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変わりゆく日常
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晴樹からの連絡に返信をしている間にも、純一からのメッセージは送られて来ていた。
あの日から一週間経った頃、純一からもご飯ぐらい食べにいかないか、というものが来ていた。
ちょうど仕事の打ち合わせが落ち着きそうだから、ということでのメッセージだったが、ちょうど次の休みは晴樹の先約がある。
友達との先約があるからとは返信をしてやると、速攻で音声通話が返ってきた。
『よかった、読んでくれてたんだ?』
「既読ついてただろ」
『ただ開いてるだけかって思って。で、その先約ってお昼? 夜ならどう?』
食い気味に来る純一に、悠人は半分、返さなきゃよかったと思いつつ、半分は楽しかった。
「夜なら、まぁ、いいよ。ただし次の日俺仕事だから、あんま遅くなるのイヤだからな」
そんなやり取りをして今日に至る。
と、いうことを含めて、幼なじみの話を掻い摘まんで話ながら、晴樹と少し遅めの昼食を食べていた。
「なにそのラブコメあるあるみたいな幼なじみってキーワード。ってかその彼が地元を出た理由?」
「そう」
悠人は言って、食後のアイスティーを飲んでいた。
晴樹は少し考えるように頭の中を整理する。
彼は大学時代に知り合った友達であり、悠人が今なお連絡を取る数少ない学生時代の同級生だ。
彼は第二性についてはβであった。
同じ学科、同じゼミだったこともあり、話ていると気が置けない仲になっていた。
ただ晴樹は就職活動をしたくない。という理由から、趣味で書いていた小説を兎に角あちらこちらに投稿し、挙げ句には受賞して本当に作家になった男である。
卒業する前まではバイトと学生、そして駆け出し作家として多忙を極めて居たが、作家活動が上手く軌道に乗った為に完全に専業としてバイトもやめた。
その頃の悠人は就職活動で消耗しており、愚痴をよく晴樹に聞いてもらっていた。
彼は聞き上手であり、そしてそこから小説の着想を得ていると思う。悪い気はしないのは、彼の腕がそうさせるのだろうと悠人はもらう本を読む度に思う。
「じゃあ、彼が前に言ってたアレか」
「そういうこと」
なるほど、と納得した晴樹はホットコーヒーを飲んだ。
晴樹には就職活動中、かなり愚痴を聞いてもらった。その中の多くはやはり自分がΩであるということにまつわるものが殆どだ。
精神的に参っていた悠人は、自分が地元を出た理由もそれであると告げ、始めてヒートになってしまった時に幼なじみに手を出そうとしたのが心底イヤなのだと吐き捨てた。
そのことを覚えていた晴樹は、今日の会話により点と点がつながったと言って腕を組むと椅子に深く沈んだ。
「別にお前も好きならいいじゃん」
「いいのかもしれないけど、前にも言ったろ。あの時の自分がマジで本当にイヤなんだよ」
「でもしょうがないじゃん。それはもう性質の所為っていうか」
「そういうのもイヤだし、なんもかんもイヤ」
ため息を吐いて悠人は結局ココに戻るのだと、何日もぐるぐる回っている思考の迷路から抜け出せないでいた。
好きだという気持ちは確かにある。それは幼い頃、まだ、それがどういう性質のものか分かる前から存在していた。
それを意識したのは、ヒートになった時だろう。
あの時は、純一に微かに香るαという性がほしいと思って手を伸そうとした。
故に、自分は純一ではなくαが欲しかっただけだ。
あの時、ほんの僅かにでも純一が欲しいと思っていたのならば、多分ここまで悩まなかったのではないかと自己分析する。
手持ち無沙汰にアイスティーの氷をぐるぐるとかき混ぜていると、晴樹が口を開いた。
「まぁ俺なんて平々凡々で普通のβだからさぁ、そういうの全然わかんないけど」
「でもお前の小説はいろんな人間の機微を書上げる筆致が素晴らしい。って評価だろ?」
「どこで読んだんだよその評価」
「本の後ろの解説」
「あー」
晴樹は笑った。口では平々凡々というが、彼は彼なりに悩みを抱えているからこそ作家になったことを悠人は聞いていた。
それを聞いたときに自分自身のこともつい口にした。
当時まだ冬真に出会う遙か前であり、学生生活も地味に目立たず終わらせようと必死だった。そんな中でも彼になら話してもいいと思ったことがきっかけで、ソレがあったからこそ今もこうして交流は続いている。
「でもなんて言うかさ、好きなら素直に好きって認めて一緒になっちゃえばいいじゃん。ソレが出来るんだし」
「簡単に言うなよ」
「当事者じゃないし、俺はソレが出来ないから多分簡単に言っちゃうんだな。悪いとは思うけど、俺からすればそう思うところ。でもまぁ、そうやってお前が悩むのも理解は出来るよ。欲しいと思った対象を、抗えない本能の方が欲しがったのが許せない。でいいのかな」
「多分」
「なんか次ネタ困ったらソレ書いていい?」
「奢るなら許してやるよ」
軽口を叩いて二人は肩を震わせて笑う。
「あ、そうだ。この後ちょっと俺行きたい店あるんだけど。イイ?」
「いいよ。別に俺はなんもないし。店ってなに?」
「服のセレクトショップ。そろそろ秋物が入るっていうから、見に行きたくて」
夏は終わりつつある。それでもまだ暑いから秋という季節は遠く感じる。しかし暦の上では確かに秋に近づいている。
そんな季節か、と悠人は思いながら氷で薄まったアイスティーを飲み干した。
あの日から一週間経った頃、純一からもご飯ぐらい食べにいかないか、というものが来ていた。
ちょうど仕事の打ち合わせが落ち着きそうだから、ということでのメッセージだったが、ちょうど次の休みは晴樹の先約がある。
友達との先約があるからとは返信をしてやると、速攻で音声通話が返ってきた。
『よかった、読んでくれてたんだ?』
「既読ついてただろ」
『ただ開いてるだけかって思って。で、その先約ってお昼? 夜ならどう?』
食い気味に来る純一に、悠人は半分、返さなきゃよかったと思いつつ、半分は楽しかった。
「夜なら、まぁ、いいよ。ただし次の日俺仕事だから、あんま遅くなるのイヤだからな」
そんなやり取りをして今日に至る。
と、いうことを含めて、幼なじみの話を掻い摘まんで話ながら、晴樹と少し遅めの昼食を食べていた。
「なにそのラブコメあるあるみたいな幼なじみってキーワード。ってかその彼が地元を出た理由?」
「そう」
悠人は言って、食後のアイスティーを飲んでいた。
晴樹は少し考えるように頭の中を整理する。
彼は大学時代に知り合った友達であり、悠人が今なお連絡を取る数少ない学生時代の同級生だ。
彼は第二性についてはβであった。
同じ学科、同じゼミだったこともあり、話ていると気が置けない仲になっていた。
ただ晴樹は就職活動をしたくない。という理由から、趣味で書いていた小説を兎に角あちらこちらに投稿し、挙げ句には受賞して本当に作家になった男である。
卒業する前まではバイトと学生、そして駆け出し作家として多忙を極めて居たが、作家活動が上手く軌道に乗った為に完全に専業としてバイトもやめた。
その頃の悠人は就職活動で消耗しており、愚痴をよく晴樹に聞いてもらっていた。
彼は聞き上手であり、そしてそこから小説の着想を得ていると思う。悪い気はしないのは、彼の腕がそうさせるのだろうと悠人はもらう本を読む度に思う。
「じゃあ、彼が前に言ってたアレか」
「そういうこと」
なるほど、と納得した晴樹はホットコーヒーを飲んだ。
晴樹には就職活動中、かなり愚痴を聞いてもらった。その中の多くはやはり自分がΩであるということにまつわるものが殆どだ。
精神的に参っていた悠人は、自分が地元を出た理由もそれであると告げ、始めてヒートになってしまった時に幼なじみに手を出そうとしたのが心底イヤなのだと吐き捨てた。
そのことを覚えていた晴樹は、今日の会話により点と点がつながったと言って腕を組むと椅子に深く沈んだ。
「別にお前も好きならいいじゃん」
「いいのかもしれないけど、前にも言ったろ。あの時の自分がマジで本当にイヤなんだよ」
「でもしょうがないじゃん。それはもう性質の所為っていうか」
「そういうのもイヤだし、なんもかんもイヤ」
ため息を吐いて悠人は結局ココに戻るのだと、何日もぐるぐる回っている思考の迷路から抜け出せないでいた。
好きだという気持ちは確かにある。それは幼い頃、まだ、それがどういう性質のものか分かる前から存在していた。
それを意識したのは、ヒートになった時だろう。
あの時は、純一に微かに香るαという性がほしいと思って手を伸そうとした。
故に、自分は純一ではなくαが欲しかっただけだ。
あの時、ほんの僅かにでも純一が欲しいと思っていたのならば、多分ここまで悩まなかったのではないかと自己分析する。
手持ち無沙汰にアイスティーの氷をぐるぐるとかき混ぜていると、晴樹が口を開いた。
「まぁ俺なんて平々凡々で普通のβだからさぁ、そういうの全然わかんないけど」
「でもお前の小説はいろんな人間の機微を書上げる筆致が素晴らしい。って評価だろ?」
「どこで読んだんだよその評価」
「本の後ろの解説」
「あー」
晴樹は笑った。口では平々凡々というが、彼は彼なりに悩みを抱えているからこそ作家になったことを悠人は聞いていた。
それを聞いたときに自分自身のこともつい口にした。
当時まだ冬真に出会う遙か前であり、学生生活も地味に目立たず終わらせようと必死だった。そんな中でも彼になら話してもいいと思ったことがきっかけで、ソレがあったからこそ今もこうして交流は続いている。
「でもなんて言うかさ、好きなら素直に好きって認めて一緒になっちゃえばいいじゃん。ソレが出来るんだし」
「簡単に言うなよ」
「当事者じゃないし、俺はソレが出来ないから多分簡単に言っちゃうんだな。悪いとは思うけど、俺からすればそう思うところ。でもまぁ、そうやってお前が悩むのも理解は出来るよ。欲しいと思った対象を、抗えない本能の方が欲しがったのが許せない。でいいのかな」
「多分」
「なんか次ネタ困ったらソレ書いていい?」
「奢るなら許してやるよ」
軽口を叩いて二人は肩を震わせて笑う。
「あ、そうだ。この後ちょっと俺行きたい店あるんだけど。イイ?」
「いいよ。別に俺はなんもないし。店ってなに?」
「服のセレクトショップ。そろそろ秋物が入るっていうから、見に行きたくて」
夏は終わりつつある。それでもまだ暑いから秋という季節は遠く感じる。しかし暦の上では確かに秋に近づいている。
そんな季節か、と悠人は思いながら氷で薄まったアイスティーを飲み干した。
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