21 / 29
四章
21.やめろ
しおりを挟むイウリュースは、大股でヴィルイに近づいた。
目の前の男は、クレッジを誘い続けた憎い男だ。見下ろしているだけで、次々に腹の底から重苦しい感情が湧いてくる。イウリュースにとって、クレッジはずっと愛し続けた唯一の人だ。それなのに、他の誰かが彼に近づくなんて許さない。
「ちょうどいい……ここで死ね」
「は?」
突然そんなことを言われて、ヴィルイは目を丸くする。意味がわからないといった様子だった。
クレッジに手を出そうとしておきながら、よくそんな顔ができたものだと、ますますイウリュースの怒りは膨らんでいく。
「……こういう話をするために、俺は今日、ここに来たんだ。ヴィルイ……クレッジを誘うのやめろ。嫌なら殺す」
「な、なんだと……!?」
「それ、言うために来たんだ。俺は」
未だにポカンとしている男を、床に押し倒す。組み敷いた男の首に、魔法で作り出した短剣を当てた。
もう、今にも刺し殺してしまいたい。その男の首にあてた刃が、感情のままにそこにめり込んでいきそうだ。
ギリギリで止める。
クレッジのためだ。クレッジにとって、イウリュースは優しい勇者。それなのに、ヴィルイを殺してクレッジを傷つけたくない。
「……お前、クレッジのこと、しつこく誘って、どういうつもりだ?」
「く、クレッジ!? し、知らん!! き、貴様こそっ……!! どういうつもりだ! こんな真似をして、た、ただで済むと思うな!! わ、私がこのことを領主に話せば、貴様など、る、流罪だぞ!」
「いいよー。流罪くらいー。どうぞ?」
何も籠らない空っぽのイウリュースの笑い声が、部屋に響く。組み敷いた男の切り札はそれかと思うと、馬鹿らしくて、笑うことしかできない。
イウリュースにとって、大切なのはクレッジのみ。他のものはどうでもいい。自らの身も、組み敷いた男の命も、些末なものだ。
「むしろ、なんでもいい。好きにすれば? あー……できるなら、だけど。お前、ここで死んだら、領主に告げ口もできないだろ」
「きっ……貴様っ……!」
「クレッジに言いよるのやめろ。あれは俺のだし、クレッジだって困ってるんだよ。依頼の際も散々わがまま言ってるだろ。泥が跳ねたとか、暑いとか、疲れたとか、砂が飛んでくるとか」
「貴様っ……! なぜそれを知っている!? き、聞いていたのか!?」
「聞いてたよ? クレッジ探して森中に使い魔飛ばしてたから」
「はあ!? な、なんだそれはっ……き、気持ち悪い……」
「お前になんて言われようが、どうでもいい。どうするんだ? あと一回しか言わないぞ。クレッジに近づくな」
「だ、だ、黙れ!! わた、わた、私は貴族だ!! 貴様らはただ黙って私に従っていればいいんだ!!」
「……殺していい?」
そんな話をしていた時、どんっと、屋敷を揺るがすような音がした。普通に鳴るような音じゃない。おそらく、魔法で交戦する音だ。クレッジとパティシニルかも知れない。
イウリュースは、焦った。彼の身に危険が迫っているかもしれない。
パティシニルの魔法なら、応接室で見せてもらった。冒険者として長く戦ってきたクレッジの敵ではない。けれど、彼に危険が迫っているのなら、助けに行かなくては。
「ちっ……先にクレッジを探した方がいいな……ヴィルイ、猶予をやるから協力しろ。この屋敷は一体どうなっている? パティシニルは何をした?」
「そこを退いたら教えてやる!! 貴様、私を床に転がしたままで、何様のつもりだ!!」
「……」
苛立つばかりのイウリュースは、短剣を振り上げた。
「そもそも全部お前のせいだろ……面倒だから、クレッジだけ守って、屋敷は吹っ飛ばしてもいいんだぞ…………」
「は!? ま、待て!! やめてくれ!! そ、そんなことをしたら屋敷にいるものはどうなる!?」
「……だったら早く話せ。何があった?」
「それが……わ、私にもよく分からないんだ! 突然パティシニルが結界を張って私を縛り上げて……」
「それで? 逃げ出してここへきたのか?」
「ああ。そうだ。ここは、私の部屋だからな!!」
「はあ!? お前の部屋かよ……」
この部屋に来たのは、ただの偶然だった。屋敷を走って、たまたま見つけた部屋に入っただけだったが、まさか憎い男の部屋だったなんて。気分が悪くなりそうだった。
30
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?


光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる