利発そうだった。
(うちのお守り……! というか気味悪いてなんや、失礼な)
男子学生が手にしているお守りを目にした東雲は気付けば、彼に声を掛けていた。
「あの、すみません。そのお守り……私のなんです、落としたみたいで」
東雲の口から出た言葉は方言を直したものだった。
「よかった。持ち主が見つかって」
「ありがとうございました」
お互いぎこちなく挨拶を交わし、東雲はお守りを受け取ったのであった。
(あれ、この人何か……。というか、どこかで見かけたことあるような……)
東雲は不思議な感覚を覚える。その既視感に、東雲は首を傾げたのであった。
久保と東雲、そんな二人が再会するのに時間は掛からなった。
「あ。同じサークルだったんだ。私、東雲と言います。一応、自己紹介」
「どうも、久保です。まぁ、人数だけは多いから。顔だけ知っているっていうのは、よくある事、かな……?」
なんともベタな展開であった。大して活動もしていない形だけのボランティア活動を謳っているサークルだ。東雲はお守りを拾ってくれたことに再度お礼を述べる。そこから同学年ということもあり、二人の会話が弾んだ。
こうして、何度かサークルで会話を交わすうちに久保と東雲は友人関係になっていた。
* * *
春を終え、緑が豊かに生い茂り始める頃。ある日の事務所内。
「お守りが頻繁になくなる?」
「そうみたいなんです、僕の友達なんですけど……。どこかに置いた覚えもなくて、いつも鞄に着けてあるのに、気付かない間になくなっている事が多いらしくて」
「ふーん」
「僕がそのお守りを拾ったことがきっかけで、知り合ったんですけど」
「ほーん」
久保は東雲から受けた相談を見藤に話していたが、なんとも歯切れの悪い返事ばかりだ。
見藤は眼鏡を掛け、新聞を読んでいる。少し眉間に皺を寄せてはいるが、あまりの興味なさげな態度に久保は苛つき始めた。彼はその眉間の皺を指で伸ばしてやろうかと、心の内で思った。
「見藤さん」
「うちは慈善事業でも、なんでもないからな」
久保が言い切る前に見藤が言葉を遮った。
見藤の言葉は至極当然のことで、久保は口を噤むしかなかった。「個人からの依頼は請け負いたくない」彼はそう言っていた。人助けなどするつもりは毛頭なく、それは現実主義で面倒事を嫌う見藤らしい言葉だった。
「久保くんが友達思いなことは知っているが、それとこれと話は別だな」
「いいじゃない、助けてあげたら?減るものでもないんだから」
「……」
そんな見藤と久保との間に、霧子が割って入った。黙っておいてくれ、と言わんばかりの見藤の表情を眺めながら、楽しそうに笑う霧子。
最近、久保は気付いた。こういった時、見藤は霧子の言葉にめっぽう弱かった。昔馴染みであるが故なのか、はたまた見藤が彼女に惚れているのか、その弱みなのか。一切、想像の域を出ない話ではあるが、この二人の関係性もいい加減はっきりして欲しいところだと久保は大きな溜め息をつく。
久保はちらりと、見藤と霧子を見やった。
昔馴染みという割には霧子の方がずっと若いように見える、というのは不思議なものだ。見藤も霧子に対しては敬称をつけて呼び、丁寧な接し方をしている。女性に対して紳士的だというのであればそういうこともあるのか、と久保は自分の中で勝手に納得しておく。
見藤は読みかけの新聞にさらに顔を近付けると、すっぽり隠れてしまった。その仕草が見藤の体格と風貌に似合わず、思わず久保は笑ってしまった。
すると、足元にいた猫宮が突然に口を開いた。
「本人が雑な扱いをしない限り、お守りなんて物はそうそう持ち主から離れないぞ。そいつはお守りを大事にしているんだろ?」
「そうなんだよ、又八」
猫宮の援護射撃もあってか、深い溜息をつく見藤。彼は隠れた新聞から少し顔を覗かせて――。
「まぁ……、一度うちへ遊びに来るといい」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、内容によっちゃあバイト代から依頼料天引きだぞ」
「えぇっ!?」
これだけは譲れないと言わんばかりに見藤は語気を強めてそう言った。その言葉を聞いた久保は、驚きの声を上げる。
すると、またしても霧子が口を開く。彼女は困ったように眉を下げて、口を尖らせる。
「まぁ、ちょっと酷いのね」
「霧子さん、ちょっと黙ってくれ……」
霧子のお小言を凌ぐ術を見藤は持ち合わせていなかった。
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