H･I･M･E ーactressー

第４章 日常１：僕

３

　長井さん、驚いてたな……

　無愛想を絵に描いたような人なのに、目ん玉落っこちちゃうんじゃないかってくらいに目見開いちゃってさ。

　当然だよね、だって長井さんからしてみたら、《太田智樹》が来ると思ってたのに、いきなり《ＨＩＭＥ》が現れたら、長井さんじゃなくても驚くに決まってるよね。


　でも長井さん、その時言ってくれたんだ、「悪くない」って。


　その一言のおかげで僕も、ほんのちょっとだけだげど、自分に自信が持てたんだよね。
　それまでの僕と言えば、外見は勿論のこと、何をするにも自信が持てなくて、唯一「これなら！」と思った絵も、大学に入ってみたら僕よりもうーんと上手な人がいっぱいいて……
　自分の駄目さ加減に、ちょっと落ち込みかけてて、でも長井さんがそう言ってくれたことで、僕は自信が無いなりに頑張ろうって思えたんだ。


　そうして迎えた、デビュー作（そんな大層なモンでもないけど……）の撮影。

　見たこともないようなでっかいカメラと、思いの外多いスタッフの数に圧倒された僕は、緊張のあまり身体はカチコチになるわ、顔だって無表情を通り越した無になるし、おまけに相手役の男優さんがどんなに頑張ってくれても、イクどころか勃つことすら出来なくて……
　当然だけど、監督さんは勿論のこと、その場にいた全員が呆れ顔で首を横に振った。
　使い物にならない、って。

　ショックだった。
　例え素顔をメイクで隠そうと、可愛い服を着ようと、やっぱり僕は僕でしかないんだって。
　僕は「ＨＩＭＥ」にはなれないんだって。

　そう思ったら何だか悲しくなってきちゃって……

　でもせっかくヤルと決めてここまで来たんだからと、何とか自分を奮い立たせるつもりで、撮影の合間を縫って僕は鏡の前に立った。


　僕はＨＩＭＥ。

　自分に自信が持てないせいでいつも背中を丸め、何も考えるわけでもなくボケーッと生きてる太田智樹とは違う。
　可愛くて、ちょっぴりエッチで、でも誰からも愛される天使のような女の子、それがＨＩＭＥなんだって、自分に魔法をかけた。