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四章
21.やめろ
しおりを挟むイウリュースは、大股でヴィルイに近づいた。
目の前の男は、クレッジを誘い続けた憎い男だ。見下ろしているだけで、次々に腹の底から重苦しい感情が湧いてくる。イウリュースにとって、クレッジはずっと愛し続けた唯一の人だ。それなのに、他の誰かが彼に近づくなんて許さない。
「ちょうどいい……ここで死ね」
「は?」
突然そんなことを言われて、ヴィルイは目を丸くする。意味がわからないといった様子だった。
クレッジに手を出そうとしておきながら、よくそんな顔ができたものだと、ますますイウリュースの怒りは膨らんでいく。
「……こういう話をするために、俺は今日、ここに来たんだ。ヴィルイ……クレッジを誘うのやめろ。嫌なら殺す」
「な、なんだと……!?」
「それ、言うために来たんだ。俺は」
未だにポカンとしている男を、床に押し倒す。組み敷いた男の首に、魔法で作り出した短剣を当てた。
もう、今にも刺し殺してしまいたい。その男の首にあてた刃が、感情のままにそこにめり込んでいきそうだ。
ギリギリで止める。
クレッジのためだ。クレッジにとって、イウリュースは優しい勇者。それなのに、ヴィルイを殺してクレッジを傷つけたくない。
「……お前、クレッジのこと、しつこく誘って、どういうつもりだ?」
「く、クレッジ!? し、知らん!! き、貴様こそっ……!! どういうつもりだ! こんな真似をして、た、ただで済むと思うな!! わ、私がこのことを領主に話せば、貴様など、る、流罪だぞ!」
「いいよー。流罪くらいー。どうぞ?」
何も籠らない空っぽのイウリュースの笑い声が、部屋に響く。組み敷いた男の切り札はそれかと思うと、馬鹿らしくて、笑うことしかできない。
イウリュースにとって、大切なのはクレッジのみ。他のものはどうでもいい。自らの身も、組み敷いた男の命も、些末なものだ。
「むしろ、なんでもいい。好きにすれば? あー……できるなら、だけど。お前、ここで死んだら、領主に告げ口もできないだろ」
「きっ……貴様っ……!」
「クレッジに言いよるのやめろ。あれは俺のだし、クレッジだって困ってるんだよ。依頼の際も散々わがまま言ってるだろ。泥が跳ねたとか、暑いとか、疲れたとか、砂が飛んでくるとか」
「貴様っ……! なぜそれを知っている!? き、聞いていたのか!?」
「聞いてたよ? クレッジ探して森中に使い魔飛ばしてたから」
「はあ!? な、なんだそれはっ……き、気持ち悪い……」
「お前になんて言われようが、どうでもいい。どうするんだ? あと一回しか言わないぞ。クレッジに近づくな」
「だ、だ、黙れ!! わた、わた、私は貴族だ!! 貴様らはただ黙って私に従っていればいいんだ!!」
「……殺していい?」
そんな話をしていた時、どんっと、屋敷を揺るがすような音がした。普通に鳴るような音じゃない。おそらく、魔法で交戦する音だ。クレッジとパティシニルかも知れない。
イウリュースは、焦った。彼の身に危険が迫っているかもしれない。
パティシニルの魔法なら、応接室で見せてもらった。冒険者として長く戦ってきたクレッジの敵ではない。けれど、彼に危険が迫っているのなら、助けに行かなくては。
「ちっ……先にクレッジを探した方がいいな……ヴィルイ、猶予をやるから協力しろ。この屋敷は一体どうなっている? パティシニルは何をした?」
「そこを退いたら教えてやる!! 貴様、私を床に転がしたままで、何様のつもりだ!!」
「……」
苛立つばかりのイウリュースは、短剣を振り上げた。
「そもそも全部お前のせいだろ……面倒だから、クレッジだけ守って、屋敷は吹っ飛ばしてもいいんだぞ…………」
「は!? ま、待て!! やめてくれ!! そ、そんなことをしたら屋敷にいるものはどうなる!?」
「……だったら早く話せ。何があった?」
「それが……わ、私にもよく分からないんだ! 突然パティシニルが結界を張って私を縛り上げて……」
「それで? 逃げ出してここへきたのか?」
「ああ。そうだ。ここは、私の部屋だからな!!」
「はあ!? お前の部屋かよ……」
この部屋に来たのは、ただの偶然だった。屋敷を走って、たまたま見つけた部屋に入っただけだったが、まさか憎い男の部屋だったなんて。気分が悪くなりそうだった。
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