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39.群れの仲間
しおりを挟む次の日、僕はお城の一室を借りてずっと寝ていた。傷は全部治ったけど、疲れで体が動かない。
パトや盗賊たちは、王様が連れて行くらしい。彼らに捕らえられていた狐妖狼のみんなも、これから事情を話さないといけないらしく、王様と一緒に行くことになっている。会いに行きたいけど、今はダメって言われちゃった。城下町での盗みのことがあるから、少し心配だけど、シーニュが、パト達に無理やりさせられていただけだから、多分大丈夫だろうって言って落ち着かせてくれた。
夜になって元気になった僕は、ダンドが寝ている部屋に向かった。彼も、帰ってきてからずっと、部屋で寝ているらしい。
彼の部屋へ行くのは初めてだ。シーニュに描いてもらった地図を頼りに、たどり着いた部屋のドアを、そっと叩く。
「ダンド……いる?」
しばらく間を置いて、返事が返ってくる。
「入ってきていいよ。クラジュ」
ゆっくり、僕は扉を開いた。
想像していたより狭い部屋だ。小さな机とベッドがあって、机の上は、ぬいぐるみとか香炉とかペンとかマグカップとかでいっぱいだった。ベッドにもいくつかぬいぐるみがあって、それに囲まれて、ダンドが横たわっている。
彼もだいぶ回復したのか、顔色は良くて、ゆったりしたパジャマを着ていた。
あ、あれ……? ダンドの頭に、僕と同じ狼の耳が生えているように見える。彼の後ろのぬいぐるみのかな……?
「クラジュ……お見舞いに来てくれたの?」
彼が体を起こす。やっぱり、頭に狼の耳が生えてる。ぬいぐるみのじゃない。尻尾もある。僕と同じ狐の尻尾だけど、彼にはそれが五つあった。
「ダンド……その耳と尻尾……」
彼は僕に微笑む。すぐに駆け寄りたいけど、躊躇してしまう。また僕のせいでダンドが辛くなっちゃったら、大変だ。
「だ、ダンド……本当に……入って大丈夫?」
「うん……大丈夫。入って」
促されるまま、僕は椅子に座った。ダンドが紅茶をいれてくれる。
「あ、ごめん……ミルク、ないんだ……」
「い、いいよ。ダンドだって、怪我が治ったばっかりなんだし……」
「俺はもう平気。クラジュは?」
「……僕も平気! それより、ダンドって……狐妖狼だったの?」
「……うん。黙ってて、ごめんね」
「……そ、そんなのいいよ。でも……なんで黙ってたの?」
「……」
ダンドは、少しの間黙って、ベッドに座った。
「俺……ここからずっと遠くの森から来たんだ。この森を出て、海を越えて、いくつも山を越えて、砂漠のずっと向こうの森が、俺の故郷。俺の群れはひどい群れで……人も襲うし同じ狐妖狼でも、群れの仲間であっても、役立たずは餌にするような群れだったんだ。俺、それがすごく嫌で……それで逃げ出したんだ。だけど、行くあてなんかなくて、一人だけでフラフラしてた。そしたら、偶然オーフィザン様に会って……拾ってもらったんだ」
「……じゃあ……あ、アレルギーは……?」
「ごめんね。嘘ついて。俺、他の狐妖狼の匂いがだめなんだ。昔のこと、思い出しちゃうから……それに、見て」
ダンドは僕に、五つあるうち、一番長い尻尾を見せてくれた。だけどそれには白いところが全然ない。他の尻尾にも全くなかった。
ダンドは、少しだけ俯いて、話し出した。
「俺の群れでは、狩猟本能は強ければ強いほどいいって言われてた。だから本能を封じるなんて、考えもしない。親ももういない。ガキの頃から、血みどろの狩りを繰り返したおかげで、今もたまに、狩りをしていたことを思い出すんだ……だから、普段はオーフィザン様の魔法でおさえてもらってる。俺には普段、耳と尻尾がなかっただろ? オーフィザン様はすごいよ。あの方のおかげで、俺はここで普通に暮らせるんだ……」
「……今は……僕がここにいても、平気なの? 昨日も……辛そうだったのに……」
「……もうすぐ、オーフィザン様の魔法が、俺が狐妖狼であることを完全に封じてくれる。見て」
彼が言って、床をコンコンと足で叩く。すると、床が光って、何かの模様が浮き上がって来た。
模様っていうより、下に何かが埋め込まれているようだ。どこかで見たような……
あ! 地下にいっぱいあった香炉! あれをこの部屋が埋まるくらい巨大にしたものが、床に埋め込まれているんだ。
香炉がゆっくり脈を打つように光っている。そしてその香炉が光るたび、ダンドの耳と尻尾は薄くなっていく。
「ダンド……尻尾が…………」
「俺がクラジュのことを見守っていたいって言ったから、オーフィザン様は、ずっと俺のために、新しい魔法を作ってくれていたんだ。地下で見たんだろ? たくさんの香炉。あれが俺が狐妖狼であることを封じるための試作品」
「あれ……ダンドのために?」
「うん。この耳と尻尾も……明日にはまた消える……そしたら、今度は狐妖狼の力も使えなくなる」
「……いらないの? 耳と尻尾……」
「俺には必要ない。群れを探知する必要もない。俺の群れはもうないしね」
「え……なんで?」
「縄張り争いに負けて全滅したらしい……今は、ここが俺の群れ」
「……」
「……クラジュ……」
「なに?」
「……出ていきたくなった?」
「え?」
顔を上げて、ダンドと目が合う。彼の後ろにたくさんあるぬいぐるみより、彼の体が小さく見えた。
彼の耳も尻尾も震えていて、ちょっと痛々しく感じるくらいだった。
「……俺と……もう同じ部屋に居たくないだろ……? 俺のこと……怖いなら……い、嫌になったなら、出ていっていいんだよ?」
「な……なんで!? なんでそんなこと言うの!? ダンドが狐妖狼だっていうなら、僕もだし、だ、ダンドがそんな群れから来たのはびっくりしたけど……い、今は優しいダンドだもん! 僕に、ごはんくれて優しくしてくれたダンドだもん! スルメ、いっぱい食べさせてくれたじゃん! だから僕、ダンドのことが好きだもん!」
僕はダンドとはずっと友達でいたい。だから叫んだのに、ダンドはなぜか噴き出す。
「す、スルメ……? 干したイカで懐かれちゃった……?」
「スルメ、バカにしないでよ! すごく美味しいんだから! それに僕、ずっと森で育ったから、イカなんて食べたの初めてだったんだもん!」
「うん。森に海はないからね……なんでこんな話してるの……俺、かなりシリアスな話してたのに……だいたい俺、クラジュには色々作ってあげたのに、スルメが一番?」
「あ、あ……そ、そうじゃなくて……ダンドのごはんも大好きだよ!」
「……ありがとう。クラジュ……クラジュがここに来てくれて、よかった」
「……なんで? ダンドは狐妖狼が苦手なのに……僕が来て、嫌な思いをしたんじゃないの?」
「……そんなことない。クラジュ、ここへ来た時に耳も尻尾もなかっただろ? だから、狐妖狼の匂いも薄れてた。俺、狐妖狼なんて、世界で一番嫌いな種族なのに、クラジュ見てると……放って置けなくて……クラジュ、ここへ来たばかりの頃、何も食べなかったじゃん。ずっと怯えてて……初めてクラジュが俺のご飯食べてくれた時、すごく嬉しかった」
「……ダンド……」
「だけど、もうスルメ盗んじゃダメだよ」
「えええ……じゃあ、ダンドがくれる?」
「少しだけだよ。俺も執事の仕事で厨房にいないこと、多いんだから」
「え? だ、ダンドって、執事の仕事もしてるの?」
「え……あ、あれ? まだ知らなかった?」
「うん……」
「そうか……じゃあ、言わなきゃよかった……昨日、セリューが話したのかと思ってたから……自分でバラしちゃった……俺、オーフィザン様に拾われてから、ずっと料理人として働いていたんだけど、だいぶ前に狐妖狼絡みの事件があって、その時、オーフィザン様の執事として城下町に出向いたことがあったんだ。ちょうどオーフィザン様が別のことで忙しかったから、俺とセリューで解決したんだけど、その時からたまに執事の仕事も手伝ってる。あ、他のみんなには内緒にしてよ?」
「な、なんで?」
「セリューが自分一人で仕事をこなせないって言って気にするし……俺、オーフィザン様の力になりたくて、自分でやるって言い出したんだけど……あんまり人には知られたくないんだ。以前、群れにいた時みたいに、他人に牙を向けてることを知られたくない。俺が執事の仕事する時って、大抵、セリューだけでは手に負えない時だから……知らないうちに狐妖狼の力を使ってる時もある。それに俺、この城に来た時は、すでにオーフィザン様に狐妖狼の力を封じていただいた後で、俺が狐妖狼って知らない奴も多いから……」
「……ダンドが狐妖狼だからって、みんな気にしないよ?」
「分かってる。だけど俺自身が受け入れられないんだ。だから……もう少し待って?」
「う、うん……わ、分かった! 絶対内緒にする!」
「……約束だよ。なんだか心配だなー……」
「ぼ、僕、バカだけど、口は軽くないもん! それに、ダンドが嫌がること、べらべら喋ったりしないもん!!」
「……うん。ありがとう」
ダンドは僕に微笑んでくれる。初めて知ることが多くてびっくりしたけど、やっぱりダンドは、僕に親切にしてくれた、優しいダンドだ。
しばらく雑談をしながら紅茶を飲んでいると、部屋のドアが開いた。シーニュだ。
「クラジュ、ここにいたのか。ちょっとこいよ」
「え? な、なに?」
「パトたちに捕まっていた狐妖狼に会うことを、陛下が許可してくださったんだ。今、全員広間にいる。あいつらが城に連れていかれる前に、会っておかないか?」
「本当に!? 今行く! あ……」
ダンドの方に振り向くと、彼は笑顔で僕に手を振った。
「行ってきなよ。群れの仲間に会えるかもしれないだろ?」
「うん!!」
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