キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗

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変わりゆく日常

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 空を見上げた。
 ビルが建ち並ぶ街を行く道で見上げた空は、少し狭く感じる。
 悠人は約束の場所へと向かいながら、視線を前へと戻した。

 *

 純一にあのレストランにつれて行ってもらってから数日が経過した。
 次に仕事に向かった時、冬真は悠人を見るなり「なんかあった?」と聞いた。
 それはあの誘われて出て行く自分を見ていたからだろうかと思い、悠人はその後のことを軽く説明した。
「飲んで、泊まって、ドライブに連れて行かれましたね」
 と、一言で答えたのだが、冬真はそうじゃないと首を振った。
「お前の心境的なもんだよ」
 そう言われると思い出すのは胸の奥の痛みと甘い香りだ。
 何と答えるべきか悩んで、悠人はため息を吐いた。
 それ以上の言及はしないと冬真は言って、それ以上に他人の色恋沙汰には興味ないさと笑う。
 ただ、一つだけ言わせてほしいと冬真は真剣な表情で言った。
「自分の気持ちには素直になれ。あの彼だって、生半可な気持ちでお前を探し出したわけじゃないだろ? それに言ってたじゃん。幼なじみのことが好きだったって話は」
「それはまぁ……あの時の話ですけど」
「じゃあ今はってことよ。話してみてどうだったのさ」
 そう言われると悠人は黙って視線を逸らした。
 店で最初に出会った時は、大人になった姿に驚いた。
 それは幼い頃の姿しか知らないから、その間の高校時代から大学、成人と月日を経た姿を知らないからだ。
 だからこそ余裕ある感じにも驚いた。
 しかし蓋を開けてみて話してみれば、結局のところ中身の根本は変わっていなかった。
 無理しようとしたけど無理だった、というのは純一らしく、少しホッとしたのも確かだった。
 あのまま、本当に彼が大人になって自分の知らない純一として変わっていたのなら、多分あんな気持ちにはならなかった。
「昔のままでかなり安心しましたけどね」
「昔のまま?」
「もう少しだけ、色々考えたいんですよ俺も。匂いがするからって、運命の番なんて都市伝説みたいなこと、簡単に信じられないし」
「まぁ、そういうのは当事者しか分からないから、都市伝説じみたところあるしなぁ。でも匂いは本当に、全然違うらしいけど。それは俺も一度ぐらいは嗅いでみたい気もするけど」
 そんなことをボンヤリと呟いて、冬真はいつものように仕事をし始めた。

 数日経過すると、純一からの連絡に返すのも別に構える必要はなくなっていた。
 家まで送り届けてもらった後、去り際に純一は言った。
「また連絡していい? っていうか返事しなくてもいいから送っていい?」
「連絡はいいけど、何送るつもりだよ」
 シートベルトを外して言うと、純一は嬉しそうに微笑んだ。
 目を細めると、その瞳はまるで溶けそうなほど優しく見えて、ドキリとしたことを隠す為に眉間に皺を寄せた。
「おはようとか、おやすみとか、お疲れ様とか?」
「別にいいけど……大体は既読だけになるぞ、多分」
「いいよ。全然いい。イヤじゃないなら」
 それでいいならいいけど、と悠人は呟いて車を降りた。
「とりあえず、昨日も今日もありがとう。楽しかったよ」
 それは素直に告げられた言葉だった。
 純一はやはり嬉しそうに微笑んだまま「俺も」と答えて、また絶対にどこかへ行こうと念を押した。
 だがまずは純一の仕事が忙しいことは明白で、彼がそれらを上手くこなさなくてはならない。
 帰りの道のりでぼやいていた純一の言葉を思い出して、悠人はドアを閉める前に言った。
「まぁ、また誘ってもいいから仕事頑張れ」
 そう言ってから送られてくるようになったメッセージは、本当に特に意味もないやり取りばかりで、こちらから返信するにも何をすれば良いのか分からなくなる。
 もっとも、自分の生活リズムとは別軸で動いている。仕事が終わった、おやすみ、という類いの連絡がくる中で、その時間が自分とは少しずれていて、大変そうだなと思う。
 だからねぎらいの言葉ぐらい送ろうか、と考えたものの上手く返せずにいる。
 イラストのスタンプか、絵文字かを送り返せばいい気もしたが、それでいいのかと無駄に悩んで終わる。
 結局あれから、こちらからは特に送れておらず、ただただ自分が読んだという既読だけが純一に送られている。

「あ、どうしたの。ボンヤリ歩いてあぶないぞ」
 そう声を掛けてきたのは、いつの間にか目の前にいた宮本晴樹だった。
「あー、ちょっと考えごとしながら空見てたから」
「空ぁ?」
 声を上げて晴樹も空を見上げる。
 ぬっと首を伸して空を見る晴樹の喉をボンヤリと見ていると、空を見上げたまま彼は言った。
「なんか変なもんでも食ったの?」
 釣られて空を再び見た。
 狭い空は、あの日みた空とは違う。
 同じ空だというのに、あれほど広く綺麗な空は久しぶりにみた。
 実家で暮らしていた頃は当り前だったものが、今は全く当り前ではない。
 自然に囲まれた地で、傍にいるのが当り前だった存在がいる。
 そんな昔と変わらない時間は少しだけ悠人の気持ちを変えている。
「まぁ、変なもん食ったかもなぁ」
 またどこかへ行きたいと思った。一人で行きたいとは思わない。
 他でもなく、純一と行きたいと思ったのは嘘ではない。
「……マジ、どうしたの?」
 物珍しげな目でみる晴樹に、悠人は唸りながらすぐには答えられないと言い、とりあえずは予定している映画の時間があるからと歩き始めた。
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