愛玩人形

第２章 初恋…

１

　やがて僕は高等学校に進学し、幼かった智子は十を三つ過ぎようとしていた。

　その頃になると、それまで智子に辛く当たってきた母様の智子に対する態度が、まるで手のひらを返したように一変した。

　嫁入り道具のつもりなのか……、大切にしてきた着物を智子に着せつけては、手入れの行き届いた広い庭を、二人寄り添って散策する姿が幾度となく見られた。
　優美でいて雅な二人の姿はとても美しくて、僕は勿論のこと使用人達も微笑ましく見ていた。



　そんな或る日、父様が一人の青年を屋敷に呼び寄せた。

　すらりと背も高く、およそ東洋人には見られない容姿のその青年は、屋敷から出ることを許されない智子のために、父様が家庭教師として招いた男だった。
　僕は内心、智子の勉強なら僕が……とも思ったが、それを口にすることはしなかった……いや、出来なかった。


　父様に逆らうことなど、決して許されることではなかったから……


　青年は名を松下潤一といって、卒業を間近に控えた大学生だと父様は言った。
　大学にまで通うくらいだから、相当優秀なのだろうとは思ったが、初めて会った時から僕はこの男……松下潤一のことが、どうにも好きになれなかった。

　理由は簡単だ、智子を見る目が明らかに他のそれとは違うと、瞬時にそう感じたからだ。

　僕は咄嗟に警戒心を強め、智子の手を握った。でも……

　「君が智子さんかい？　俺は松下潤一。宜しく頼むよ」

　そう言って差し出した松下潤一の手を、純粋な智子は何の疑いもなく握った。


　愛くるしい笑顔を浮かべながら……


　その瞬間、胸の奥底に、小さな……ほんの小さな炎が燻るのを僕は感じていた。